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永い終焉の始まりの日⋯⋯夏休み八月 三二日 二〇時 五五分



 ネオソビエトの動画は「降伏しろ」との大雑把な要求の直後、コピー本めいてブツ切りに終わった。どこで、誰が、なにをすれば降伏になるのかといった指定は、まったくなかった。


「九時ってもう三分しかないけど……ムチャ振りも、ほどがあるよね、この書記長」


 思わず一句できるほどのムチャ振り。いきなり降伏って。

 そもそも動画の投稿時刻が一九時 五八分。日本には返答する猶予もない。政府の名ばかり大臣あたりが偶然に、三分に満たない動画をウプり即で見始めても、二〇時には間に合わない。「降れだァ?コノヤロウ! 

                   てめェが降れよ‼」とレスコメを書いていたら時間切れだろう。

 コメ数は投稿から一時間で、二〇〇を超えている。

 投稿時刻が注目される意味さえわかっていない池沼の「電波wwwww」といった無価値な落書きもあるし、関東住人が書いたらしい「戦争はやめてください」「自宅が燃えそうなんだけど一〇億円もらえるの?」といったマジレスもそれなりにある。再生が終わって気づいたが、涅黎財閥の動画サイトだ。

 大半のコメは「これリアル?」「予言wwww」「もう終わりだ猫の東京」「通報しました」「売っててよかったぜえ~~wwwwwwwロンガーども夜明けに死ぬぜえ~~wwwwwwww」な感じで、生活かかってそうな円売り野郎はともかく、騒動を他人事として安全な場所で楽しんでいるねらーのレスだった。北海道や九州からのカキコに違いない。英語のコメもちらほら。

 通報された政府公式のレスらしきものはまだない。サンシタ役人が書いたみたいな「ラリってんじゃねーぞゴミ!国家に刃向かったら死刑だバーカバーカ!」という罵倒。アメリカ合衆国大統領や、日本共和国連邦大書記長や、オネロリシャブセク天皇などからの「おいファッキンコミー!!!!!!!!!おれと勝負しろ!!!!!!!」「同志書記長にはウクライナで地雷を数えてほしいんだ」「朕は降伏しますた」という戯れ言はある。


「UFOが! 爆発した!」


 近くの人だかりで叫び声があがった。店員がインターネットにつないで、ロサンゼルスからの生配信を見られるようにした七七インチテレビだった。


「爆発した! 爆発!」


 ロサンゼルス都心の、ショタコン氏によるとスカイラインと呼ばれる高層ビル群の上に、UFOが浮かんでいる。ロサンゼルスも夜。UFOの大きさはスカイライン最大級の高層ビルとほぼ同じ。そのビル屋上から数百メートルの高さに、一時間ばかりも無音かつ無言で静止している。


「これはッ……」

「[なぜ東京都心と在日米軍を生贄に選んだのかはわかりませんが]」

「……んにゃぴ、対空ミサイルだね! アメリカ軍が攻撃を実行しちゃったね、とりあえず!」

「[九一一事件の焼きなおしだとすれば、ビーム砲を実用化できたせいで侵略戦争を、また][はい? ……爆発!?]」

「撃たれた!?」


 UFOはレーダーステルスだとか肉眼ステルスだとかは使っていない。むしろ姿を低空で見せつけて、スタジオのナントカさんを困惑させた。

 軍事評論家のナントカさん(名前は忘れた)は、東京湾岸を攻撃した未確認飛行物体もロサンゼルスから送信されるUFO映像もコンピューター生成物と考えているらしく、実在を認める派の見解に否定的だった。

 二〇分ほど前から記者会見を始めたアメリカ合衆国主席報道官(本物。名前は読めない)の説明も疑ってかかっている。


「UFOが撃たれたぞ!」

「うおおぉぉあっひゃぁぁww!」


 UFOにも慣れているらしい映画の都の人々は無線機、投光器を使ったモールス信号、野外ステージから運んできたようなでかいモニターとスピーカー、手書きのカンペ、銃などで熱心に呼びかけたが、応答は得られなかった。

 二〇時 三〇分頃に民間人の強制的退避が始まり、都心を映す無人カメラには装甲車やヘリコプターばかりが残った。それらの投光器に照らされると、貝殻や甲虫めいた曲面で形成されたUFOは、溶けた虹色をおびて巨大な宝石のごとく夜空にきらめくのだった。

 これだけでも「うん、まあ、UFOも群衆もよくできてるよチャッピー」とナントカさんだって納得しそうな映像なのだが、七七インチテレビに映るUFOは今や火炎を浴びている。


「これなんて映画……?」

「きょええぅえ!! ロサンゼルス決戦始またぁぁww!!」


 ショタコン氏が税抜価格八四万九〇〇〇円テレビへ動いた。野次馬が騒ぐせいでプラス九万四八〇〇円のサラウンドスピーカーつきでも、画面内の端に立つリポーターの声が聞こえない。疲れたようすの帰宅困難者も多くいるが、オタどもがうるさい。吠えてクネクネ踊る奴までいる。

 汚宅困難者さんたち、家族は秋葉原にたくさんいるんでしょうけど、お仕事とかいいの? 円売ってるから余裕なの?

 どこかの屋上へあがりこんだアメリカ人のリポーターも、声は聞こえないが興奮して喋りまくっている。仕事熱心なリポーターの背後、一~二キロメートルの距離にスカイラインとUFOが映っていた。


「おお~~、すんげえ!」

「アメリカ軍の本気ぃ」

「サンディエゴか?」


 次々に噴きこぼれる爆炎に照らされ、UFOが激しく輝く。一〇秒か長くとも二〇秒ごとに、数十発が飛来している。アメリカ軍の猛攻で、UFOは砲門を開けないように見えた。

 ロサンゼルス市街へ向けられたままのUFO下側には、砲門らしきものがいくつもあった。横須賀で燃える粗大ゴミと化した軍艦についているような、大砲がクルクル回るあれではない。昆虫の蛹めいて折り畳まれた〝脚〟に似た凸状部だ。ビーム砲があるのだとすればこれに思える。


「ぜんぜん効いてなくて大統領が絶望顔するに一票」

「もれww、あいつらの結婚式には投げ銭してやるんだwwww」

「あの、なんであんなにキラキラしてるんですかね?」


 半袖シャツにブリリアントブルーのオサレネクタイを締めた青年が問う。

 FG〇名言ティーシャツをデブい身にまといしオタクが爽やかに答えた。


「いい質問だね! UFOでゅからすぁ!」

「は、はあ、UFOだから?」


 通信途絶圏に呑みこまれた日本政府と異なり、アメリカ政府は仕事をしていた。

 UFOが東京に出現したらしい偵察衛星情報。

 UFOの攻撃で横須賀や厚木などの基地が破壊されたらしい偵察衛星その他の情報。

 UFOが大陸間弾道弾に匹敵する勢いで北アメリカへ太平洋上空を飛んだらしい偵察衛星その他の情報。

 UFOからの応答はないというカリフォルニア州政府からの情報。

 そして、これらの情報を踏まえて、UFOが意図をあきらかにするかアメリカ領空から退去しなければ決断的に迎撃することを二〇時 四〇分に緊急広報した。

 テレビ画面の表示時刻が〔8:59〕から、ネオソビエトが攻撃を予告した〔9:00〕に変わる。


「まだ浮いてるぜ……どう見ても毒ガスつめた気球なんかじゃないな」

「ICBMみたいに飛んだっつってたじゃん」

「毒ガスが浮くと思ってる情弱リア充ww」

「爆発がやけに小さくね!?」


 UFOは群がる爆炎に、〔8:59〕から〔9:03〕の数分間で何回もおおわれた。ミサイル攻撃なのかは与魅子には見わけられないが、アメリカ軍が全力を出しているだろうことは察せられた。

 撃たれていながら、UFOは動かない。


「やったか……?」


 高層ビルまで粉塵で見えなくなり、数百発は撃っただろう攻撃が終わった。表示時刻が〔9:05〕へ変わった。


「おっおっおいっ、ビクともしてねえぞ!」

「ほら見い」

「ガチUFO確定ww」

「どう見てもUFOです」


 粉塵が晴れ、市街各所の投光器がふたたびUFOを照らす。

 ミサイルの誤爆か、飛行燃料かなにかを浴びたのか、ビル群の屋上が燃えている。その黒煙に霞む以外、UFOに変化はなかった。


「これはもうフォースフィールドを解除するためにノーパソ持って忍びこむしか」

「まだ水爆がある」

「日本の小学生も楽しめるし、誘いボケに釣られたくてしかたがないキモオタも楽しめる傑作なんだぞ」

「いやいや、インペ記念日じゃないんだから……あの、これは、蔵人とかが作ってるフェイクじゃないんですか?」

「そうは仰いますがリーマンさん。東京駅とか靖国通りとか、その目で見たでしょ?」

「それは……見ました」

「極黒のブリュリュンマラム結界があるなら、UFOもあると思いませんか?」

「……」


 キモオタどもに論破されてしまったリア充かもしれないオサレ青年に、与魅子は同情の目を向けた。マラム結界?


「ブリュリュンとはしてなかったおww」

「あれぬぇ、実体はないわ」

「ほう」

「ちょゔとだけ入ってきたんだけど真っ暗闇なのになんか見えるし、歌が、歌が聞こえるぅぅ」

「リリウムめいた呼び声が聞こえたおww フヒッフヒヒッwwフヒィ……」


 まさかの通信途絶圏凸勇者(゜∀゜)キタコレ!! 踊ってたデブとモジャモジャ頭だわ。

 あんな見るからに異常化している場所へ自発的に入りこむバカがいるとはw 「おい、クソザコ視聴者ども! おれの死にざままで、見たけりゃ見せてやるよ(震え声)」系の配信者かなにか?


「うぅ歌が」

「そ……そうなんだ」


 まわりの人間が勇者二人から、少し離れた。フラッカでもキめてるのかって二人の言動に気づいたのだろう。

 見通しが利くようになった人だかりのすぐむこうには、利口電話を耳に当てて歩く美沙希がいた。誰かと話しながら、通路を与魅子へ駆け寄ってくる。


「電話! 代わって!」

「電話? だ、誰?」

「物部さん、クルーザーの人!」


 美沙希が押しつけてきた利口電話の表示には『ナイスミドル執事』とある。


「もしもし?」

「[降天様、御無沙汰しておりました。物部にございます]」

「あ、えっと、リゾートアイランドに栄転の方?」

「[はい。今日の昼に、戻って参りました]」

「ここは、今、秋葉原に」

「[秋葉原は、戦場になる危険が高まっております]」

「戦場になる……? 今のロサンゼルスみたいな、戦場ですか?」

「[はい。できるだけ早く秋葉原より、お逃げください]」

「テロリストがいる場所を、自衛隊が? ミサイルで?」

「[いえ、攻撃は……アメリカの最精鋭部隊が既に成功させました。東京都心にあらわれている暗黒の球体、……御覧になられたと存じますが]」

「見ました。マラム結界」

「[マラム?]」


 え、違うの?


「[……あれの一つ、市ヶ谷の結界が、間もなく強制解除されます。危険は閉じこめられていた人間のほうでして、一時間の被曝でとりかえしのつかない状態になっていることは確実です]」


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