表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

永い終焉の始まりの日⋯⋯夏休み八月 三二日 二〇時 五五分



 客待ちのタクシーはいなくなり、レンタル自転車や電動ボードは品切れ、電車とバスは運行停止で、与魅子は秋葉原から動けずにいた。

 覚将はタクシーを派遣しようとしてくれたが、どこの会社にも「今は無理」と断られてしまったとのことだった。多数の車が通信途絶状態らしい。

 荷物が少ない美沙希も一〇キロメートルを歩いて帰る決心がつかず、まだ一緒にいる。沢村家でも通信途絶者が出ており、美沙希を迎えに来られない。

 家族との電話は、何度もいきなり切れてしまった。ただし、かけなおせばつながる。通信途絶状態はこれとは異なり、電話にもネットメールにも肉声での呼びかけにも、まったく応答がない。


「[横浜では現在、鈴繫町、大黒町、宝町、鳳町、新磯子町、豊浦町、千鳥町で火災がつづいており、広い範囲で停電しているようすも見てとれ]」

「[東京駅、霞ヶ関、永田町、えー、さらに市谷、九段、麹町は、えー現在、通信途絶状態であるとされております。たいへん危険な状態でして]」


 商業ビルはどこも大入りだった。テレビ売り場には人だかりができている。避難者のみならず、我先に大人買いをする客も駆けまわっている。飛行ドローンは完売していた。武骨な携帯無線機も完売。非常用の食品も完売。

 美沙希は一万六八〇〇円のママチャリ購入を迷っている。

 値段が一〇倍のドローンを買った連中は、ここぞとばかりにクレジットカードで会計したというのに。狡猾というか機転が利くというかw そして無垢な女子高生に突きつけられる、なんたる腐敗没落する衰退社会の経済格差か! 女子高生たるもの、体を使って格差を埋めよとほざくか! エコノミック豚め!


「[東京都心部に毒ガスが散布されているとの未確認情報も入っていまして、屋外は非常に危険な状況との、警察関係者による見解が]」


 テレビ屋は毒ガス攻撃をやたらに疑い、まだ東京都心部の通信途絶事件にこだわっている。確かに、チャンネルの多くが特番になって当然の大事件ではある。

 照明が消えて真っ暗となり、通信もできなくなり、中にいる何万か何十万かの人間がほとんど外へ出てこない。外から進入したドローンはすぐに映像が途切れてしまい、自律行動で帰還することもなかった。

 さらに通信途絶圏は強い冷風を吹き出し、周囲の高温多湿な空気を濃い霧に変えてしまった。今も膨大な霧が何平方キロメートルもの市街地に立ちこめ、毒ガスあつかいで警戒されている。

 単なる停電では説明がつかないまさに最先端技術テロだが、しかしそれでも、これは東京限定の事件にすぎなかった。

 二〇時数分すぎからおこなわれた横浜爆撃。

 二〇時 一〇分には始まっている横須賀爆撃。

 インターネットにおいては、この二つに関する記事が急激に増加している。


「[驚くべきことだが、横須賀の第七艦隊が壊滅した]」


 不安定になった無線電話回線が再接続されるなり、そう覚将は知らせた。


「第七って、在日米軍? 自衛隊が勝った?」

「[自衛隊にビーム兵器はないんだなぁ……]」

「[田浦から見てるんですが、たくさんの船が燃えてます]」


 展示テレビの一つは、燃える船を映していた。携帯カメラのような画質で、海は暗いが、船は宿った焔の明るさでよく見えた。手前の港湾近くから沖まで、何十隻も燃えている。


「現実的に考えればそらそうよだろうけど……この映像は、現実なの?」

「[田浦ですか?][横須賀の軍港が北に見える場所なんですが……]」

「[多数の視点から、同じ現象が記録されている。燃えてる軍艦の動画はたくさんある。ビーム攻撃はともかく、それは現実の映像だ]」

「[自衛隊や米軍は見えますでしょうか?][トラックは走ってました。救急車も。船はみんなやられて、燃えてますねえ……]」


 覚将の見解は、階段に坐ってインターネットを漁っているショタコン氏と同じだった。

 横浜の住人が映像つき報告を次々に大量にウプっている。長く活動しているコテハンユーザーの数からして、これらはフェイクニュースではない。横浜爆撃は、現実の事件である。横須賀も爆撃され壊滅状態。ナンテコッタイ/(^o^)\

 と与魅子が購入に成功した冷た~い加糖アイスティーを報酬に、翻訳アプリを介して説明した。

 ショタコン氏は、なぜか与魅子と美沙希についてきている。お一人で日本旅行なの? 寂しい人ね。


「[……日本の、たとえば決起部隊だとかがアメリカの軍産複合体とつるんで、完璧な映像を最新コンピューターで作った]」

「[自衛隊の護衛艦も被害を受けた感じでしょうか?][すみません、ジョージ・ワシントンはどうなってますか?]」

「[そしてカメラ回線を乗っとって現実の戦闘にかぶせてのけた、って可能性もありえなくはないが]」

「[ワシントン?][はい]」

「[何者かが、東京湾の体制側軍事力を焼き払ったことは事実だ。しつこく検証してる暇はないが、そう考えたほうが良さそうだ]」

「[大統領の名前がついた大きな空母です。予定を早めて日本へ戻った……パワープラントが原子力で][あっ(察し)][先週、反核団体が話題にしたばかりの戦闘艦です]」

「お、おう?」

「[げ……原子力?][ミサイル駆逐艦は通常エンジンで、燃えていてもそんなに危険ではないんですが]」


 与魅子はテレビを見た。カメラが揺れて、自動車の座席をドアップで映した。


「[いやー。空母も焼けたかな?][あの][ちょっと……、これもうわかんねえな]」

「ねえ、原発空母がやられたとか言ってる」

「[ああ、それは大丈夫だ]」

「横須賀で焼けてるって……」


 六〇インチ画面はスタジオに替わり、アホをタダ働きさせようとしたテレビ屋の困惑顔を高画質で映している。


「[空母のジョージ・ワシントンは横浜港にいる。飛行甲板は黒焦げらしいが、そこに作業員が大勢いるから、放射能漏れはなさそうだ。ワスプ・シリーズも二隻いて、大興奮してるミリオタどもが幻覚を見てるんじゃなければ、無傷みたいだ]」

「幻覚かも」

「[幻覚症状は東京都心だけだろ……そっちは大丈夫か?]」

「幻覚は見えない」


 こちらへ歩き寄るショタコン氏を見ながら、与魅子は答えた。


「通信途絶圏からの呼び声も聞こえない」

「[それなら、霧がやむまでは設備が整った屋内にいたほうがましかもな]」


 ショタコン氏は与魅子に投稿動画を見せたいのか、持っている薄型ノートパソコンの画面を向けている。

 全画面表示の動画は、題名が『東京・横浜・横須賀を二〇時に攻撃する』。投稿者はネオソビエト。投稿時刻は〔2024/09/01 19:58〕。

 再生ボタンをショタコン氏が指でつつく。

 宇宙帝国の将軍みたいな服を着た男が映った。


「[どうも、ブルジョワに飼い慣らされ搾取される家畜と化したプロレタリアの皆さん。ごきげんよう、我々はネオソビエトである]」


 宇宙帝国の将軍みたいな男が、日本語で話し始める。肩にかけた飾り帯に『書記長』と手書きした紙をクリップで留めていた。


「[まず、かくも粗暴な行動をせざるをえなかったことについて、痛切なる遺憾の意を表する。しかして、これは我々が望んだ暴虐にあらず。中国に端を発し、イギリスに本拠を置く秘密結社が企てた、破滅への工作なり]」


 男の前に置かれている机は、大統領執務室にあってもおかしくない豪壮なものだった。

 机上にはコピー用紙や筆ペンが散らかり、カメラ寄りに赤い旗が飾られている。黄色で星と手回しドリル(?)を描いたソビエト旗だった。大きくはなく、しかも安っぽい。縁日や運動会で使われる万国旗から抜いてきたような代物だ。

 与魅子は書記長執務室を見たことはないのだが、平等を大事にしていたらしい共産主義者でも、もうちょっと高価なものを飾る気がする。というか旗以外のセットはちゃんと金かけてる感がある。


「[秘密結社の野望をこのままにしておけば現代文明は破壊され、中世以前へ戻るであろう。我々もまた秘密裡に世界を見守ってきたが、この危機的状況に、介入を決断せり]」

「なんすかこれ……?」

「[かの秘密結社は日本、アメリカ、中国、ロシアを手始めに攻撃すると思われる。攻撃方法はこれだ]」


 書記長が一人孤独な狂人ではないと示すためにか居並んでいた兵士の一人が、コピー用紙をカメラの前で広げた。

 コピー用紙には、洗濯機の上に噴霧器をつけたような機械が印刷されている。写真の背景が不気味だった。


「[あらゆる生物に感染する強力な病原体、と理解していただこう。これらの回収が我々の第一目的であり、発見者には一〇億円を支払う]」

「じゅっおお?」

「[公務員であろうと口座がなかろうと、必ず支払う。我々が指定する場所まで運び]」


 書記長の言葉が途切れ、写真を広げている兵士が後ろを見た。視聴者ではなく机上のモニターへ顔を向けている書記長が、ふたたび画面に映る。

 誰かからの通信に応じているらしく「[艦隊ごとは難しい]」……「[空母に組みこんでいればあるいは]」……「[核ミサイル搭載]」……「[ジョージ・ワシントンで独立とは洒落ている]」といった言葉が聞こえる。生配信めいて完全無編集。ソビエト旗といい『書記長』といい、やっつけ感がすごい。

 通信が終わったのか、書記長はカメラに向きなおった。


「[状況が変わった。日本とアメリカは、ただちに降伏し恭順せよ。返答なき場合、今日の二〇時より東京湾岸を、二一時よりロサンゼルス郡を攻撃する]」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ