09. 告白
ふと、衣擦れの音が聞こえました。
ソファの方から、こちらへ近づいてくる足音が聞こえます。
涙に滲んだ視界の端で、床に落ちる影がゆっくりと大きくなっていきました。
「リサ」
すぐそばから聞こえた声に、私はおそるおそる顔を上げました。
フローラ様の手が、そっと私の頬を包みます。
親指が目元に触れ、溜まった涙を優しく拭い取っていきました。
滲んでいた視界が少しずつ晴れ、目の前に、私を見つめるフローラ様のお顔がはっきりと浮かび上がります。
「フローラ、様……」
「ねぇ、リサ……情けとかではないのよ。私がリサとずっと一緒にいたいから……あなたを好きだから、結婚したいの」
「え……?」
フローラ様が、わたしを、すき。
私の頭がその言葉の意味を理解しないうちに、フローラ様は続けました。
「リサはいつも優しいし、私の言いたいこともすぐにわかってくれるもの。真面目で、たまに頑固で困ってしまうけれど……そういうところも、リサのいいところだと思うわ」
指折り数えるでもなく、思いつくままに並べるような口調でした。
難しい理屈なんて、何ひとつ添えられていません。
ただ、好きなものを、好きだと言っているだけ。
その素直さが、かえって私の胸を、真ん中から貫きました。
「……それは専属メイドとして気に入っているだけでしょう?」
縋るように言葉を継ぎました。
フローラ様は、きっとわかっておられないのです。
私なんかを、選んでいいはずがない。
けれどフローラ様は、優しく目を細めました。
「メイドとしてじゃないわ。リサが私の妃になって、朝起きるときも、夜寝るときも、ずっと私の隣にいてくれたら嬉しいなって。そう思ったの」
「…………っ」
聞き間違いでしょうか。
そうだ、きっと聞き間違いです。
私があまりにも願うから、都合のいい幻聴が聞こえたに違いありません。
けれど、フローラ様はもう一度私の顔を見て、小さく頷かれました。
「朝、リサにキスされたら……なんだか、胸の中が温かかったの。それで、街の視察中に、リサだけの私になったらどうなるか、想像してみたのよ。とっても素敵だなって、思ったの」
フローラ様は、これから訪れる未来を覗いているかのように、うっとりと語っています。
「それで、街から帰ってきてすぐに、お母様に相談したの。『それなら、リサと結婚して、リサを妃にすればいいじゃない』って言われて……お母様も『リサなら安心ね』って、大賛成だったのよ」
フローラ様は、まるで庭に植えた花の名前でも教えるように、さらりと言うのです。
「ねぇ、いいでしょう?」
「…………っ」
まるでおねだりをするようなフローラ様に、私は言葉を詰まらせました。
首を縦に振りたい。
この手を取って、ずっとずっと一緒にいましょうと、答えたい。
――けれどそれは、フローラ様の未来にとって、良い選択なのか?
その答えが出ず、私は返事をすることができませんでした。
「あ、でも……そうね」
ふと、フローラ様が言いました。
その声は、お気に入りのお菓子をおやつに提案するような、軽やかなものでした。
「私、専属メイドがリサじゃない人になるのは嫌だわ。ねぇ、リサ。あなたはこれから、私の専属メイドで、私の妃になるのよ。いい?」
問いかけの体裁ではありながら、その声には少しの疑いもありませんでした。
命じているのでもありません。
それは、ごく自然に――朝になれば陽が昇るのと同じように、そうなるものと疑っていない声でした。
「……ふふっ」
気がつけば私は、笑いを零していました。
一体、今まで何に悩んでいたのでしょう。
フローラ様が縁談を受けるかもしれないと怯えて。
自分の気持ちに気づいて慌てて。
主人を押し倒した罪に震えて。
メイドをやめる覚悟をして、辞職願の文面まで頭の中で考えて。
誰かに取られてしまうのだと、息すらできなくなって。
その間にフローラ様は、お母様に会いに行って、私と結婚することを決めてこられたのです。
あまりにも――あまりにも、自由な方です。
「ふふ、ふふふふっ……ああ、もう……フローラ様」
一度零れると、止まりません。
肩が震えて、私は口元を押さえました。
目尻に、さっきまでとは違う種類の涙が滲みます。
「どうして笑うの?」
「いえ……いえ、すみません。ああ、もう……わかりましたよ」
笑いながら、胸の奥のこわばりが、すうっと溶けていくのを感じました。




