↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【百合】あなたの髪を梳くのは誰がため ―忠誠が独占欲に変わった朝、メイドは姫にキスをした―  作者: ぞ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

08. 願い

 一瞬、時間が止まったようでした。

 窓から差し込む陽の光も、砂時計の砂も、そのまま宙に縫い留められたかのように動きません。


 結婚式。

 私と、リサ。

 ――フローラ様と、私?


 頭の中で言葉がぐるぐると回って、どこにも着地しません。

 私は、かろうじて口を開きました。


「フローラ様。言っている意味が理解できません」

「どういうことかしら?」

「なぜ私がフローラ様と結婚式をするのですか」

「だって、結婚するなら、結婚式をしないといけないでしょう?」

「だから、それが……っ」


 当然のことのように、フローラ様は答えました。

 私が何に引っかかっているのか、本当にわからないという顔です。


「なんで、そういうお話に……私とフローラ様が結婚するというお話になるんですか」


 ――フローラ様と、結婚。

 それは望んだところで手に入らない、輝かしい言葉です。


 フローラ様が誰のものにもならず、私だけのそばにいてくださる。

 それは確かに私が求めた未来でした。


 それなのに、いざその未来を差し出されると、胸に込み上げてくるのは喜びではありません。


 私のわがままに、フローラ様の未来を巻き込んでしまう。

 そんな恐怖心が、私の胸を塗りつぶしました。


「おかしい、でしょう……」

「何もおかしくはないわ? だって、リサが言ったんじゃない。リサだけの私でいて欲しいって」

「……っ」


 心臓が鷲掴みにされたように、きゅうっと縮こまりました。


 まっすぐな問いかけでした。

 逃げ場がありません。

 透き通った瞳が、まばたきもせず、私を映しています。


「それ、は……っ」


 わかっているのです。

 フローラ様は私の言葉を素直に受け止めてくださっているだけだと。


 でも今の私にとってその言葉は、罪状を突きつけられているようなものでした。

 フローラ様がお許しになったとしても、本来であれば抱いてはいけない気持ちなのですから。


「言ったでしょう?」


 違います、そういう意味ではありません。

 そんな風に誤魔化せば、フローラ様も考えを改めてくれるかもしれません。


 けれど――できませんでした。


 自分に嘘をつくことだけは、どうしてもできなかったのです。


「……言い、ました」


 罪とも言えるその言葉は、舌に乗せると、いやにざらざらとしました。


 それに耐えられず、私は震える声で続けました。


「……フローラ様。どうか……あの、朝の言葉は、忘れてくださいませんか」

「忘れる?」

「あれは、私の……身勝手な発言でした。本当に申し訳ありません。主人であるフローラ様に、あんな……あのような、ことを……。お願いします、あの言葉も、あの、口づけも、どうか、どうかなかったことに……っ」


 言葉がうまく繋がりません。

 言いながら、頭の中がちぐはぐに軋んでいくのがわかりました。


 何を言っているのか、自分でもよくわからないのです。

 ただ、取り消さなければ、という思いだけが先に立っていました。


 フローラ様は、じっと私を見ていました。


「あれはリサの本心ではなかったの?」


 私はその言葉に、必死で首を振りました。


「ちがう、ちがうんですっ。私の本当の気持ちなんです、でも……私は、このようなことを、願っては、いけないんです」


 フローラ様は、お優しい方です。

 私が朝、あんなふうに縋りついてしまったから。

 誰のものにもならないでくださいと、みっともなく訴えてしまったから。

 だから、気を遣ってくださっているのです。


 私が――惑わせてしまったのです。


「あなたの大切な未来のための選択を……情けなんかで間違えてはいけません」


 フローラ様は、この国の姫なのです。

 隣国の王族か、あるいはどこかの貴族か――私などよりずっと、フローラ様の隣に立つにふさわしい方と一緒に歩く、明るい未来があるはずなのに。

 それを私の身勝手な想いで、閉ざそうとしている。


 主人に恋をするだけでも罪なのに、その人生まで歪めてしまうなんて。


「私はメイドで、あなたは姫……私が、フローラ様を、独り占めするなんて、あってはならないんです。きっと今は、想像できなくても……そのうち、もっとふさわしい方が現れて、そのときに、必ず……後悔なさいます」


 私は耐えられず俯き、メイド服のエプロンをぎゅっと握りしめました。 


「私の存在がフローラ様を惑わせてしまうなら……すぐに、消えますから。お暇をいただいて、二度と、お目にかからないようにします。ですから、どうか、私のことはっ……」


 ――忘れてください。


 最後の言葉は、喉の奥から出てきませんでした。


 往生際が悪い自分が、嫌になります。


「…………っ」


 目頭が熱くなり、床に落ちた視界が滲んでいきます。

 唇の端が、情けなく震えました。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。