07. 帰還
がちゃり、と扉の開く音がしました。
はっとして顔を上げます。
慌てて立ち上がり、エプロンの皺を払いました。
扉から入ってきたのは、フローラ様でした。
「お……おかえりなさいませ、フローラ様。予定よりずいぶんお早いお帰りなのですね」
「ええ。少し早めに切り上げてきたの」
フローラ様はいつものようにゆったりと部屋へ入ってこられます。
表情は朝と変わらない、水面のように静かなもの。
しかし、街の視察で何か良いことでもあったのか、どこかその足どりが弾んでいるように聞こえます。
私は、目頭の赤みが引いていることを祈りながら、背筋を伸ばしました。
「申し訳ありません、フローラ様。部屋のお掃除がまだ終わっていなくて……」
「このまま続けて構わないわ。でもその前に、紅茶を淹れてちょうだい」
「かしこまりました」
フローラ様は窓辺のソファに腰を下ろされ、私は部屋の隅の小さな茶器棚へ向かいました。
湯を沸かし、ティーポットに注ぎます。
茶葉を入れると、乾いた葉がゆっくりと開いて、琥珀色が滲み出していきました。
――この一杯が、私がフローラ様に淹れる、最後の紅茶かもしれません。
そう思えば自然と、いつもより手つきが丁寧になります。
さっぱりした香りが立ちのぼるティーポットに蓋をして、刺繍の施されたティーカバーをかぶせます。
蒸らしの時間は、砂時計ひとつぶん。
「ところで」
紅茶が蒸れるのを待っていると、フローラ様が話しかけてきました。
「さっきお母様と、これからのことを相談してきたの」
心臓が、どくんと嫌な音を立てます。
「……はい」
女王様と相談なさった、これからのこと。
それは、何を意味するのでしょう。
やはり私の解任の話でしょうか。
あるいは、隣国との縁談を進める話かもしれない。
どちらにしても、聞きたくありませんでした。
耳を塞いで、この部屋から逃げ出してしまいたい――けれど、聞かなければなりません。
私はまだ、フローラ様に仕える身なのですから。
握りしめた手に、爪が食い込みます。
「……女王様は、何と?」
声がみっともなく掠れました。
フローラ様は、ほんの少しだけ首を傾げられました。
「式はいつにするのかしら、ですって」
――しき。
一瞬、言葉が頭の中で意味を持たず、音だけが転がっていきました。
「……式、でございますか?」
「そう、結婚式よ」
「誰の?」
「私とリサの」
「……へ?」
喉から間の抜けた声が漏れました。




