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【百合】あなたの髪を梳くのは誰がため ―忠誠が独占欲に変わった朝、メイドは姫にキスをした―  作者: ぞ


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02. フローラ様

 しんと静まりかえった王城の廊下に、私が歩く足音だけが淡く広がっていました。


 けれど私の頭の中に響き渡っているのは、先ほど読んだお手紙の文面です。

 何度確認しても、同じ言葉が同じ場所に並んでいるだけ。

 読み違いなどではありませんでした。


 気づけばフローラ様の部屋の扉の前です。


 一度だけ呼吸を整えて、毎朝と同じノックをします。


 ――コンコンコン。


 私の胸のうちの重さに反して、ノックの音はかろやかでした。


 いつも返事は返ってこないので、構わずに部屋に入ります。

 これはもちろん、長年仕えている専属メイドだけに許された行為です。


「おはようございます、フローラ様」

「ん……リサ……?」


 返ってきた声は、まだ眠りの縁にいるように柔らかでした。


 入って一礼。

 大きな寝台の上で、毛布に絡まりながら眠るフローラ様。

 その身に纏っている薄いネグリジェへと、カーテン越しの朝の光が降り注いでいます。


 ゆっくりと上体を起こし、口元に手を添えて小さく欠伸。

 ふわふわと波打つ長い髪が、肩から胸へと流れ落ちました。

 透けるような淡い色の髪は、朝の光を吸い込んで、内側からほのかに輝いているようです。

 同じ色の瞳が眠たげに半分だけ開いて、こちらを見ていました。


 フローラ様の専属メイドとなった五歳の頃から、毎朝見てきた姿。

 見慣れているはずなのに、いつ見ても息を呑んでしまうほどお美しい。

 花の精霊というものがいるのなら、きっとこんなふうに朝を迎えるのでしょう。


(……お手紙のことをお伝えしないといけません)


 我に返って、私は手の中のものを思い出しました。


「朝のお支度の前に……フローラ様、こちらのお手紙を」

「あら、何かしら」

「それは――」


 何度確認しても勘違いなどではなかった手紙。その中身は――。


「隣国の王族からのお手紙です。……求婚の」

「そう」


 私がその内容を見た時のショックに反して、フローラ様のお返事は落ち着いたものでした。


 縁談の申し込み。

 考えてみれば、おかしくはないのです。

 フローラ様は王族で、先日成人の儀も終えました。

 そういう話が来るのは自然なこと――わかっていたはずなのに、私の胸の中だけが、見知らぬ場所に放り出されたように落ち着きません。


 フローラ様は細い指でお手紙を受け取り、封筒の模様を一瞥してから、便箋を開かれました。


 目線がそこに並ぶ文字の上をゆっくりと辿っていきます。

 表情はほとんど変わりません。

 いつもの、水面のように静かな横顔でした。


「驚かないのですね」

「そうね」


 ただそう言ったきり、お手紙を膝の上に置いて、窓の方へと視線を流します。

 どうお返事をするか考えていらっしゃるのでしょうか。


「フローラ様は……その方とご結婚をなさるのですか」


 気づけばそんな問いが、口をついて出ていました。


 数拍の間がありました。

 カーテンの裾が、風もないのに小さく揺れます。


「……いい人なら、するかもしれないわ」


 それは投げやりでも、冗談めかしてもいない、ごく自然な声でした。

 そういう話が来たのなら、相手次第で受けもする。ただそれだけの、当たり前の答えです。


「そう、ですよね……」


 自分の声が、少し遠くから聞こえました。


「どうかしたかしら?」

「いえ……。フローラ様がご結婚なさるなんて、今まで想像していませんでしたから」

「そう」


 フローラ様はそれ以上何も問わず、手紙を枕元の小卓に置きました。


 するりと寝台から降りられ、裸足のまま私の目の前に立ちます。

 すらりとした背丈。

 その分、私はフローラ様を見上げる形になります。


「リサ。お願い」

「はい」


 それは朝の身支度を求める、いつもの合図でした。






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