シーン4
騒ぎが落ち着いたのは、日が傾いた頃だった。
街の人々はセラを取り囲んで、口々に感謝の言葉を述べた。衛兵の隊長が正式な礼を述べ、ギルドの受付嬢が「ギルドとして正式に感謝状を……」と言いかけて、セラが「不要よ」と遮った。商人たちが口々に「お礼がしたい」「うちの店に来てください」と声をかけ、子供たちがセラの周りを取り囲んだ。
セラはそれをひとつひとつ、鷹揚に、しかしどこか慣れない様子で受け取っていた。
貴族として称賛を受けることには慣れているのかもしれない。しかしこういう、泥と汗の匂いがする、街の人間の生の感謝というのは、勝手が違うのだろう。時折、返す言葉を一拍考えてから口にしていた。
やがて人波が引いて、俺たちは街はずれの広場に出た。
夕暮れの光が石畳を橙色に染めていた。遠くで子供の声がして、犬が吠えた。街はもう、いつもの夕方に戻り始めていた。
セラは広場の端にある石段に腰を下ろして、杖を膝の上に置いた。普段の凛とした立ち姿と違って、少しだけ力が抜けていた。背中が丸い、というほどではないが、緊張の糸が緩んでいるのは分かった。
俺は少し離れた場所に立っていた。
しばらく沈黙が続いた。
広場に夕風が通り抜けた。セラの銀髪が揺れた。
「……あなたって」とセラが言った。
「なんだ」
「本当に、目立つ気がないのね」
俺は少し考えた。
「目立ったら困る事情がある」
「そうじゃなくても、そうするでしょう。あなたは」
俺は答えなかった。
セラは杖の先で石畳をつついた。コツ、コツ、と規則正しい音が広場に響いた。
「今日の規模、私には無理だった」
「……」
「あなたがいなければ、どうなっていたか」
「それは言わなくていい」
「言いたいから言っているの」セラは顔を上げなかった。「勘違いしないで。礼を言っているわけじゃないから。ただ、事実として確認しているだけよ」
俺はその横顔を見た。
耳の先が、また少し赤くなっていた。
夕暮れの光の中で、強がりの輪郭が少しだけ柔らかくなっていた。俺はそれを指摘しなかった。指摘する意味もなかったし、指摘されたくない顔をしていた。
「悪くない連携だった」と俺は言った。
セラが顔を上げた。
「……そう」
「杖の合図も、詠唱のタイミングも。慣れれば、もっと自然になる」
セラはしばらく俺を見ていた。何か言いたそうな顔だった。でも結局、口から出てきたのは短い言葉だけだった。
「……精進しなさい」
それが俺への言葉なのか、自分への言葉なのか、判断しかねた。
——まあ、悪くない仕事だ。
誰に言うでもなく、そう思った。
その夜、街から離れた宿の一室で、黒装束の二人組が向かい合っていた。
部屋には地図と、いくつかの書き込みがされた羊皮紙が広げられていた。女性の方がその一枚を手に取って、男性に向けた。
「報告します」と女性の方が言った。「セラ・エルヴェインという魔術師が、今日の群れを単独で殲滅しました。規模は推定八十から百体。しかし——」
「しかし?」
「魔術の構成が、観測できませんでした。距離の問題かとも思いましたが、あの規模の魔術なら構成の余波だけでも感じ取れるはずです。それが全くなかった」
男性が静かに続けた。
「エルヴェイン家の令嬢がこの街にいることは把握していました。ただ、彼女の魔術適性は……」
「低い、と記録にあります」女性が羊皮紙に目を落とした。「エルフ貴族の中でも、魔術の才能がないことで知られている」
二人の間に沈黙が落ちた。
男性が口を開いた。
「セラ・エルヴェインではなく」
「ええ」
「その従者の方が、気になります」
女性は羊皮紙を置いて、窓の外を見た。夜の街に、灯りが点っていた。
「引き続き監視を続けます。ただ——」彼女は少し間を置いた。「例の転生者リスト、もう一度確認した方がいいかもしれません」
男性は頷いた。
部屋の隅に置かれた鞄の中で、丸められた羊皮紙が一枚、無造作に押し込まれていた。女性が今日の尾行中にうっかり落としかけた、転生者リストの写しだ。男性がとっさに拾い上げて、何も言わずに鞄に戻した。
その事実を、女性はまだ知らない。




