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転生者が迫害される世界で  作者: 烏丸三月
第二章 転生者、従者になる

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シーン2

冒険者ギルドは、大通りから一本入った場所にある石造りの建物だった。


 中に入ると、朝の時間帯にも関わらず、それなりに人がいた。受付カウンターに依頼書を出している者、奥のテーブルで地図を広げている者、壁に貼り出された依頼票を眺めている者。様々な装備の冒険者たちが行き交う中、セラが入ってきた瞬間、空気がわずかに変わった。


 エルフが従者を連れて冒険者ギルドに来る、というのは珍しい光景らしい。


 受付の女性が少し背筋を正した。


「いらっしゃいませ。ご依頼でしょうか、それとも登録を……」


「依頼よ」とセラは言った。「この街で魔術的なトラブルが起きているなら、優先度の高いものから回させてもらう。私はセラ・エルヴェイン。魔術師よ」


 受付の女性が依頼票を確認しながら、いくつかを選り分けた。


 最初の依頼が来たのは、その日の午前中のことだった。


 街の東側にある薬草店の主人が、店の裏手に魔獣が住み着いて困っているという話だ。小型の蜥蜴型魔獣で、単体では大した危険はないが、薬草を食い荒らされて商売にならないらしい。


「セラ様、お力をお貸しいただけますでしょうか」と店主は深々と頭を下げた。「街の衛兵に頼んでも、小さすぎて優先度が低いと言われてしまって」


 セラは鷹揚に頷いた。


「いいでしょう。この程度、造作もないことよ」


 造作もない、という言葉の意味が俺には分かった。俺がやるから、という意味だ。


 店の裏手に回ると、薬草棚の陰に三匹の蜥蜴型魔獣がいた。体長は三十センチほど、鱗は青みがかった灰色だ。人間を見て警戒しているが、逃げる様子はない。縄張り意識が強いタイプらしい。


 セラは杖を構えた。


「フン、この程度……」


 そして詠唱を始めた。


 長い。


 俺は少し後ろで待ちながら、魔獣の動きを観察した。セラの詠唱はそれなりに様になっているが、構成の展開が遅い。熟練者が見れば、術式の組み立てに迷いがあることがすぐ分かるだろう。声の通りは悪くないし、発音も正確だ。基礎はきちんと積んでいる。ただ、そこから先が続かない。


 もっとも、今ここに熟練者はいない。店主は固唾を飲んで見守っているだけだ。


 詠唱が佳境に差し掛かったところで、俺は指先に魔力をわずかに集めた。


 肩の埃を払うくらいの力加減で、魔力を動かす。


 三匹の魔獣が、音もなく消えた。


「——解!」


 セラが詠唱を締めくくった。一拍遅れて、何もない空間に向かって杖を振る。


 店主が目を丸くした。


「す、すごい……!一瞬で!」


「当然よ」とセラは涼しい顔で言った。「この程度に本気を出すつもりはなかったけれど、早く終わらせてあげたわ」


 俺は無言でセラの一歩後ろに戻った。


 店主がお礼の言葉を並べる間、セラは優雅に受け流した。その横顔は完璧に「余裕のある大魔法使い」だった。


 ——筋はいい、と俺は思った。


 嘘をつくのが上手い、という意味ではない。自分が演じるべき役を理解していて、その通りに振る舞える。それは才能の一種だ。魔法の才能ではないかもしれないが、別の種類の。


 午後にも依頼を二件こなした。


 ひとつは街の井戸に発生した水棲の小型魔獣の駆除。もうひとつは、民家の屋根裏に巣食った魔蟲の除去だ。どちらもセラが詠唱し、俺が処理し、周囲がセラの手柄として受け取った。


 三件目が終わった頃には、街の噂が動き始めていた。


「すごい魔術師が来たらしい」「エルフの大魔法使いだって」「昨日の薬草店の件も、あの人が片付けたんだって」


 大通りを歩くセラに、声をかけてくる市民が増えた。


 セラはそれを当然の顔で受け取りながら、しかし俺には見えた。耳の先が、わずかに赤くなっているのが。


 帰り道、人のいない路地に差し掛かったところでセラが小声で言った。


「次はもう少し早く処理しなさい。詠唱の途中で消えると、間が合わないことがあるから」


「了解した。合図を決めるか?」


 セラは少し考えた。


「……杖を縦に構えたら準備完了。横に振ったら実行、でいいわ」


「分かった」


 二言三言で打ち合わせが終わった。無駄がない。俺は少し見直した。


「一つ聞いていいか」


「なに」


「詠唱は、続けた方がいい。やめると不自然になる」


 セラは少し黙った。


「……分かっているわ。詠唱をやめたら構成が崩れたと思われる。だから最後まで続けて、解で締める。そういうことでしょう」


「そういうことだ」


「言われなくても分かっていたわよ」


 そう言いながら、セラは少しだけ早足になった。


 その頃、路地の入口近くに積まれた荷物の陰で、黒装束の人影がふたつ、身を縮めていた。


 女性の方が、荷物の縄に足を引っかけてよろけた。男性の方がとっさに腕を掴んで支える。積み上げられた荷物がガタリと揺れた。


 セラが「今の音は?」と振り返ったが、すでに影はなかった。


「野良猫じゃないか」と俺は言った。


「……そう」


 セラは特に気にした様子もなく、歩き出した。

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