シーン1
翌朝、七時ちょうどに南門前に着くと、セラはすでにそこにいた。
昨夜とは違う装いだった。深緑のローブに金の縁取り、腰には細い杖を下げている。随分と上等な格好だ、と俺は思った。昨夜は薄暗い路地だったせいで気づかなかったが、改めて見るとローブの素材も杖の細工も、安物ではない。
育ちがいいのか、見栄を張っているのか。今の時点では判断できなかった。
ただ、着慣れているかと言われれば微妙なところで、ローブの裾が少し長すぎて石畳を引きずっていた。本人は気づいていないのか、あるいは気づいていて無視しているのか。どちらにしても、指摘しない方がいい気がした。
俺が近づくと、セラは顎を上げてこちらを見た。
「遅い」
「七時ちょうどだ」
「七時に着くつもりなら、六時五十分には来なさい。それが従者というものよ」
俺は少し考えた。
——なるほど、そういうルールなのか。
「分かった。次からそうする」
セラは俺の返答を予想していなかったのか、一瞬だけ口を開きかけた。おそらく言い訳や反論を期待していたのだろう。それがあっさり受け入れられたので、拍子抜けしている顔だった。
「……そ、そう。分かればいいわ」
セラは咳払いをひとつして、改めて背筋を伸ばした。
「今日から、あなたは私の従者よ。名前は?」
「ヴァンだ。昨日も言った」
「昨日のことは昨日。今日は正式な確認よ」
俺は内心でため息をついた。面倒な人間だ、とは思った。ただ、この程度の面倒さは許容範囲だとも思った。前世でも、こういう妙なこだわりを持つ人間は一定数いた。慣れている。
「ヴァンです。よろしくお願いします、セラ様」
セラの目が、わずかに揺れた。
「……様をつけるのは正解よ。覚えておきなさい」
そうして俺たちは、街へ踏み出した。
セラの一歩後ろ、半身分だけ左にずれた位置を歩く。従者の立ち位置というのはそういうものらしい、とセラに出発前に教わった。俺には前世でも今世でも、そういった礼儀作法の知識がない。素直に従うことにした。目立たなくて済む立ち位置でもある。
大通りに出ると、行き交う人々の視線がセラに集まった。
エルフ、というだけで目を引く。この街ではエルフの姿はそう珍しくないが、それでも人目を引く種族だ。さらに上等な装いと、堂々とした歩き方が加わって、自然と人々が道を空ける。商人が会釈し、子供が指を差し、老婆が「綺麗なエルフ様だねえ」と囁く声が聞こえた。
セラはそのどれに対しても、表情を変えなかった。
当然のこととして受け取りながら、まっすぐ前を見て歩いていた。
——慣れている、と俺は思った。
見られることに。注目されることに。それが日常であるような歩き方だった。育ちの良さ、というのはこういうところに出るものらしい。前世では縁のない話だったが。
悪くない、と俺は思った。
舞台の作り方は知っている。あとは中身の問題だ。
大通りを抜けたところで、セラが足を止めた。
「今日の段取りを確認するわ」
「まずは街の冒険者ギルドに顔を出す。依頼を受けて実績を作る。あなたはただついてきて、私の後ろに控えていればいい。余計なことは喋らないで」
「分かった」
「それと」セラは少し間を置いた。「私が詠唱を始めたら、そこで処理しなさい。タイミングはあなたに任せるけれど、詠唱が終わる前には必ず片付けておくこと」
「了解した」
セラはもう一度だけ俺を見てから、歩き出した。
打ち合わせとしては最低限だが、必要なことは揃っていた。俺は黙ってその後ろについた。




