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転生者が迫害される世界で  作者: 烏丸三月
第一章 転生者、脅迫される

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シーン4


 路地の隅に移動して、俺たちは向かい合った。


 交渉、とは少し違う。俺が条件を整理して、彼女が飲むかどうかを判断する、という構図だった。


「まず確認する。あなたがやりたいことは、この街で『偉大な魔法使い』として名声を得ること。俺がやることは、陰から魔術を行使してその実績を作ること。表向きは俺があなたのお付き、ということでいいか?」


「そうよ」


「俺からの条件は二つだ」


 彼女が眉を上げた。


「一つ目。俺の正体は絶対に口外しない。バレた瞬間、この契約は終わりだ。二つ目。俺が『ここまでだ』と判断した仕事は受けない。無茶な依頼や、俺が正体を晒すリスクが高い状況では動かない。判断の最終権限は俺が持つ」


 彼女の顔が険しくなった。


「……それって、私が主導権を持っていないってことじゃない」


「表向きは違う。街の人間から見れば、あなたが全部決めている。指示を出しているのはあなただ。でも俺が無理だと判断した仕事は受けない。それだけのことだ」


「つまり私は、あなたに拒否権を持たせた状態で命令する、ということ?」


「そういうことになる」


 彼女はしばらく黙っていた。


 脅迫のつもりで来たのに、気づいたら条件交渉をさせられている。そのことにじわじわと気づいているのだろう、口元がわずかに歪んだ。悔しさを噛み殺している顔だ。


「……一つだけ、追加させなさい」


「聞く」


「表向きは、絶対に私が主よ。あなたが私に指図しているように見える状況は作らない。それだけは譲らない」


 俺は少し考えた。


 それは俺にとっても都合がいい。目立たなくて済む。


「構わない」


 彼女は、もう一度だけ俺を睨んでから、小さく頷いた。


「……わかったわ。その条件で受けてあげる」


 受けてあげる、という言い方が面白かった。交渉で主導権を取られた側の人間の言い方ではない。それでも最後まで上から目線を崩さないあたり、筋が通っているとは思った。


 しばらく沈黙が落ちた。


 契約は成立した。しかし俺たちはまだ、お互いの名前を知らなかった。


「一つ確認していいか」


「なに」


「名前だ。お互い、まだ名乗っていない」


 彼女は少し虚を突かれた顔をした。言われてみれば、という顔だ。


「……セラよ。セラ・エルヴェイン」


「ヴァンだ。姓はない」


 彼女は俺を一瞥した。姓がない、ということの意味を考えているのかもしれない。この世界では、姓を持たない人間は珍しくないが、素性の知れなさを示す場合もある。


 しかしセラは何も言わなかった。


「セラ・エルヴェイン」と俺は繰り返した。


「覚えた」


「当然でしょう」


 別れ際、セラは振り返りもせずに言った。


「明日の朝、南門の前に来なさい。遅刻は許さないから」


「分かった。何時だ」


「七時よ」


「了解した」


 セラの足音が石畳に響いて、遠ざかっていく。俺はその背中を見送りながら、ひとりごちた。


 ——まあ、目立たなくて済むなら悪くない。


 表に出る必要がなく、誰かの陰に隠れて動ける。転生者として身を隠し続けるには、むしろ都合のいい立場かもしれない。そう考えれば、脅されたというより、うまい話を持ってきてくれたとさえ言える。


 俺は踵を返して、来た道を戻り始めた。


 その背後、屋根の上では。


 黒装束の二つの影が、身を潜めながら息をひそめていた。一方が体勢を崩してよろめいた瞬間、もう一方がとっさに腕を掴んで支える。二人の間で、口だけを動かした小さなやり取りがあった。


 しかし路地を歩くヴァンは、振り返らなかった。


 足音も、気配も、何も気づいた様子はない。


 ——明日から、少し面倒なことになりそうだ。


 そんなことを考えながら、ヴァンの背中は夜の街に消えていった。今夜の出来事など、さしたることでもないとでも言うように。


 静かな夜だった。


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