シーン3
路地の入口に、少女が立っていた。
エルフだった。
長い銀髪が夜風にわずかに揺れている。切れ長の瞳は街灯の光を受けて、薄い金色に光っていた。背筋をまっすぐに伸ばして、顎をわずかに上げた立ち姿は、まるで常に誰かに見られることを意識しているようだ。纏っているローブは上質な素材だが、どこか着慣れていない印象がある。年齢は俺とそう変わらない様に見えるが、その目には妙な鋭さがあった。
俺の第一印象は、シンプルだった。
——厄介なものに見られた。
それだけだ。
「全部見ていたわ」
と彼女は言った。声は落ち着いていたが、わずかに早口だった。
「詠唱なし。構成の展開もなし。それであの威力。あなた、転生者でしょう」
俺は黙っていた。
否定しても意味がない、と判断したからだ。この世界で魔術の構成を知覚できる人間は限られている。それができるということは、相応の訓練を積んだ魔術師だ。俺の「構成がない」という異常さに気づいたということは、ごまかしても通じない可能性が高い。
「……それで?」
と俺は言った。
「それで、とは?」
「俺が転生者かもしれない。それで、あなたはどうしたいんだ」
彼女はわずかに目を細めた。思っていたより落ち着いた反応だと感じたのかもしれない。
「バラされたくなければ」
彼女は一歩前に出た。
「私の言うことを聞きなさい。あなたの力を、私のために使うの」
「使う、というのは具体的に?」
「私はこの街で、偉大な魔法使いとして名を上げる必要がある。あなたが陰で魔法を使って、手柄を私に渡す。表向きは私の功績。あなたは私と行動を共にする。それだけでいい」
俺はしばらく彼女を眺めた。
凛とした顔、まっすぐな目線。堂々とした交渉者に見える。
ただ、話が雑すぎる。
「断る」
彼女の目が、わずかに揺れた。
「……は?」
「条件が曖昧すぎる。『言うことを聞け』では契約にならない。俺がどこまでやるのか、あなたが何を保証するのか、どういう状況でその契約が終わるのか。何も決まっていない」
「あなたは脅されている立場よ。選り好みできる状況だと思っているの?」
「脅しが成立するには、相手がその脅しを怖いと思う必要がある」
俺は言った。
「俺の正体をバラすと、俺が死ぬかもしれない。でも同時に、あなたも転生者の秘密を知っていた共犯者になる。それは、あなたにとっても困るんじゃないか」
沈黙が落ちた。
彼女の口元が、かすかに動いた。言い返す言葉を探しているのだろう。俺は続けた。
「だから対等に話し合おう。条件を整理すれば、お互いにとって悪くない取引になる可能性はある」
彼女はしばらく俺を睨んでいた。
やがて、小さく息を吐いた。
「……聞かせなさい」




