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転生者が迫害される世界で  作者: 烏丸三月
第一章 転生者、脅迫される

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シーン2

問題が起きたのは、その夜のことだった。


 仕事を終えたのは夜の九時頃だ。帳簿の数字が合わなかったせいで、いつもより一時間ほど遅くなった。結局、原因はガルドが昼に買った昼食代を経費に混ぜていたことだったが、それを指摘すると気まずそうな顔をしたので、俺は何も言わずに修正した。


 街の夜は静かだ。


 メルガン——この街の名前だ——は、王都から馬車で二日ほど離れた中規模の街で、冒険者と商人が程よく混在している。夜になると大通りの酒場はにぎやかになるが、俺が住む下町の路地はひっそりとしている。街灯の魔道具がぼんやりとした橙色の光を落として、石畳に影を作っていた。


 帰り道の途中、街はずれの路地から妙な気配を感じた。


 魔力の揺らぎ、というやつだ。この世界に転生してから身についた妙な感覚で、野生のモンスターが近くにいるときに限って、肌がざわつく。普通の人間には感じ取れないらしいが、俺には分かる。理由は分からない。


 なんにせよ、今は面倒なことになった、それだけだ。


 角を曲がると、案の定だった。


 犬ほどの大きさの魔獣が、路地の奥でうろついていた。ゴブリン系の下位種——正確にはグレイハウンドゴブリンと呼ばれる種類で、単体では大した脅威ではないが、素人が相手をすれば噛まれて怪我をする程度の危険性はある。街中に出てくるタイプではない。どこかの門をくぐり抜けたか、あるいは誰かが持ち込んだか。いずれにしても、放置すれば誰かが噛まれる。


 俺は周囲をもう一度確認した。


 路地の両端、窓の灯り、屋根の上。人影なし。


 ため息をひとつついて、右手を軽く持ち上げた。


 詠唱も、構成の展開もない。


 この世界で魔術を使うには、本来なら詠唱が必要だ。短くても長くても、言葉で術式を起動する。同時に魔力で「構成」——術式の設計図のようなもの——を展開しなければならない。初級の魔術師なら長い詠唱と単純な構成、上級になれば数語の詠唱と精密な構成を瞬時に展開できる。熟練者になれば他人の構成を知覚することさえ可能になる、と聞いた。


 俺にはそのどちらも必要ない。


 肩の埃を払うくらいの気軽さで、魔力をわずかに動かした。


 それだけだった。


 光もなく、音もなく、魔獣は消えた。跡形もない。


 俺は手を下ろして、軽く首を鳴らした。特に達成感もない。ただ、やらないと後で気になるから動いた。それだけだ。前世でもそうだった。ゴミが落ちていれば拾ったし、誰かが困っていれば手を貸した。誰かに褒められたかったわけじゃない。放っておくと後で気になる、本当にそれだけの理由だった。


 さて、帰るか。


 踵を返した瞬間、背後から声がした。


「……見たわよ」


 俺は足を止めた。


 一拍おいて、ゆっくりと振り返った。


 ——厄介なことになった。



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