シーン3
翌日の夜、俺は一人で街の東の広場に向かった。
広場は街の東端にある、こじんまりとした場所だった。中央に古い井戸があって、その周りに石のベンチが並んでいる。夜になると人通りが少なくなる場所だ。
フードの人物は、すでにそこにいた。
井戸のそばに立って、俺が来るのを待っていた。今夜は昨日より近くで見た。身長は俺とほぼ同じ。体格は細め。フードの隙間から、顎の輪郭だけが見えた。
「来てくれたのか」とフードの人物は言った。
「話があると言っていたが」
「ああ」フードの人物は井戸の縁に腰を下ろした。「座るか」
「立っていた方が好きだ」
「そうか」フードの人物は少し笑ったような声を出した。「お前は、どこか俺と似ているな」
「どういう意味だ」
「目立たないようにしている。余計なことは言わない。ただ、放っておけない相手には、ちゃんと動く」
俺は黙っていた。
「俺も、かつてそうだった」とフードの人物は続けた。「この世界に来て、最初は目立たずに生きようとした。正体を隠して、静かに、誰にも関わらずに」
「何が変わった」
「仲間ができた。転生者同士で、繋がりができた。その中に、あの術師もいた」
「ヴェルナー家の術師か」
「ああ。名前は言えないが——良い奴だった。最初は。ただ、この世界でどう生きるかについて、考え方が違いすぎた」
「転生者リストの情報を求めて、人を利用することを選んだ」
「そういうことだ」フードの人物は静かに言った。「俺には、それができなかった。街の人々を苦しめてまで、情報を手に入れることに、意味を感じなかった」
「情報を手に入れても、何が変わる」
「変わらないかもしれない」フードの人物は少し間を置いた。「でも、あいつは変わると信じている。転生の仕組みを知れば、次の転生先を選べるかもしれない。あるいは、戻れるかもしれない」
「前の世界に」
「ああ」
俺はその言葉を、しばらく転がした。
戻りたい、と思ったことがあるか。
前世を思い出す。アパートの天井を見上げながら「今日も誰とも話さなかった」と思った夜。誰にも必要とされない日常。それでも不幸ではなかった。
「俺は戻りたいとは思わない」と俺は言った。
「なぜ」
「前の世界に、戻る理由がない。今の方が——」
俺は少し間を置いた。
「今の方が、悪くない」
フードの人物はしばらく黙っていた。
「そうか」とやがて言った。「お前には、ここに残る理由があるんだな」
「そうかもしれない」
「羨ましい」フードの人物は静かに言った。「俺にも、かつてはそういう気持ちがあった。今は——複雑だ」
俺は黙って聞いていた。
「本題に入る」とフードの人物は言った。「あの術師を止めるために、俺はここにいる。ただ、一人では限界がある。お前たちが今やっていることは、結果的に俺の目的と一致している」
「協力してほしいということか」
「情報を共有したい。お前たちが知っていることと、俺が知っていることを合わせれば、あの術師の計画を止められる可能性がある」
「見返りは何だ」
「俺が求めるものは、お前たちからは得られない。ただ、この街の人々が助かることは、俺にとっても望ましい結果だ」
俺はしばらく考えた。
「一つ聞く」
「なんだ」
「お前は、この世界で何を選んだ」
フードの人物は長い沈黙の後、答えた。
「……守ることを選んだ。誰かを守ることで、ここにいる意味を見つけようとしている」
「守りたい相手がいるのか」
「いた」
過去形だった。
俺はそれ以上聞かなかった。
「情報を共有することについて、セラに確認してから返事をする」
「構わない」フードの人物は立ち上がった。「ただ、時間がない。あの術師は、次の一手を準備している。明日か明後日には動くだろう」
「分かった」
「一つだけ、言っておく」
「なんだ」
「あの術師が求めている情報——転生者リストに、その一部が含まれているかもしれない。ただ、リスト自体は一つではない。複数の組織が、それぞれのリストを持っている」
「忍者組織も持っている」
「そうだ。ただ、それはほんの一部だ」
フードの人物は広場の出口に向かった。
「お前に会えてよかった」と消える前に言った。「同じ転生者として」
俺はその背中を見送った。
広場に一人残って、夜空を見上げた。星が出ていた。




