シーン2
その日の昼過ぎ、ガーランド侯爵から連絡が入った。
ヴェルナー伯爵家が、昨夜の件について正式に抗議してきたという。「我が家の使いが、セラ・エルヴェインという魔術師に脅された」という内容だった。
「逆に抗議してきたのか」とセラは言った。
「よくある手だ」と俺は言った。「先に被害者の立場に立てば、相手の行動を正当防衛に見せかけられる」
「計算されているわね」
侯爵館で話し合いを行った。侯爵の側近たちも同席していた。
「この抗議に対して、どう対処すべきでしょうか」と侯爵が聞いた。
「無視する必要はありません」とセラは言った。「ただし、こちらも記録を残しておくことが重要です。昨夜、ヴェルナー家の使いが私に対して脅しをかけてきた事実、その内容、証人となった衛兵の証言——これらをきちんと文書化してください」
「文書化、ですか」
「はい。法的な争いになった場合、証拠の積み重ねが重要になります。感情的に対抗するのではなく、記録で対抗する」
侯爵が頷いた。
「さすがですね、セラ様は」
「貴族として生きてきましたから」とセラは静かに言った。「こういうやり取りは、慣れています。好きではありませんが」
話し合いを終えて館を出ると、俺はセラに言った。
「今日のお前は、いつもより貴族らしかった」
「そうかしら」
「言葉の選び方、対応の仕方。社交の場で鍛えてきたものが出ていた」
「……嫌だった?」
「なぜ嫌なんだ」
「なんとなく。貴族っぽい自分は、あまり好きじゃないから」
「なぜ」
セラはしばらく考えた。
「貴族として振る舞うとき、本当の自分じゃない気がするの。計算して、言葉を選んで、相手の意図を読んで——それが上手くいくと、嬉しいより虚しい気持ちになる」
「でも、今日のそれが街の人たちを助ける手段になっている」
「……そうね」セラは少し間を置いた。「使える武器は使えばいいのよね」
「それだけのことだ」
「あなたって、本当にシンプルに考えるわね」
「複雑に考えても、答えは変わらないことが多い」
セラは少し笑った。
「それも、あなたらしいわ」
その日の午後、フードの人物から短い手紙が届いた。
宿の主人が「見知らぬ人物から預かった」と持ってきた封筒の中に、一枚の羊皮紙があった。
「明日の夜、街の東の広場で話したい。一人で来てくれるか」
俺はその手紙をしばらく見ていた。
「何が書いてあったの」とセラが聞いた。
「明日、話し合いの場を設けたいと言っている」
「一人でと書いてあったでしょう」
「読んだのか」
「横から見えた」
俺は少し考えた。
「どうするの?」とセラが聞いた。
「行く」
「一人で?」
「手紙にそう書いてある」
「危ないじゃないの」
「危険があるなら、昨日窓の外で話しかけてこなかっただろう。あの状況なら、俺を消すことは容易だった」
「……それは確かにそうだけど」セラは不満そうな顔をした。「でも、私も行きたい」
「一人で来てくれと書いてある」
「あなたが行って、何かあったら?」
「何もない。ただ、話を聞くだけだ」
セラはしばらく俺を見ていた。
「……信頼しているの? あのフードの人物を」
「完全には信頼していない。ただ、敵意がないことは分かっている。それで十分だ」
「十分なの?」
「今は」
セラはため息をついた。
「分かった。でも、何かあったらすぐに逃げなさいよ」
「逃げる必要があれば逃げる」
「強がりを言わないの」
「強がりじゃない。判断して動く、ということだ」
セラはもう一度ため息をついて、それから小さく頷いた。




