シーン4
翌朝、俺はセラに昨夜のフードの人物との会話を伝えた。
セラは黙って聞いていた。
「転生者リストに、転生する仕組みについての情報が載っている可能性がある、ということ?」
「可能性だ。その人物がそう考えている、ということは分かった。実際にそういう情報があるかどうかは別の話だ」
「でも、もしそれが本当なら——」セラは少し考えた。「ヴェルナー家の術師は、それを手に入れるために、街を利用している、ということね」
「そういうことになる」
「……転生者って、みんな、そういうことを知りたいと思うの?」
俺は少し考えた。
「思うかもしれない。俺は深く考えてこなかったが」
「なんで?」
「考えても、答えが出ないと思っていたから。それより、今をどう生きるかの方が重要だと思っていた」
「……それが、あなたらしいわね」セラは少し笑った。「私だったら、絶対に気になる。なんで自分がここにいるのか、って」
「気になるか?」
「うん。でも——」セラは少し間を置いた。「今は、それより大事なことがある気がする」
「なんだ」
「この街の人たちを、助けること」
俺は何も言わなかった。
「笑わないの?」とセラが聞いた。
「笑う理由がない」
「なんか、あなたらしくない返し方ね」
「そうか」
セラは小さく笑って、お茶を飲んだ。
その日、俺たちはガーランド侯爵に昨夜の報告をした。ヴェルナー家が直接行動に出たことを伝えると、侯爵の表情が変わった。
「これは……もはや、穏便な解決が難しくなってきましたね」と侯爵は言った。
「はい」とセラが言った。「侯爵、一つお聞きしますが、このまま時間が経てば、状況はさらに悪化します。何らかの形で、ヴェルナー家に対して正式な手続きを踏む必要があるのではないですか」
「ただ、証拠が——」
「証拠は集まってきています。魔術の痕跡、ヴェルナー家からの布告、昨夜の直接的な脅し。これらを組み合わせれば、上位の機関に訴え出る根拠になる可能性があります」
侯爵は難しい顔をした。
「上位の機関、というのは……王都の裁定機関ですか」
「そうです」
「それは、時間がかかります。それまでの間、この街をどう守るかが——」
「私たちがいます」とセラは言った。「少なくとも、この依頼が終わるまでは」
侯爵が深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
館を出てから、セラが俺に言った。
「ヴァン、今夜もフードの人物が来ると思う?」
「分からない。来るかもしれないし、来ないかもしれない」
「もし来たら、どうするの?」
「話を聞く。それだけだ」
「協力するの?」
「まだ決めていない。信頼できるかどうか、まだ判断がついていない」
「慎重ね」
「慎重でいい」
セラは少し歩みを速めた。
「ねえ、ヴァン」
「なんだ」
「この依頼、最初は政争に巻き込まれるだけかと思っていたけど——転生者が絡んできて、複雑になってきたわね」
「そうだな」
「でも」セラは前を向いたまま言った。「不思議と、怖くないのよ。なんでかしら」
「なんでだと思う」
「……あなたがいるから、かしら」
俺は何も言わなかった。
「何か言いなさいよ」
「悪くない」
「それだけ?」
「それだけだ」
セラはため息をついた。しかし口元には、小さな笑みがあった。
街の夕暮れが、二人の足元に長い影を作っていた。
その夜、忍者コンビは珍しく順調に報告書を書き上げていた。
「昨夜の件、まとめました」と女性が言った。「魔獣の群れの対処、ヴェルナー家の手下の撃退、全部書きました」
男性が受け取って、確認した。
「よく書けている」
「ありがとうございます」女性は少し嬉しそうだった。「あと、今日の侯爵館でのやり取りも書きたかったんですが、中には入れなくて——」
「外から見えた範囲で書けばいい」
「はい。それと」女性は少し声を落とした。「ヴァンさんのことなんですが」
「なんだ」
「昨夜の魔獣の処理が、どう考えても普通じゃなかったんです。あの速さと規模は——」
「書くな」
「え?」
「報告書に書くな。本部が余計な動きをする可能性がある」
女性はしばらく考えた。
「……書かなくていいんですか」
「今は書かない。俺が判断する」
「分かりました」女性は頷いた。それから、少し間を置いて言った。「あなたって、ヴァンさんのことを、どう思っているんですか」
男性は窓の外を見たまま答えた。
「厄介な人間だと思っている」
「厄介?」
「報告しにくい。把握しにくい。しかも、俺たちを助けている。どう扱えばいいか、判断に困る」
「それって、嫌いってこと?」
男性はしばらく黙っていた。
「……嫌いではない」
女性は少し笑った。男性はそれを見て、すぐに顔を引き締めた。
「報告書を封筒に入れろ。今夜中に送る」
「はい」
街の夜が、静かに深まっていった。




