シーン2
「セラ・エルヴェイン!」
野太い声だった。松明の光の中から、五人の人影が現れた。重装備の男たちで、それぞれが武器を持っている。先頭の男が叫んだ。
「ヴェルナー伯爵閣下の命令だ! ガーランド侯爵への協力をやめろ! さもなくば、エルヴェイン家にとって不都合なことになると伝えろ!」
セラの詠唱が止まった。
俺は素早く状況を把握した。北からは魔獣の群れ。南からはヴェルナー家の手下。セラは両方から挟まれている。衛兵たちは北の魔獣の対処に手いっぱいで、こちらに来る余裕がない。
北門の外では、衛兵たちが群れの先頭と交戦を始めていた。大型魔獣が衛兵の盾を弾き飛ばした。悲鳴が上がった。
「ヴァン」とセラが小声で言った。
「聞こえている」
「どうする」
俺は一拍考えた。魔獣の処理が先だ。衛兵が全滅すれば、街への被害が出る。ヴェルナー家の手下は——今すぐ戦闘になるわけではない。脅しの段階だ。セラに対応させれば、その間に魔獣を処理できる。
「俺が魔獣を処理する。お前はあいつらに対応しろ」
「私が?」
「お前なら対処できる」
セラは一瞬だけ俺を見た。
「……分かった」
俺は北門の外に走り出した。衛兵たちが驚いて道を開ける。大型魔獣が一頭、俺に向かって突進してきた。
肩の埃を払うくらいの力加減で、魔力を動かした。
大型魔獣が消えた。
周囲の衛兵が固まった。
俺は中型の群れに向き直った。今夜の魔獣は、確かに統率された動きをしていた。中型が横一列に並んで、一斉にこちらに向かってくる。普通の魔獣にはない動きだ。
俺は魔力を少し大きめに動かした。普段より出力を上げる。ただし、限界とは程遠い。川から水を両手で掬う程度だ。
群れが消えた。
残りの個体が、混乱した動きを見せ始めた。統率が崩れた証拠だ。術師の制御が、俺の処理の速さに追いつけていないのかもしれない。
あるいは、術師が別のことに気を取られているのか。
後ろを振り返ると、セラがヴェルナー家の手下たちと向かい合っていた。
「エルヴェイン家への不都合、とおっしゃいましたね」とセラは静かに言った。「それは脅しですか?」
「そ、そうだ! 大人しく引き下がれば——」
「お断りします」
セラは杖を構えた。詠唱を始めた。
低く、通る声だった。威圧のための詠唱だ。セラの詠唱は威力は大したことがないが、見た目と音の迫力は本物だ。ここ数日の経験で、セラはそれをよく分かっている。
手下たちが後退した。
「い、一度持ち帰って——」
「二度と来ないでください」とセラは言った。「次に脅しを持ってくるなら、ガーランド侯爵を通じて正式に抗議します。そのときは、エルヴェイン家の名前を使ってでも」
手下たちが逃げていった。
俺は残りの魔獣を処理して、セラの隣に戻った。
「魔獣は?」
「処理した」
「全部?」
「全部だ」
セラは周囲を見渡した。衛兵たちが呆然としている。遠くで、まだ一頭だけ残っていた魔獣が逃げ出しているのが見えたが、街の方向には向かっていなかった。
セラが静かに言った。
「……お疲れ様」
「お前もな」
「私は何もしていないわ」
「脅しを跳ね返した」
「あれくらい、どうということはないわよ」
セラは強がって言ったが、その手が少し震えていた。俺は何も言わなかった。




