シーン4
翌朝の調査で、新たな発見があった。
街の西側の森で、これまで見つかったものとは少し異なる痕跡を確認した。
同じ魔獣誘導の術式だったが、発動の時期が違った。他の三箇所より、二週間ほど新しい。最近になって、追加で設置されたらしい。
「術式を更新している」とセラが言った。「つまり、まだ誰かがこの街を監視している」
「あるいは、術師がまだここにいる」
「カルネスに?」
「ヴェルナー領との境界付近にいる可能性もある。ただ、最近になって術式を更新したなら、近くにいなければできない」
セラは慎重に残滓を観察した。
「この術式、少し組み方が変わったわ。前の四箇所と比べると、より精密になっている。腕が上がっているのか、それとも慎重になっているのか」
「どちらだと思う」
「慎重になっている気がする。前の四箇所は少し荒削りだった。でもこれは、丁寧に組まれている。誰かに見られることを意識して、痕跡を残しにくい形にしようとしているのかもしれない」
「俺たちの調査に気づいている可能性があるということか」
「そうよ」セラは立ち上がった。「向こうも、私たちを観察しているかもしれない」
宿に戻る道で、俺はガーランド侯爵のことを改めて考えた。
侯爵がセラを名指しした理由。エルヴェイン家の名前を使いたいという意図。しかし、それだけではないかもしれない。
もし侯爵が、ヴェルナー家の術師が転生者だと知っていたとしたら。そして、転生者を使って転生者と戦わせようとしているとしたら——
それは、俺たちが「駒」として使われているということだ。
宿に着いてから、俺はセラに言った。
「侯爵に、もう一度話を聞きたい」
「何を確認するの?」
「ヴェルナー家の術師について、侯爵がどこまで知っているか。素性不明と言っていたが、本当に何も知らないのか確認したい」
セラはしばらく俺を見ていた。
「……何かに気づいたの?」
「まだ仮説の段階だ」
「教えなさいよ」
「整理できたら話す」
「またそれ」セラはため息をついた。「分かった。侯爵のところに行きましょう」
侯爵館を訪ねると、侯爵はすぐに会ってくれた。
「ヴェルナー家の術師について、もう少し詳しく聞かせていただけますか」とセラが切り出した。「素性不明とおっしゃっていましたが、本当に何も分からないのでしょうか」
侯爵が少し間を置いた。
「……実は」と侯爵は言いにくそうに言った。「一つだけ、気になることがあります」
「なんでしょう」
「その術師が来てから、ヴェルナー家の動きが変わったのです。以前は、領地争いといっても、貴族間の慣習に沿った形での交渉が主でした。しかし今は、こういった魔獣を使った嫌がらせや、住民への布告など、慣習を無視した手段を使うようになった」
「つまり、その術師が助言をしているということ?」
「おそらく。しかも、その助言の内容が——この地域の慣習を知らない人間が考えたような、独特な発想なのです」
俺は黙って聞いていた。
この地域の慣習を知らない人間。
それは、転生者という言葉と重なった。
「侯爵」とセラが静かに言った。「一つ、正直にお答えください。私をこのカルネスに呼んだのは、エルヴェイン家への牽制だけが理由ですか?」
侯爵が黙った。
長い沈黙が落ちた。
やがて、侯爵はゆっくりと言った。
「……実は、もう一つ理由がありました」
「なんでしょう」
「ヴェルナー家の術師が、普通の人間ではないという話を耳にしました。どういう意味かは分からなかったのですが——セラ様は、その手の事情に詳しい方に繋がりがあると聞いていました」
「その手の事情、というのは」
「……転生者、という話です」
応接室が静かになった。
俺はセラの横顔を見た。セラは表情を崩さなかった。しかし俺には分かった。今、セラは怒っている。表に出さないように、必死に抑えている。
「つまり」とセラは静かに、しかしはっきりと言った。「私を、転生者関連の問題に対処させるために呼んだということですか」
「……その、表現は正確ではありませんが——」
「エルヴェイン家の名前ではなく、私が転生者の事情を知っている可能性があるから呼んだ」
「セラ様がそのような事情をご存知かどうかは分からなかったのですが、炎竜の件や、メルガンでのご活躍の噂の中に、そういった話が混じっていまして……」
セラはしばらく黙っていた。
俺は口を挟まなかった。これはセラが自分で対処すべき場面だ。
「分かりました」とセラはやがて言った。「最初から全部話してくれれば、対応が変わっていたかもしれません。ただ、依頼を取り下げるつもりはありません。この街の人々が魔獣に苦しんでいることは事実で、それを解決することは私の仕事です」
「あ、ありがとうございます……」
「ただ」セラは侯爵をまっすぐ見た。「今後は全ての情報を共有してください。私はエルヴェイン家の名前のためでも、転生者の事情のためでもなく、私自身として動いています。それを理解した上で、協力関係を続けられるかどうか、侯爵に判断していただきたい」
侯爵は深々と頭を下げた。
「……はい。全面的にご協力します」
館を出てから、セラはしばらく黙って歩いていた。
俺も黙って、一歩後ろを歩いた。
街の大通りに出たところで、セラが口を開いた。
「ヴァン」
「なんだ」
「私は……駒にされかけていたのね」
「そうかもしれない」
「腹が立つ」
「当然だ」
セラは少し歩みを速めた。
「でも」と彼女は続けた。「街の人々が困っているのは本当のことよ。それは変わらない」
「そうだ」
「だから、続けるわ。私が選んで、続ける」
俺は何も言わなかった。
それで十分だった。
その夜、忍者コンビの宿の部屋では、男性が窓の外を見ながら考えていた。
「報告書はできたか」
「はい」と女性が言った。「今日のセラ様と侯爵のやり取り、館の外からは聞き取れなかったので、内容は書けていませんが……」
「構わない」
「でも、何か重要なことが話し合われた気がして」
「なぜそう思う」
「二人が館を出てきたとき、セラ様の歩き方がいつもと違ったので」
男性は少し考えた。
「歩き方が違った、か」
「なんというか、怒っているのを抑えているような……でも同時に、何かを決意したような」
男性は窓の外を見たまま言った。
「観察眼が上がってきたな」
「え?」
「お前の話だ」
女性は少し驚いた顔をした。それから、照れたように手帳を開いた。
「あの、ありがとうございます」
「早く書け。夜が明ける」
「はい。あと——」
「インクはある」
「どうして分かったんですか」
「昨日、俺が補充した」
女性は少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「報告書を書け」
部屋に、ペンが走る音が続いた。




