シーン3
翌朝、セラはいつも通り食堂に下りてきた。
銀髪を整えて、ローブを羽織って、顎をわずかに上げた立ち姿。手紙のことは、表情には出ていなかった。俺が先に席についてお茶を飲んでいると、セラは向かいに座って、給仕にパンとスープを頼んだ。
「昨日は、ありがとう」
セラが先に言った。
「スープのことか」
「スープのことも。それから、話を聞いてくれたことも」
俺は何も言わなかった。
「……返事くらいしなさいよ」
「どういたしまして」
「遅い」
セラは先に食べ始めた。俺もお茶を飲んだ。
朝食が終わって、出発の準備をしていると、宿の前の路地で物音がした。
荷物を抱えた行商人が、路地の角に積まれた木箱にぶつかって、荷物を落とした。木箱が崩れて、中身が石畳に散らばった。行商人が慌てて拾い集めようとすると、通りがかった黒装束の女性が、さりげなく手伝おうとして、さらに木箱を蹴り飛ばした。
盛大な音がした。
行商人が「何をするんだ!」と叫んだ。
黒装束の女性が「す、すみません!」と謝った。
その声を聞いて、俺は内心でため息をついた。
少し離れた場所から、黒装束の男性が小走りに近づいてきた。状況を素早く確認して、行商人に向かって「申し訳ありません、連れの者が不注意で」と頭を下げた。行商人の怒りをなだめながら、散らばった荷物を素早く拾い集めていく。
セラが俺の隣に並んだ。
「あの黒い服の人たち、また見たわね」
「そうか」と俺は言った。
「メルガンでも見た気がするんだけど……」
「気のせいじゃないか」
「……そう?」
セラは首をひねりながらも、歩き出した。
その日の午前中は、昨日見つけた陣の残滓をより詳しく調べた。
セラが術式の構成を読み解こうとしている間、俺は周囲を見張りながら、別のことを考えていた。
昨日のフードの人物のことだ。「この街で気をつけろ、単純な魔獣の件だけじゃない」という言葉。そして術式の残滓の、普通の魔術師とは違う組み方。
「ヴァン」とセラが言った。
「なんだ」
「この術式の組み方、やっぱり変だわ」
「昨日も言っていたな」
「もっとよく見たら、分かってきたんだけど——」セラは陣の残滓を指でなぞりながら続けた。「この術式、途中の手順が完全に省かれているの。普通、魔術は段階的に構成を積み上げていくものよ。土台を作って、骨格を組んで、肉付けをして、完成させる。でもこの術式は、土台と骨格が一緒になっている。いや、それだけじゃなくて——」
「結果から逆算して組んでいる」
セラが顔を上げた。
「そう。よく分かったわね」
「推測だ」
「でも当たっている」セラは俺をじっと見た。「あなた、心当たりがあるでしょう」
「……ないとは言えない」
「どういうこと?」
「俺が魔術を使うとき、詠唱も構成も必要としない。結果だけがある。それと何か関係があるかもしれないと思っている」
「つまり、この術式を組んだ人間も、あなたと同じような魔術の使い方をしている?」
「可能性がある。ただ、同じではない。俺は構成を外に展開しないが、この術式の跡は外に展開されている。ただ、順序が逆だ」
セラはしばらく考えていた。
「……転生者が魔術を使うと、こういう跡が残るの?」
「全員がそうとは限らない。ただ、この世界の魔術の常識と違う使い方をする人間が組んだ、ということは言えるかもしれない」
セラは静かに言った。
「つまり、魔獣の術式を組んだのは、転生者かもしれない、ということ」
「可能性の一つだ」
森の中が、しばらく静かだった。木々の間から、午後の光が差し込んでいた。
午後は、ガーランド侯爵の家臣の一人と偶然顔を合わせた。
街の市場で、俺たちが情報収集をしていると、侯爵館の制服を着た初老の男性が声をかけてきた。侯爵の側近で、ガーナルという名だと名乗った。
「セラ様、少しよろしいですか」とガーナルは言った。「侯爵からの伝言ではなく、私個人として、お伝えしたいことがあって」
「聞きましょう」とセラは言った。
「実は」とガーナルは声を落とした。「ヴェルナー家が新しく雇った術師について、情報があります。三人いるとのことで、そのうちの一人が、この地域の者ではない、ということは分かっています。素性が全くつかめない人物で、ヴェルナー家も詳しいことは公にしていない」
「素性不明の術師」
「はい。しかも、その人物が来てから、魔獣の発生が急激に増えたという話です。関係があるのかどうかは分かりませんが……」
「教えてくれてありがとうございます」とセラは言った。「侯爵には、私たちから話しますので」
ガーナルが去った後、セラが俺に言った。
「素性不明の術師ね。心当たりは?」
「ある」と俺は言った。「転生者という可能性が、さらに高くなった」




