シーン2
「手紙、読んだか」と俺は少し間を置いてから聞いた。
「読んだわ」
「内容は」
セラはしばらく黙った。スープを一口、また一口と飲んで、パンを千切った。
「短い手紙だった」と彼女は言った。「『カルネスにいると聞いた。エルヴェイン家の名に恥じない行動をするように』……それだけ」
「それだけか」
「それだけよ」セラはパンを手に取った。「お父様らしいわ。長い言葉は使わない人だから。挨拶もなければ、心配しているとも書いていない。ただ、それだけ」
俺は黙っていた。
「怒っているのか、心配しているのか、期待しているのか、全然分からない」セラは続けた。「昔からそうなの。何を考えているか、読めない人で」
「エピソードはあるか」と俺は聞いた。
「エピソード?」
「父親について、何か具体的に覚えていることがあるか」
セラは少し考えた。
「……昔、私が初めて魔法を使えた日のこと」とセラは言った。「七歳くらいのときだったわ。小さな火の玉を一つ、作れたの。エルフにしては遅い方だけど、使えた。嬉しくて、お父様のところに走っていって、見てと言った」
「父親は何と言った」
「『それで?』と言った」
俺は黙っていた。
「それで、って」セラは静かに言った。「褒めてくれると思っていたのに。それで、ってどういうこと、って聞いたら、『一つ使えたことが何だ。百使えるようになってから来い』と言った」
「……そうか」
「傷ついた。すごく」セラはパンを置いた。「でも同時に、百使えるようになれば認めてもらえると思って、必死に練習したわ。でも、百使えるようになっても、お父様は何も言わなかった。また別のことを言った。『それで?』って」
俺はその話を、しばらく聞いていた。
「それが続いたのか」
「ずっとよ」セラは窓の外を見た。「何をやっても、『それで?』って。魔法が上手くなっても、社交の場で評判を得ても、剣術の基礎を覚えても。次の課題が出るだけで、褒められたことがなかった」
「褒めることを知らない人間なのかもしれない」と俺は言った。
「そうかもしれない」セラは静かに言った。「でも子供の頃の私には、それが分からなかった。だから、もっと頑張れば認めてもらえると思い続けた。今も、その癖が抜けていないのよ」
俺は前世の自分のことを、少し考えた。
俺の父親は、「それで?」とは言わなかった。何も言わなかった。良いことも悪いことも、ほとんど何も言わなかった。俺が仕事を得ても、失敗しても、ただ静かにしていた。
セラは認められたくて、それに応えようとして空回りしてきた。俺は認められることを期待せずに、ただ静かに生きてきた。形は違うが、どちらも「誰かに必要とされた実感が薄い」という点では同じかもしれなかった。
「あなたは」とセラが言った。「前世で、誰かに認められたいと思ったことはあった?」
「あったかもしれない」と俺は言った。「ただ、それを意識していなかった。誰かに認められなくても、日常は変わらなかったから」
「寂しくなかった?」
「寂しい、という感覚がよく分からなかった。今思えば、そうだったのかもしれないが、当時は特に何も感じていなかった」
「……そう」セラはお茶を一口飲んだ。「私は、寂しいという感覚はよく分かる。だから、余計に認められたいと思うのかもしれない。あなたと私は、似ているようで、全然違うのね」
「そうかもしれない」
「でも」セラは少し間を置いた。「あなたと話していると、なんか楽なのよ。変なことを言っても、引かないし、否定もしない」
「引く理由がない」
「それが逆に、なんか不思議なのよね」
俺は何も言わなかった。
「ヴァン」
「なんだ」
「今回の依頼、私は正しいことをしていると思う?」
「正しいかどうかは分からない」と俺は正直に言った。「ただ、お前が自分で考えて動いていることは分かる。それは、誰かに言われてやっているのとは違う」
「それでいいと思う?」
「十分だ」
セラは小さく頷いた。それから、また黙ってスープを飲んだ。
俺は椅子に座ったまま、窓の外を見た。夜の街に灯りが点いている。カルネスの夜は、メルガンより少し静かだった。




