シーン4
宿に戻ってから、セラはしばらく黙っていた。夕食の間も、普段より口数が少なかった。食事を終えて、お茶を飲みながら、やがて口を開いた。
「あの人、転生者と言ったの?」
「そういう可能性がある」
「あなた、感じ取れた?」
「魔力の気配が、俺と似ていた。詠唱も構成も使わない感じが」
セラはしばらく黙っていた。
「転生者って、この街にも来るのね」
「この世界に転生者は複数いる。俺だけではない。転生者リストというものが存在するくらいだから、それなりの数がいるはずだ」
「……そうよね」セラはお茶を一口飲んだ。「ヴェルナー家と関係があると思う? あのフードの人」
「分からない。ただ、敵意はなかった。今日のところは」
「今日のところは、ね」セラは窓の外を見た。「つまり、明日以降は分からない、ということ」
「そういうことだ」
セラはため息をついた。
「魔獣の件だけでも面倒なのに、転生者まで絡んでくるの?」
「面倒ではある」
「慰めなさいよ」
「面倒だが、何とかなると思っている」
「根拠は?」
「今までも何とかなってきた」
セラはしばらく俺を見ていた。それから、少し口角を上げた。
「……まあ、そうね」
しばらく沈黙が続いた。お茶の湯気が、ゆっくりと立ち上っている。
「ヴァン」とセラが言った。
「なんだ」
「この依頼、思ったより複雑になりそうね」
「そうだな」
「後悔していない?」
「何を」
「ついてきたことを」
俺は少し考えた。
「後悔はしていない」
「理由は?」
「お前が選んだ依頼だから」
セラは俺を見た。しばらく黙っていた。
「……あなたって、たまに変なことを言うわね」
「そうか」
「褒めているのよ」
「そうか」
窓の外で、街の灯りが一つ、また一つと増えていった。夜になっていた。
その夜、宿の裏手の路地で、黒装束の二人組が向かい合っていた。女性が手帳を開いて、何かを書き込んでいた。男性が壁に背をつけて、周囲を確認している。
「今日の報告はこれでいいですか」と女性が言った。
「確認する」
男性が手帳を受け取って、目を通した。
「フードの人物について、もう少し詳しく書けないか」
「暗くて、顔が見えなかったので……」
「声は? 特徴は?」
「性別が分からないような声でした。背はヴァンさんと同じくらいで、立ち方が——」女性は少し考えた。「なんというか、隙がない感じでした」
「隙がない」男性は繰り返した。「訓練を積んだ人間か」
「はい。それと」女性は手帳をめくった。「今日、市場で面白いことを聞きました。街の人たちが、ヴェルナー家が魔獣を操っていると噂しているようで」
「証拠はないが、街の人間はもうそう思っているということか」
「そうみたいです」
男性はため息をついた。
「本部への報告をまとめろ。今夜中に送る」
「はい。あと——」女性が言いにくそうにした。「インクが切れてしまったんですが」
男性は天を仰いだ。
「昨日補充しなかったのか」
「買いに行こうとしたんですが、変装がうまくいかなくて……市場で目立ってしまって」
「目立った?」
「布が……ずり落ちてしまって」
男性は額に手を当てた。
「分かった。俺が買ってくる」
「すみません」
男性が路地を出て行った。女性は一人残って、手帳をめくった。今日見た出来事を、記憶を辿りながら書き留めようとして、ペンを持ち上げた。
インクが出なかった。
女性は手帳を閉じて、空を見上げた。
夜の街に、星が出ていた。




