シーン3
翌日から、本格的な調査を始めた。
街の北側から森の端にかけて、魔獣の痕跡を確認する。セラが詠唱して俺が処理するいつもの連携だが、今日は討伐ではなく調査が目的なので、出てきた魔獣を全部消すのではなく、様子を見ながら動いた。
街の北側の森を調べていると、妙なことに気づいた。
普通、魔獣は食料を求めて移動する。特定の方向から来るなら、その方向に食料になるものがあるはずだ。しかし今回の魔獣は、特定の方向から来ているわけではなかった。北からも南からも東からも、まるで街を取り囲むように、各方向から出没している。
「自然発生じゃない」と俺は言った。
「私もそう思う」とセラが言った。「誰かが意図的に誘導している。しかも、複数の方向から同時に誘導するというのはかなり高度な術式ね。普通の魔術師では難しい」
「それだけ手間をかけているということは、目的がはっきりしているということだ」
「ガーランド家を追い詰めるという目的が」
俺たちは森の奥まで入って、魔術の痕跡を探した。
森の中は静かだった。木々の間から、午後の光が差し込んでいる。鳥の声も少ない。魔獣が増えたせいで、小動物が少なくなっているのかもしれない。
見つかったのは、森の中ほどにある大きな岩の陰だった。魔術的な陣の残滓が、岩の表面と地面に残っていた。すでに使用済みで、発動の効果は消えていたが、術式の形はまだ読み取れた。地面に刻まれた文様は、直径二メートルほどの円形で、細かい記号が円の内側に並んでいた。
セラが慎重に観察した。しゃがんで、指で空中をなぞりながら、残滓を読み解いていく。
「魔獣誘導の術式ね」とセラは言った。「かなり高度な構成よ。魔獣の本能を書き換えて、特定の方向に誘導する。しかも持続性を持たせて、一度発動すれば長期間効果が続くようになっている。これを一人で組むのは難しい。複数人で分担したか、よほど腕のある術師が一人でやったか」
「発動の時期は分かるか」
「残滓の状態から見て、三週間から一ヶ月前というところかしら。最初の発生報告と時期が一致する」
「方向は」
セラはしばらく観察を続けた。陣の残滓の向きを確認して、周囲の木々の状態を見て、風向きを確認する。
「北東ね。ヴェルナー伯爵領の方角よ」
俺はその情報を頭に入れた。これだけでは確証にはならないが、方向性としては合っている。
他にも同じような痕跡がないか、森の中を探した。南側の森でも同様の痕跡が見つかった。東側にも、規模は小さいが陣の残滓があった。
全部で三箇所。それぞれが街を取り囲む位置に配置されている。計画的だ。
帰り道、街に戻る路地の曲がり角で、人影と遭遇した。
黒いフードを目深に被った、体格の分からない人物だった。背は俺とそう変わらない。立ち方に無駄がない。どこかで訓練を積んだ人間の立ち方だ。
俺は足を止めた。セラも止まった。
フードの人物は俺たちを見て、動かなかった。逃げる様子も、攻撃を仕掛ける様子もない。ただ、静かにそこに立っていた。
「何者だ」と俺は言った。
フードの人物は答えなかった。
「従者だけで、少し話せるか」
低い声だった。性別が判別しにくい、意図的に変えているような声だ。
セラが眉をひそめた。
「この人は私の従者よ。用があるなら私に——」
「お前には関係ない話だ」
セラの目が鋭くなった。しかしフードの人物の視線は、最初から俺だけに向いていた。それが分かったからこそ、セラは更に腹が立った様子だった。口元が、わずかに引き結ばれている。
「セラ」と俺は言った。「少し待っていてくれ」
「……ヴァン」
「大丈夫だ」
セラは納得していない顔だったが、一歩引いた。ただし、俺から目を離さなかった。何かあればすぐに動ける位置に立っている。
俺はフードの人物と向き合った。
「何の用だ」
「名乗る必要はない」フードの人物は静かに言った。「ただ、一つだけ確認したかった」
「なんだ」
「お前は、転生者か」
俺は黙っていた。
路地に沈黙が落ちた。遠くで、子供の笑い声がした。風が路地を抜けた。石畳の上で、枯れ葉が一枚、くるくると回った。
フードの人物は俺の沈黙を答えとして受け取ったらしく、小さく息をついた。
「そうか。やはりな」
「お前は」
「同じだ」フードの人物は言った。「同じ側の人間だ」
「同じ側、とはどういう意味だ」
「今は言えない」フードの人物は言った。「ただ、一つだけ」
「なんだ」
「この街で、気をつけろ。単純な魔獣の件だけじゃない」
それだけ言って、路地の奥に消えていった。
セラが俺の隣に戻ってきた。
「何だったの」
「分からない。今は」
「今は、ね」
セラは俺を見た。「今は」という言葉に引っかかっているらしい。しかし追及はしなかった。




