シーン2
応接室で、侯爵から詳しい話を聞いた。
出されたお茶は上質なものだった。磁器のカップに、香りのいいお茶が注がれている。俺はセラの後ろに控えながら、話の内容を整理していた。
魔獣の大発生は、およそ一ヶ月前から始まったという。最初は街の外れで小型の魔獣が目撃される程度だった。グレイハウンドゴブリンや迷い込んだ小型の草食魔獣。その程度なら衛兵で対処できる範囲だった。しかし二週間ほどで状況が変わり、中型の魔獣が群れで出るようになった。街道を塞いで商人の通行を妨げるほどの規模で、衛兵を総動員しても対処しきれなくなった。
「ギルドに依頼を出しても、腕のある冒険者が集まらなかったのはなぜですか」とセラが聞いた。
侯爵が少し口ごもった。
「……実は」と侯爵は言った。「この街には今、少々複雑な事情がありまして」
「複雑な事情」
「はい。隣のヴェルナー伯爵領との間で、土地の権利を巡る争いが続いておりまして」侯爵は少し声を落とした。「詳しい経緯は省きますが、我々ガーランド家とヴェルナー家は、ここ数年来、領地の境界について争っています。腕のある冒険者は、どちらかの陣営に雇われてしまっていることが多く、中立の者が集まりにくい状況でして」
「つまり、今回の魔獣の件も」とセラは静かに言った。「その争いと無関係ではない可能性がある、ということですか」
侯爵が黙った。三秒、四秒、五秒。
「……可能性は否定できません」と侯爵はやがて言った。「ただ、確証はなく——」
「確証がなければ、調査が必要ですね」とセラは言った。「依頼の内容に、調査も含めてよろしいですか」
「も、もちろんです」
俺は内心で、セラの対応を評価していた。侯爵の言葉を受け流さず、かといって詰め寄りすぎず、自然に次のステップに誘導した。こういうやり取りは、俺には向いていない。
応接室を出てから、俺はセラに小声で言った。
「侯爵は、最初から知っていた可能性がある」
「私もそう思う」とセラは言った。「でも今は証拠がない。動くなら、もう少し情報を集めてからよ」
「わかった」
宿に荷物を置いてから、街の情報を集めることにした。
俺は市場に向かった。市場は街の情報が最も集まりやすい場所だ。前世でもそうだったが、商人や買い物客は、よく喋る。
野菜屋の前で、二人の主婦が話し込んでいた。
「最近、本当に値段が上がってよねえ」と一人が言った。
「仕方ないわよ。街道が通れないんだもの。荷物が入ってこなければ、値段が上がるのは当たり前じゃない」
「でも、なんでこんなに魔獣が出るの? 去年はそんなことなかったのに」
「決まってるじゃない。ヴェルナー様のせいよ」と一人が声を落とした。「そりゃ、証拠はないけど。でも急に魔獣が増えたのって、あそこと争いが始まってからでしょ?」
「しっ、そんなこと大きな声で言ったら——」
二人の声が小さくなって、俺には聞こえなくなった。
街の人々は、すでに疑っている。ヴェルナー家が魔獣を利用していると。ただ、証拠がないから表立って言えない。その閉塞感が、街の空気を重くしていた。
次に、冒険者が集まる酒場に入った。昼間から何人かの冒険者が飲んでいた。
カウンターに座って、給仕に頼んで飲み物を一杯もらいながら、周囲の会話に耳を傾けた。
「ガーランド家からの依頼、断ったんだって?」
「当たり前だろ。ヴェルナー家から、ガーランドの仕事を受けるなって話が来てるんだぞ」
「ヴェルナー家から? 何で」
「知らねえよ。ただ、受けたら後で面倒なことになるって、それだけ言われた」
「圧力かけてるのか」
「そういうことだろ。おかげでギルドの依頼が全然受けられなくて、困ってるんだが……」
俺は飲み物を半分飲んで、酒場を出た。
ヴェルナー家が冒険者に圧力をかけている。それでギルドの依頼に人が集まらない。魔獣の被害は続き、街道は封鎖され、物価は上がる。ガーランド家は打つ手がなくなる。
よく考えられた嫌がらせだ。
市場から宿に戻る途中、俺は気配を感じた。
後ろから、ついてくる気配。しかし歩き方が不自然だ。俺に気づかれないように近づこうとしているが、少し足音が大きい。
振り返らずに、少しだけ歩くペースを落とした。
後ろからの足音も、わずかに遅くなった。次の角で立ち止まって、壁に背をつけた。
曲がってきた人影を見て、俺は力が抜けた。
黒装束の女性だった。変装のつもりなのか、頭に布を巻いて顔の下半分を隠していたが、布の端がずり落ちて、鼻の上まで隠れていた。そのせいで、目の前が見えていないらしく、路地の角に肩をぶつけた。小さな悲鳴が上がった。
少し遅れて、男性が曲がってきた。こちらは上手く変装している。普通の行商人に見えた。しかし俺が壁に背をつけて立っているのを見て、一瞬だけ目が合った。
男性は慌てた様子もなく、俺の横を通り過ぎた。女性の腕をさりげなく掴んで、引っ張っていく。
「こっちです」と男性が小声で言った。
「あ、はい」と女性が言った。
二人は路地の奥に消えた。
俺は壁から離れて、歩き続けた。
——今回も来ているか。ご苦労なことだ。




