シーン4
翌朝、俺たちはメルガンを出発した。
馬車の手配は宿の主人がしてくれた。二頭立ての中型馬車で、荷物も十分積めた。出発の時間に、ガルドが見送りに来た。
「気をつけてな、ヴァン。セラ様も」とガルドは言った。「カルネスか。遠いな。何日かかる?」
「往復で五日ほどの予定だ」
「そうか。戻ってきたら、また頼むよ」
ガルドが手を振って、遠ざかっていった。
馬車の窓から、街が遠ざかっていく。石畳の大通り、いつも依頼の帰りに通った路地、見慣れた看板や建物。二年近く暮らしたこの街の景色が、ゆっくりと後ろに流れていった。
セラは向かいの座席で、手紙をもう一度読んでいた。読み終えて、また折り畳んで、膝の上に置いた。窓の外を見て、また手紙を見た。俺はそれを見ながら、黙っていた。
しばらくして、セラが口を開いた。
「ヴァン」
「なんだ」
「前世の父親のこと、好きだった?」
俺は少し考えた。唐突な質問だったが、今の流れから考えれば、不自然ではなかった。
「好きでも嫌いでもなかった」
「普通?」
「普通だ。可もなく不可もなく。口数が少ない人で、俺も口数が少なかったから、会話はあまりなかった。一緒にいることは多かったが、話すことは少なかった」
「仲良くなかったの?」
「仲が悪いわけでもなかった。ただ、お互いに干渉しない関係だった。それが普通だと思っていたから、特に不満もなかった」
セラは窓の外を見た。街道の両側に、緑の草原が広がっていた。雲が流れていて、光と影が交互に地面を染めた。
「私は」とセラが言った。「父親のことが怖いとは違う。認められたい、という気持ちの方が強いわ。ずっとそうだった。でも認められた試しがないから、どうすればいいのか分からなくなってきた。何が正解なのかが」
「正解を探しているのか」
「探していたわ。ずっと」セラはため息をついた。「でも最近、正解がないのかもしれないとも思い始めた。お父様が何を期待しているのか、私には本当に分からないから。直接聞けばいいのかもしれないけど、それができないのよ。なぜか」
「なぜだと思う」
「……答えが怖いのかもしれない」
セラは窓の外を見たまま、小さな声で言った。俺はその言葉を、しばらく転がした。
「今回の依頼は、父親のために受けたわけじゃないな」
「違うわ」とセラは即座に言った。「自分のために受けた。カルネスで、自分の名前で仕事をしたい。それだけよ」
「それでいいと思う」
セラが俺を見た。
「……また珍しいわね。そんなにはっきり言うなんて」
「言える根拠があれば言う」
「根拠は?」
「お前が自分で考えて、自分で決めた。それだけで十分だ。父親がどう思うかは、別の話だ」
セラはしばらく俺を見ていた。それから、小さく頷いた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「今日は遅くなかったわね」
「練習した」
セラが笑った。今度はちゃんと、声に出して。短い笑い声だったが、馬車の中に響いた。
馬車は街道を進み続けた。窓の外の景色が、草原から丘陵地帯に変わっていく。遠くに、小さな村の輪郭が見えた。
馬車の後方、十分ほどの距離を保ちながら、小さな幌馬車が続いていた。御者台に二人、黒装束の人影がある。女性の方が御者を務めていたが、手綱を持ち慣れていないらしく、馬が時折ふらついた。轍を踏み外しかけて、荷台が大きく揺れた。男性の方がとっさに手綱を支えて、馬をなだめた。しばらくして、御者が男性に替わった。女性の方は荷台の中に引っ込んだらしく、幌の端がひらひらと揺れていた。
俺は窓から視線を外して、天井を見上げた。
——今回も来ているか。
まあ、それはそれで悪くない。誰かが後ろについてきているというのは、奇妙なことに、悪い気分ではなかった。前世では、誰にも追いかけられたことがなかった。今世でも、追いかけられる理由は本来ないはずなのに、あの二人組は律儀についてくる。
目的が何であれ、それはそれで、悪くなかった。
カルネスまで、あと半日ほどの距離だった。




