シーン2
出発は三日後に決まった。
準備の間、セラはいつも通り依頼をこなしながら、出発に必要なものを揃えていた。旅用の荷物を確認して、薬草や消耗品を補充して、カルネスまでの街道の情報をギルドで確認する。表向きはいつも通りだった。仕事のテンポも、俺への指示の出し方も、変わらなかった。
ただ、夜になると部屋に早く引き上げることが増えた。
二日目の夕方、俺が食堂で一人お茶を飲んでいると、街の冒険者ギルドの受付嬢が訪ねてきた。
「セラ様に伝言があるのですが……今、よろしいですか」
「セラ様は部屋にいる。俺が聞こう」
「はい。実は、カルネスについて少し調べてみたんです」受付嬢は声を少し落とした。「カルネスはガーランド侯爵が治めている街なんですが、最近、隣のヴェルナー伯爵家との間で領地を巡る争いがあると聞いています。ギルドにも、腕利きの冒険者を確保したいという依頼が両方の貴族家から来たことがあって……結局ギルドとしては中立を保つ方針でどちらも断ったんですが」
「つまり、今回の依頼もその争いと無関係ではないかもしれない、と」
「はい」受付嬢は少し言いにくそうにした。「お伝えしておいた方がいいと思いまして。依頼を受けた後で知るより、前の方がいいと思って」
「ありがとう。セラ様に伝える」
受付嬢が帰った後、俺はその情報を頭の中で整理した。
貴族間の領地争い。両陣営が腕利きの冒険者を確保しようとしている。そして名指しでセラを呼ぶ依頼。
ただの魔獣退治ではないかもしれない。
セラの部屋をノックして情報を伝えると、セラは黙って聞いていた。表情は変わらなかったが、俺の話が終わった後、少し間があった。
「やっぱり」とセラは言った。
「知っていたか」
「薄々ね」セラは手紙をもう一度手に取った。「エルヴェイン家とカルネスの関係を考えれば、そういう可能性は頭にあった。ガーランド侯爵が私を名指しで呼んだ理由も、単に炎竜の件を聞いただけではないかもしれない」
「それでも受けるか」
「受けるわ」セラは即座に言った。「ただ、一つ確認しておきたいことがある」
「なんだ」
「あなたは、貴族間の争いに巻き込まれることについて、どう思っている?」
俺は少し考えた。
「面倒だとは思う」と俺は正直に言った。「ただ、それが理由で断る気はない。お前が受けると決めたなら、俺はついていく。それが契約の内容だ」
「契約、ね」セラは少し口角を上げた。「相変わらず、そういう言い方をするのね」
「事実だ」
「……でも」
「でも?」
「ありがとう」
セラは短くそう言って、また手紙に視線を戻した。俺は部屋を出た。
廊下を歩きながら、俺は思った。
契約から始まった関係が、今もまだ「契約」として機能しているのかどうか、自分でもよく分からなくなってきていた。




