シーン4
その夜、街はずれの宿の一室で、黒装束の二人組が向かい合っていた。
いつもより緊張した空気があった。机の上には地図と報告書が広げられていて、男性の方が羊皮紙に細かい文字を書き込んでいた。女性の方は椅子に深く座って、腕を組んでいた。蝋燭の灯りが、二人の影を壁に映している。
男性がペンを置いた。
「報告します」と女性が言った。「セラ・エルヴェインが炎竜を退けました。ただ、詳細は不明です」
「詳細不明、か」男性はもう一度羊皮紙を見た。「正直に書いたな」
「嘘をついても後で困るので。私たちは現場を見ていませんでしたし」
女性は少し間を置いた。そこに、わずかな後悔があった。意識を失っていなければ、あの場で何が起きたのかを目撃できたかもしれない。
男性は羊皮紙を置いた。
「炎竜が逃げた時、気になることはあったか」
「一点だけ」女性は少し間を置いた。「従者のヴァン、という人物。セラ・エルヴェインも、リネット・ファルケンレイも負傷していた中で、彼だけが無傷でした」
男性は黙った。
「報告書には書いていません。証拠がないので」
「正解だ」男性は立ち上がって、窓の外を見た。夜の街に、灯りが点っている。どこかで笑い声がした。「本部には今わかっていることだけを送れ。セラ・エルヴェインの件と炎竜の件だけでいい」
「はい」
女性は新しい羊皮紙を取り出した。ペンを走らせながら、ふと手が止まった。
「……あの」
「なんだ」
「転生者リストの写し、どこに置きましたっけ」
男性の目が、少し細くなった。
「……鞄の中だ」
「あ、ありました」女性は鞄を漁って、丸められた羊皮紙を取り出した。「よかった。なくしたかと思いました」
男性は何も言わなかった。それを三回目に拾い上げたのが自分だということを、女性はまだ知らない。
報告書が完成したのは、深夜のことだった。
翌朝、報告書は本部に向けて送り出された。差出人の名前は、女性のものだった。
数日後、それを受け取った老人は、椅子に深く腰掛けながら、羊皮紙を広げた。白い眉毛の下の目が、細くなった。長い沈黙の後、老人は口を開いた。
「セラ・エルヴェインか……エルヴェイン家の令嬢が、なぜこのような地方都市で」
隣に控えていた若い部下が「はい」と答えた。
「炎竜を退けた、とある。しかし詳細不明とはどういうことだ。現地の娘は何を見ていた」老人は羊皮紙をテーブルに叩きつけた。「もっと詳しく調べよと言ったはずだ。次の報告で詳細がなければ、あ奴に直接言い聞かせる」
「はっ」
「それと」老人は立ち上がった。「現地に伝えよ。引き続きセラ・エルヴェインを監視するよう。あの令嬢の動向から、必ず転生者の糸口が掴める。娘にそう伝えろ」
部下が去った後、老人は一人で羊皮紙を見ていた。その目には、揺るぎない自信が満ちていた。
セラ・エルヴェインを追えば転生者に辿り着ける。老人にはそういう確信があった。エルヴェイン家の令嬢がこの地方都市で活動している理由、炎竜を退けた謎の力——それらは必ず繋がっているはずだ。
報告書の隅に、小さな文字で「従者・ヴァン、詳細不明」と書かれていたが、老人はその一行を読み飛ばしていた。
老人の視野の中に、「従者」という存在は、まだ一度も入っていなかった。
——こうして、転生者は今日も、誰にも気づかれないまま、静かな夜を過ごしていた。




