シーン1
炎竜が出たという報告は、俺たちが街に戻る前にすでに広まっていた。
街の北門をくぐった瞬間、周囲の空気が違うことに気づいた。大通りの人々が集まって、何かを話し合っている。衛兵が普段より多く配置されていた。ギルドの前には人だかりができていて、受付嬢が大声で何かを説明していた。商人が店の雨戸を点検し、子供たちが親に手を引かれて早足で歩いている。街全体が、緊張した空気を帯びていた。
「何があったんです?」とセラが通りがかりの商人に声をかけた。
「炎竜ですよ、炎竜!街外れの森に出たらしくて。もう大騒ぎです」商人は興奮した様子で言った。「でも、セラ様がいたんでしょう? 噂では、セラ様が追い払ったとか」
「……まあ、そういうことね」
セラは涼しい顔で答えた。俺は一歩後ろで黙っていた。
街はすでに、独自の噂を作り上げていた。炎竜を退けた大魔法使いの話は、尾ひれがついて広まっている。「セラ様が炎竜に一撃を加えて追い払った」「炎竜が恐れをなして逃げた」「セラ様の魔術で炎竜が消し飛んだ」「セラ様が炎竜と交渉して帰らせた」——それぞれが微妙に違う内容だったが、どれもセラが主役だった。最後の説はさすがに違うと思ったが、否定する必要もない。
俺はそれを聞きながら、内心で少し考えた。
炎竜はこぶし大の火球を鼻先に受けて逃げた。それは事実だ。ただ、誰がその火球を放ったのかを知っているのは、その場にいた俺だけだ。意識を失っていた全員は、気づいたら炎竜がいなかった、という認識しかない。リネットは何かを疑っているかもしれないが、証拠はない。
——好都合だ。
ギルドに向かう途中、街の人々が次々とセラに声をかけてきた。感謝の言葉、称賛の言葉、心配の言葉。子供が「セラ様すごい!」と叫んで走り去り、老婆が「ありがとうございます、本当に」と手を握ってきた。セラはそれをひとつひとつ、鷹揚に、しかしどこか慣れない様子で受け取っていた。
その夜、ギルドで正式な報告を済ませた。受付嬢が「炎竜の目撃情報が確認されたため、この地域の警戒レベルを上げます」と告げながら、セラに深々と頭を下げた。「セラ様のご活躍がなければ、どうなっていたか。ギルドを代表して、心より感謝申し上げます」
「当然のことをしたまでよ」とセラは言った。
リネットの連れてきた術者たちは、実演翌日には引き上げていた。リネット自身が帰したのか、彼らが自ら判断したのかは分からない。
俺はその後ろで、従者らしく黙って立っていた。
リネットは報告の間、ほとんど口を開かなかった。いつもの存在感はあったが、いつもの棘がなかった。受付嬢がセラを称える言葉を並べても、割り込んで否定することをしなかった。ただ、時折、俺の方を見た。
その視線の意味を、俺はまだ測りかねていた。疑念なのか、確認なのか、あるいはまったく別の何かなのか。
報告を終えて外に出ると、夜の街に星が出ていた。
宿に戻る道すがら、セラが俺の隣に並んだ。珍しいことだった。いつもは俺が一歩後ろを歩いている。
「ヴァン」
「なんだ」
「今日のこと、街の人に聞かれたら」
「炎竜がセラ様の魔術を恐れて逃げた、と答える」
セラは少し黙った。
「……ありがとう」
「仕事だ」
セラはふん、と鼻を鳴らして、また少し前に出た。いつもの一歩前に戻る。
俺はその背中を見ながら、夜の街を歩いた。石畳に二人分の足音が響いていた。




