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転生者が迫害される世界で  作者: 烏丸三月
第四章 転生者、詠唱する

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シーン4

 最初に目を覚ましたのは、セラだった。


「……ん」


 セラがゆっくりと目を開けた。木漏れ日が、その顔に降り注いでいた。俺は近くの木の根に腰を下ろして、セラが目覚めるのを待っていた。全員を安全な場所に移動させ終えて、そのまま待つこと、およそ二十分だった。


「ここは」


「森の中だ。安全な場所に移動した。気分はどうだ」


「……頭が痛い。体も」


「当然だ。思い切り吹き飛ばされた」


 セラは体を起こして、周囲を見渡した。少し離れた場所に、リネットが木に背を預けて座っている。まだ意識がない。その向こうに、さらに少し離れた茂みの陰に、黒装束の二人組が並んで倒れていた。女性の方が男性の肩に頭を預けるような格好になっている。


「炎竜は?」


「いなくなった」


「……どうやって」


「運よく逃げた」


 セラは俺を見た。しばらく黙っていた。


「運よく、ね」


「そうだ」


 セラはそれ以上追及しなかった。追及できなかったのかもしれない。証拠もなければ、確認する手段もない。ただ、信じていない目をしていた。信じていないけれど、それ以上踏み込まない。それがセラという人間のやり方だった。


「リネットは」


「気絶している。じきに目を覚ますと思う」


「怪我は」


「外傷はない。木に叩きつけられたが、頑丈だったらしい」


 セラは少し安堵したような顔をした。嫌いな相手でも、怪我を心配するのか、と俺は思った。あるいは、嫌いだからこそ、自分が原因で怪我をさせたくないのかもしれない。


 次に目を覚ましたのは、リネットだった。


 意識が戻った瞬間から、リネットは状況を分析し始めた。目が覚めると同時に周囲を見渡して、炎竜がいないことを確認した。木の幹、地面の状態、セラの様子。そして最後に、無傷で木の根に座っているヴァンを見た。


 その目が、一瞬止まった。


「炎竜は」


「逃げてまいりました」と俺は答えた。


「逃げた」リネットは繰り返した。「あの規模の炎竜が」


「はい。気づいたときには」


 リネットはしばらく俺を見ていた。昨日までとは違う目だった。昨日の実演で「従者」として一瞥しただけで価値なしと判断した目ではなかった。何かを考えている目だ。計算している目、と言った方が正確かもしれない。


 しかし、何も言わなかった。


 確証がないのだろう。あるいは「従者風情が何かした」という考え自体が、まだ受け入れられないのかもしれない。プライドが高い人間ほど、自分の認識を覆すのに時間がかかる。


「立てるか」とセラがリネットに声をかけた。


「……ええ」リネットは静かに答えた。いつもの棘がなかった。


 茂みの方で、ガサガサと音がした。


「……報告書、どこ……」


 女性忍者が寝ぼけながら呟いていた。男性忍者がその隣で、ゆっくりと体を起こしながら周囲を確認している。炎竜がいなくなっていることに気づいて、二人して顔を見合わせた。何があったのか理解できていない顔だった。


 セラが眉をひそめた。


「あの茂みに人が……」


「野良猫じゃないか」と俺は言った。


「野良猫が喋った気がしたけれど」


「気のせいだ」


 セラはまだ納得していない顔だったが、それ以上は言わなかった。体のあちこちが痛むのか、顔をしかめながら立ち上がろうとしている。


「無理に動くな」


「うるさいわね、自分で——」


 セラが立ち上がろうとして、膝が折れた。俺はとっさに腕を差し伸べた。セラの手が、俺の腕を掴んだ。


 一瞬、セラが固まった。


「……ありがと」


 声が小さかった。耳の先が、少し赤くなっていた。


 俺は何も言わなかった。


 リネットが、その様子を見ていた。何も言わなかった。ただ、視線だけが、ヴァンという存在を、昨日とは違う解像度で捉え始めていた。従者。セラの陰に隠れた、格下の存在。そう認識していたはずの人間が、少しずつ違う輪郭を持ち始めている。


 帰り道、リネットはほとんど口を開かなかった。


 いつもの棘のある言葉も、品定めするような視線も、影を潜めていた。セラへの嫌味もなかった。ただ、時折、俺の方をちらりと見る。その目には、昨日まではなかった色があった。


 疑問、と呼ぶべきか。あるいは、警戒、と呼ぶべきか。


 ——面倒なことになってきた。


 俺はため息をついて、夕暮れに染まり始めた空を見上げた。


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