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転生者が迫害される世界で  作者: 烏丸三月
第四章 転生者、詠唱する

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14/23

シーン2

 森の中に入って、三十分ほど経った頃だった。


 最初に異変を感じたのは、俺だった。


 魔力の揺らぎ——いや、これは揺らぎと呼べる規模ではない。地面の底から湧き上がってくるような、重く、圧倒的な魔力の気配だった。空気の密度が変わる感覚がある。木々の葉が、風もないのにざわざわと揺れた。


 俺は足を止めた。


「どうしたの」とセラが振り返った。


「待て」


 リネットも足を止めた。一拍おいて、彼女の表情が変わった。構成を知覚する目が、何かを捉えたのだろう。


「……これは」


 地響きが来た。


 木々が揺れた。根元から揺れるような、重い振動だった。鳥が一斉に飛び立った。森の生き物たちが、一斉に逃げ出している。遠くから、低い咆哮が聞こえてきた。それは音というより、空気そのものが震えるような振動だった。胸の奥まで響く。


 木々の間から、それが現れた。


 巨大だった。


 体長は優に二十メートルを超えている。鱗は深い赤黒い色で、陽光を受けてぎらぎらと光っていた。一枚一枚の鱗が、それぞれ盾ほどの大きさがある。翼を広げれば森の木々を薙ぎ倒しそうな大きさだ。四本の太い脚が地面を踏みしめるたびに、地面が沈む。口元からは、絶えず熱気が漏れている。吐息だけで、周囲の下草が萎れていた。


 炎竜だ。


 この地域に出るはずのない、上位種の炎竜だった。


「……嘘でしょう」とセラが呟いた。声が、かすかに震えていた。


 隣でリネットの顔から血の気が引いた。それでもリネットはすでに詠唱を始めていた。流れるように速い詠唱と、精緻な構成の展開。さすがに熟練者だ、と俺は思った。動揺しながらも、体が動いている。相当な修練を積んでいるのだろう。


 発動した魔術は、高位の貫通系攻撃呪文だった。極細の光の束が、炎竜の胴体に向かって飛んだ。


 炎竜の鱗に、直撃した。


 弾かれた。


 まるで水が岩に当たるように、呆気なく。光の束が霧散して、炎竜の鱗には傷一つついていなかった。リネットの顔から、初めて余裕の色が消えた。


「鱗が……硬い」


「リネット、下がって!」


 セラが叫んだ。


 炎竜が大きく息を吸い込んだ。その首が持ち上がる。胸元が、内側から赤く光り始めた。次の瞬間、その口から炎が溢れ出した。幅は十メートルを超える、壁のような炎だ。


 リネットが咄嗟に防御の術式を展開した。しかし炎の規模が違いすぎた。防御の術式が一瞬だけ炎を押しとどめて、次の瞬間ごと押し流されて、リネットが吹き飛んだ。太い木の幹に叩きつけられて、そのまま崩れ落ちる。


「リネット!」


 セラが駆け寄ろうとした瞬間、炎竜の尾が薙ぎ払われた。狙ったわけではなく、単純な動作の余波だった。それでも、その余波だけでセラの体が宙に浮いた。


 俺はとっさにセラの方向に動いた。間に合わなかった。


 セラが地面に叩きつけられた。


「セラ」


 駆け寄ると、セラは浅く息をしていた。意識はない。頭を打ったか、衝撃で気絶したか。顔色は悪くない。外傷も見えない。ただ、確認している時間はなかった。


 茂みの方でも、ドサッという音がした。


 尾行していた二人組だ。炎竜の余波が、茂みまで届いたらしい。黒装束の二人が、木の根元で折り重なるようにして倒れている。女性の方が男性の上に倒れ込んでいた。二人とも、動く気配がない。


 俺は立ち上がって、周囲を見渡した。


 リネット——気絶。セラ——気絶。忍者コンビ——気絶。


 炎竜は、俺を見ていた。


 黄金色の巨大な瞳が、俺という小さな存在を映していた。値踏みするような視線だった。脅威ではない、と判断したのかもしれない。それとも、残った獲物として認識したか。首がゆっくりとこちらに向いてくる。


 炎竜が再び息を吸い込み始めた。胸元が、また赤く光り始める。


 俺は静かに周囲をもう一度確認した。


 誰も、いない。意識のある人間は、俺だけだ。


 ——好都合だ。


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