主人公の精神大丈夫そ?
「少しずつ人間ではなくなっています。」
「……は?」
局長はそれ以上何も言わなかった。
「説明しろ。」
「説明できません。」
「また守秘義務?」
「いいえ。」
局長は静かに首を横へ振る。
「説明すると、進行が早まります。」
「何の?」
「世界化です。」
「だから世界化って何なんだよ!」
「その質問に答える権限は、私にはありません。」
「誰ならある?」
局長は天井を見上げた。
「世界だけです。」
***
「意味が分からん。
これ普通の精神だと病むぞ。」
***
そのとき、観測室の奥で小さな歓声が上がった。
「局長!」
「今度は何です!」
「主人公半島の名前が確定しました!」
「え?」
大型モニターに地図が映し出される。
そこにはさっきまでなかった文字が刻まれていた。
エルトリア半島
「そんな名前、俺は付けてないぞ。」
「はい。」
職員は不思議そうな顔をした。
「ですが昔からそう呼ばれています。」
「昔から?」
「建国以前の文献にも記載があります。」
「昨日できたんだろ!」
職員全員が首をかしげる。
「昨日?」
「何を言っているんですか?」
一人の職員が棚から古びた本を取り出した。
表紙には、
『世界地誌 初版』
と書かれている。
ページをめくる。
『東方にはエルトリア半島が存在する。』
挿絵まで描かれていた。
「……。」
「どうかしましたか?」
「インク、新しいぞ。」
「え?」
俺は本を指差した。
「ここだけ乾いてない。」
部屋が静まり返る。
職員たちが一斉に本を覗き込む。
「……本当だ。」
「さっき書き換わった。」
「いや。」
局長だけが静かに否定した。
「書き換わったのではありません。」
「?」
「書き加えられたのです。」
「何が違う?」
局長は少し考えたあと、机の上の白紙を一枚取った。
「この紙を世界だと思ってください。」
さらさらと一本の線を引く。
「これは川です。」
次に山を描く。
「これは山です。」
最後に町を描く。
「これが歴史です。」
俺は頷く。
「普通の世界は、こうやって作られます。」
「うん。」
局長は消しゴムを持った。
山を消す。
「これが書き換えです。」
今度は消しゴムを置き、山を描き直した。
川も描く。
森も描く。
街道も描く。
「これが書き加えです。」
「……?」
「以前の歴史を壊さず、新しい歴史を"最初から存在したこと"にする。」
「そんなことできるのか?」
局長は静かに頷いた。
「世界にはできます。」
***
「世界とは?神様とは別のもの?
というか世界>適正100%の人ってこと?」
***
俺の背中から冷たい汗が流れた。
「つまり……」
「はい。」
「昨日できた半島は。」
局長が続ける。
「五千年前から存在していたことになりました。」
「……。」
「そして、それを疑えるのは。」
局長は俺だけを見た。
「あなた一人です。」
その瞬間。
観測室の扉が勢いよく開いた。
「局長!!」
若い職員が息を切らして飛び込んでくる。
「今度は何!」
「主人公の戸籍が!」
「……来ましたか。」
「戸籍?」
職員は震える手で一枚の書類を差し出した。
そこには俺の名前がある。
父の名前。
母の名前。
祖父母。
曽祖父母。
さらにその上。
代々の家系図が、何十代も続いていた。
「俺の家系……?」
俺は紙を見つめる。
知らない名前ばかりだ。
でも、
どこか懐かしい。
「おかしい……。」
頭が痛い。
知らないはずなのに。
子供のころ、この祖父に釣りを教わった気がする。
母とこの丘へ行った気がする。
夏祭りで転んだ気がする。
「違う。」
俺は頭を押さえた。
「そんな記憶、ない。」
でも、
ある。
ない。
ある。
ない。
「局長!」
職員が叫ぶ。
「記憶の同期が始まりました!」
局長は苦い表情で目を閉じた。
「……予想より早い。」
「どういうことだ!」
俺が叫ぶと、局長は静かに答えた。
「世界は、あなたを自分の一部にしようとしています。」
その言葉と同時に。
俺の頭の中に、聞いたこともない声が響いた。
『おかえり。』
「……誰だ。」
『今回も、ずいぶん遅かったね。』




