No.97活動記録:疾走の白銀狼(チョコ)と、信頼のバトン
【お知らせ】
今回、作品に挿し絵を追加してあります!
よろしければ、本文と合わせてイラストも楽しんでいただけると嬉しいです
No.97活動記録:疾走の白銀狼と、信頼のバトン
「じゃあそういうわけだから、これからボクらはアイリスちゃんとエリカちゃんを連れて二十階層まで行ってくるから」
地獄の模擬戦が終了し、気絶していたアイリスとエリカさんの二人がようやく意識を取り戻したと思ったら、マオさんは事もなげに私へそんなことを言い出した。
特に状況を飲み込めていない二人は、「……は? 今から行くってどういうこと?」と首を捻っている。
「……今から行くって、間に合うんですか? もう結構な時間ですよ?」
「うん。大丈夫大丈夫。ちょっ~~~と、『急ぎの旅』になるけどねぇ」
(……なんだろう、凄く嫌な予感がする言い方が気になる……)
「レイ~! 生きてるかい~?」
マオさんはアジテージ・ラビットと激闘を繰り広げていたはずのレイさんへ声をかけた。しかし、レイさんからの返事はない。
何かあったのかな、と全員で心配しかけたその時――アジテージ・ラビットがレイさんをひょいと肩に担いで歩いてやってきた。
それを見た『僕っ娘同盟』の三人は一斉に目を丸くした。
「うわぁ!? ヒーロー病を発症したレイと戦って勝ってきたの!?」
「……ウソでしょう? あのウサギ、実はとんでもない実力を隠し持ってるんじゃないの……?」
「スゴいね! ぼくらでさえ、完全に入り込んだレイ相手には無傷じゃいられないのに」
そんな称賛とも取れる言葉に、アジテージ・ラビットは照れているのかポリポリと頬を掻き、首を横に振った。
そして何やら「ウサ語」で語りかけているようだが、私には何を言っているのかさっぱり分からない。
「……うわぁ、お前そんなことしてたの?」
唯一アジテージ・ラビットの言葉が解読できるアイリスだけが、事情を飲み込めたようだ。
「なにアイリス? あのウサギ、レイちゃんに対して何をしたの?」
エリカさんの問いかけに、アイリスは呆れ顔で吐き捨てるように答えた。
「あの脳筋ウサギ……『ただひたすら逃げ回って、相手が勝手に疲れて倒れるのを待った』って言ってるわ」
「…………」
(……いや、それはそれで凄すぎないかな……?)
あの怪物じみた戦闘力を誇るレイさんの体力が尽きるまで逃げ切るなんて、その逃走劇自体が異次元の芸芸当である。
それは『僕っ娘同盟』の皆さんも同じ意見だったようだ。
「……あはは、それはそれで凄いや。まあとりあえず、その子こっちに貰えるかな?」
マオさんはアジテージ・ラビットからレイさんを引き取ると、
「ほ~ら、レイ。起きるッ!」
優しく起こすどころか、首根っこを掴んでガクガクと前後に激しく揺さぶり始めた。
「あ、あの、えっと……その起こし方は、いくらなんでも酷いんじゃ……」
「いいんだよ。まったく、ボクらの事前協議を聞いていたのにも関わらず、レイったら自分だけ楽しんで遊んでたんだからねぇ」
(……私たちが受けていた死ぬ気の一戦が、あの人にとっては『遊び』ですか……)
改めて、マオさんたちの規格外な実力差を見せつけられたような気がした。
激しい揺さぶりを続けられているうちに、レイさんがうっすらと目を覚ます。
「……あー……ごめん」
自分の置かれた状況を察したレイさんは、開口一番そう謝罪した。
「まあ、レイの『病気』はいつものことだから仕方ないとして――」
「お願いだから病気って言わないで~!」
フォローしてあげたくても、あの条件が揃うとヒーローのように暴走してしまうのは、弱点というより最早なにかの病気の類に思えてしまう。
(……私自身、虫系やお化け系のモンスターを前にして、ヒマリのバフ効果で理性を失って暴れてた時期があったから、人のことは言えないかもしれないけれど……)
もちろん、今の私はそんなことにはならない……はずだ。たぶん。だってお化け系はエリカさんのスケルトンで大分慣れたし。
「はい。正気に戻ったんなら、レイ。『チョコ』を呼んで」
マオさんの言葉に私は首を捻る。
チョコを呼ぶ? こんなダンジョンの真っ只中でお菓子でも食べる気なのだろうか?
レイさんは『武装転換』によってヒーロースーツ化していたガーディアン『コロネ』の姿を戻した。するとコロネはいつもの姿に戻り、レイさんの足元に柴犬のような小さな姿でチョコンと座り込んだ。
「じゃあコロネはハウスの中ね」
そう言うと、レイさんは腰のポーチから一つの球体を取り出し、コロネにポンと当てた。
するとコロネの体が光の粒子となり、吸い込まれるように球体の中へと収まっていく。
「そ、それ何ですか!?」
「これ? これはガーディアン専用の格納魔道具。通称『モンスターボー――』」
「いえ! それ以上は非常に危険そうなので大丈夫です!」
世界線を超えて怒られそうな言葉が出かけたので、私は慌てて手で制して止めた。
レイさんは取り出した球体を再びポーチへ仕舞い込むと、今度は胸元から一枚の「カード」を取り出した。
――カード?
私は記憶の隅で、微かな引っかかりを覚えていた。
「カード……? 確か、ガーディアンの分類の話で聞いたことがあるような……」
「あ、スイちゃんは知ってるのかな? ガーディアンには『卵タイプ』と『カードタイプ』があるってこと」
「あ! はい、確か聞きました。卵タイプは何が出てくるか分からないガチャのようなもので、カードタイプは最初から姿が決まっている、とか……」
「そう。そして、このカードタイプのガーディアンこそが、僕が契約しているもう一人の相棒だよ。――出ておいで、『チョコ』!」
そう言えば、ガーディアンの話でおっさんAIからもう一つ何か教わった気がする。
ええっと……卵タイプはランダム。カードタイプは固定。
そして、そのカードタイプのガーディアンの中でも、最高峰に位置するものは――。
私がそこまで思考を巡らせた瞬間。
レイさんの手にあるカードから、眩い白銀の光が走り抜けた。
一瞬にして周囲に『冬の訪れ』を告げるかのような、肌を刺す圧倒的な極寒の冷気が吹き荒れる。
そして冷気が引いた時――私たちの目の前に、巨大すぎる存在が降臨していた。
(……そうだ……思い出した……ッ!)
おっさんAIが言っていたのだ。
カードタイプのガーディアンには、稀に『精霊級』や『神霊級』に準ずる程のモンスターがいることがある、と。
「紹介するね。僕のもう一人のガーディアン――氷狼のチョコだよ」
大型バスほどもある、白銀の毛並みを誇る巨大な狼が、神々しい眼光で私たちを見下ろしていた。
(……真っ白で美しい毛並みなのに『チョコ』って……ホワイトチョコレートが由来なのかな……?)
あまりのスケールの大きさに驚きすぎて、私の思考はなんだか変な方向へと脱線していたのだった。
「……えっと」
「レイさん」
「なに? スイちゃん」
「……あの、二十階層まで『急ぎの旅』って、どういう意味ですか……?」
「うん? あれ? 説明されてないの? みんなでチョコに乗って二十階層まで向かうんだよ?」
レイさんは「当然知っているはず」と言わんばかりの表情でマオさんを見る。
しかし、当のマオさんは、
「いっけない~! 伝えるの忘れてた~!」
と、てへっとペロリと舌を出し、最高にわざとらしい笑顔を作ってみせた。
「…………」
「…………」
見上げるほどの巨大な白銀の狼を前に、アイリスとエリカさんは完全に呆然と立ち尽くしている。
「…………この、大型バスサイズの狼に……乗るの?私たちが?」
エリカさんは念を押すように確認する。
「うん!」
迷うことなく元気いっぱいに頷くレイさん。
「……私たちを連れて行くって、これでかよッ!?」
「これはひどいよ! 大きくても、とっても良い子で可愛い子なんだよッ!?」
「そこじゃねぇよッ! 問題の本質はッ!」
アイリスの切実なツッコミに対し、ボケているわけではないものの見当違いな擁護をするレイさん。当然、容赦のない再ツッコミが飛ぶ。
「……このチョコちゃん……で、本当に時間に間に合わせるんですか? アイリスたちが行けてる十二階層から行くにしても、二十階層まではかなりの距離がありますよ?」
「大丈夫、大丈夫! チョコは足も速いしね。何より、歩いてたらどうやったって間に合わないからさ」
「そういう問題じゃねぇって言ってんだろうがッ! あーもう! ママ! ママーッ!」
嫌気がさしたアイリスは、助けを求めるようにアイママを呼び出した。
「はぁい、何ですか、アイちゃん?」
「あたしに『オーバーレイズ』かけてッ!」
おそらくアイリスは、あれに乗るくらいなら走っていきたいか、あるいは乗るにしても自己強化や耐性スキルでも発現してくれれば御の字……とでも思ってアイママに頼み込んだのだろう。
「う~ん、アイちゃんの頼みだから聞いてあげたいんだけど……今日のアイママの力の施しは、もう終了しました~」
人差し指を口元に当て、お茶目なポーズでそう告げるアイママ。
そう。模擬戦の最中、一日一回の制限である『オーバーレイズ』は、すでにスケルトンナイトたちの進化のために使用されてしまっているのだ。
「い~や~だ~~~ッ! あたしは帰るッ! こんなのに乗っていったら風圧で振り落とされて死ぬッ!」
「大丈夫だよ! 今までチョコは背中に人を乗せて落としたことなんて一度もないから!」
「今まで無くてもッ! 今回落ちるかもしんねぇだろうがッ!!」
死に物狂いで駄々をこね続けるアイリス。
その往生際の悪い姿を見下ろしながら、エリカさんが冷ややかな声をかける。
「……なんだか『初めて飛行機に乗る人が、飛ぶのが信じられなくて言い訳を並べてる姿』そっくりねぇ」
気づけば、エリカさんはすでにチョコの背の上にちょこんと着席していた。
「てめぇッ! なにしれっと座ってんだよッ!?」
「だって、乗っていかなきゃ何のためにこの七日間も地獄の訓練をしてきたのか分からないじゃない。……それとも、お子様は大きいワンちゃんが怖いから乗れないのかしら~?」
明らかに煽り全開のニヤリ顔を浮かべるエリカさん。
そんな挑発に、アイリスの理性のタガがあっさりと外れた。
「……ぐっ……ぐあぁぁぁッ!! 乗りゃあいいんだろ! 乗ればッ!!」
ヤケクソになったアイリスも、チョコの背中へとしがみつくように跨がった。
そして、レイさんがチョコの首元へと腰を下ろすと、
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね!」
と、ポンとチョコの首筋を優しく撫でた。
次の瞬間――立ち上がったチョコは、言葉通り『風』そのものとなったかのような凄まじい速度で弾け飛び、あっという間に視界から消え去ってしまったのだった。
「……あれなら、確かに早く着きそうですね」
一瞬で去っていった疾風の残像を見送りながら、私は残されたマオさんたちに言葉をかけた。
「うん。多分三時間くらい乗ってれば着くんじゃないかな?」
三時間……。シートベルトや安全装置の類が一切ない状態で、あの爆走する巨大狼の背の上に三時間。
現地に着いた頃には、二人とも身も心もボロ生霊のようにやつれ果てているのではないだろうか。
「……時に、少し気になったんですけど」
「なに、スイちゃん?」
「……なんで『チョコ』なんですか?」
あの神々しく神聖な雰囲気すら漂う白銀の巨体に、『チョコ』という可愛らしすぎる名前は、どうにもしっくりこない気がしたのだ。
「あー……うん、名前ね。あれね、レイが『チョココロネ』が好物でねぇ」
「それで『チョコ』と『コロネ』ですか……」
安直というか、子供がペットにつける名前としてはこれ以上なく妥当なのかもしれない……と、妙に納得してしまった。
「レイが二十階層まで行って帰ってくるまで、ボクらも暇だしさ。もう一戦くらいやる? スイちゃん」
マオさんはダガーを弄りながら、実に楽しそうにそう提案してきた。
「いえ! 結構です!!」
私は即座に、力一杯の拒絶を返した。
たった一人でマオさんたちを相手にするなんて、これ以上やっていられるかッ!
そしてレイさんたちがチョコに乗って旅立ってから、大体三時間ほどが経過した頃。
私たちが二階層の『次元門』付近で雑談をしながら待っていたら、門が青白い光を放ち、そこからレイさんが姿を現した。
「お待たせー! 行ってきたよ~!」
元気いっぱいの声で帰還の報告をするレイさん。
……に続いて、次元門からゾンビのような足取りで這い出てきたのは――
「…………」
髪が激しく乱れ、完全に魂の抜けた虚ろな表情をするエリカさんと、
「……クソが……二度と……乗らねぇ……っ」
同じく空虚な目をしながらも、殺意をひたひたと滲ませた声を漏らすアイリスの二人だった。
「やあ、お帰り~! 楽しい旅行でなによりだよ」
やめればいいのに、マオさんは二人の惨状を全て察した上で、ニヤニヤと意地の悪い言葉を投げかける。
「「どこが楽しい旅行だッ!!!」」
マオさんの煽りに、二人は血吐くような勢いで叫び返した。
「マジで死ぬかと思ったわッ!」
「風圧を遮る防風魔法すらナシよッ! 景色が目にも留まらないスピードでビュンビュン移り変わっていって、目が回りそうになるしッ!」
「「あれを『楽しい』なんて形容するやつがいたら、ぶっ○してやるわよッ!!」」
余程恐ろしい目に遭ってきたのだろう。二人からは、地獄の訓練時にも見せなかった本物の「殺気」のようなものが禍々しく溢れ出ていた。
「あはは! 楽しそうで良かったねぇ!」
「「良くねぇわッ!!」」
二人は有言実行とばかりに、腰の二丁拳銃を引っ張り出すと、怒涛の勢いでマオさんに向かって発砲を開始した。
「あはは! 危ないなぁ二人とも~」
口ではそう言いながらも、飛んでくる光弾を軽々と身を翻してかわしていくマオさん。二人はさらに般若のような形相で銃撃を重ねる。
「あはは! まだ模擬戦がやり足りなかったのかな? いいよ、相手してあげる~!」
そのまま三人は、まるで地獄の訓練の延長戦のようなドタバタ劇を始めてしまったのだった。
そんな嵐のような光景を隣で眺めながら、フウカさんがポツリと口を開いた。
「マオのやつ、本当は相当キツいくせによくやるよ」
「キツい……ってどういうことですか?」
「マオの『獣化』って、実はすっごく体力を消耗するんだよ。だから普段はやる気なさそうにして、だらけてるんだ」
そう言われてみれば、マオさんはいつも模擬戦で『獣化』を使った後、「疲れたから交代~」と言って他のメンバーに代わってもらっていた気がする。
「……つまり、燃費が悪いってことですか? でも、いいんですか? スキルの種明かしをしちゃって」
「一つくらいなら平気だよ。マオだけじゃなく、僕らだって同盟の皆には言っていないスキルの一つや二つはあるからね。それに『獣化』は特に良く使ってるスキルだし……明日から二十階層でスイちゃんたちと探索の行動を共にするなら、知っておいてもらわないと困るでしょ?」
「な、なるほど……」
そう言われればそうなのだろうか。
……ということは、二十階層での探索は、マオさんたち『僕っ娘同盟』が主導するのではなく、私たち『みどりの葉っぱ隊』が軸になるということなのだろうか?
マオさんたちに比べて遥かに経験不足の私たちで、本当に大丈夫なのだろうか。
そんな私の不安を見透かしたように、フウカさんは優しく微笑んだ。
「スイちゃんたちから聞いた話だからね。僕らがでしゃばって探索を牽引するのは筋違いでしょ? だから二十階層を探索する時は、スイちゃんたちに任せるよ」
私はそれを、彼女たちからの深い「信頼の証」として受け取ることにした。
だから――背筋をピンと伸ばし、力強く頷く。
「はい! 分かりました!」
どこまでも澄み切ったダンジョン二階層の青い空と、鼻腔をくすぐる優美な花々の香り。
そして遠くから聞こえてくる、殺伐とした絶叫と激しい発砲音。
それらを耳にしながら、私は明日からの二十階層本格探索に向けて、改めて気を引き締め直したのだった。
……と、そこでふと思い出す。
「……ところで、マオさんの『獣化』の種明かしをされたんだったら……フウカさんの『狐火』のスキルのギミックって、一体何なんですか?」
「ええー!? 今それ聞くぅー!?」
私が最後まで解き明かせなかったスキルの謎を尋ねると、フウカさんは大仰なリアクションをしながらも、悪戯っぽく笑ってそのギミックを教えてくれた。
……曰く、フウカさんの『狐火』は「任意の空間への発火・爆破」と「蜃気楼のような精巧な幻影」を同時に作り出す複合スキルなのだという。
それを知った上で、私が思った素朴な感想は――
「……それ、仕組みを知ったからって、一体どう対処すればいいんですか……?」
「レイなら力技! マオなら圧倒的スピード! コナタも……うん、力技かな!」
「結局、力技での解決じゃないですかッ!?」
思わず全力で突っ込まずにはいられなかった。
少しでも面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。 応援していただけると、とても励みになります!




