No.90活動記録:意識の隙間と、アイリスの秘密
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No.90活動記録:意識の隙間と、アイリスの秘密
「それじゃあ始まるよ~! 第1回・ドッキリびっくり反省会~!」
パチパチパチ……と、一人で手を叩きながら、どこまでもやる気のない声でマオさんが宣言した。
……この人は一体、何がしたいのだろうか。唐突すぎる展開に、私の思考は一瞬でフリーズしてしまった。
「……マオ。スイちゃん完全に引いてるから、それやめたら?」
フウカさんが私の呆然とした表情を見て助け舟を出してくれたのだが、マオさんは「え~?」と不満そうに唇を尖らせる。
「え~? お約束っていうのは大事だと思うんだけどなぁ。ねえ、レイ?」
マオさんに振られたレイさんはというと――今はただただ満足そうな、晴れやかな表情を浮かべて地面に大の字で横たわっていた。
そのすぐ横では、先ほどまで特撮ヒーロースーツへと姿を変えていた彼女の愛犬――もとい、ガーディアンであるコロネが、おとなしく「お座り」をして主人の様子を見守っている。
「自制が効いている内は良いんだけどねぇ。ノリに乗っちゃうと限界が来るまで動き回り続けるからさ。……しばらくレイは指一本動かすこともできないんだよ」
なんという効率の悪い戦い方……いや、自制すら効かなくなっているのだから、効率も何もあったものではないのだろうけれど。
「まあ、レイは放っておくとして。とりあえず反省会を始めようか! まずはスイちゃんから!」
「はい? 私からですか?」
「そう! 何か自分で気づいたことってある?」
「そう、ですね……。マオさんとの模擬戦で得たものは、個人戦における近接戦闘の具体的な対処法、でしょうか」
「うんうん。他には?」
「フウカさんとの模擬戦の方は……情報戦と、相手の認識の攪乱の仕方……といったところでしょうか?」
「まあ、概ねそんなところだね」
マオさんの、合っているのか合っていないのかよく分からない適当な返答。……もう、「どっちなんですか」とツッコミを入れたくなってくる。
「どちらの戦いにも言える共通点はね、『人の意識の隙間に入り込む』ってことかな。分かる?」
人の意識の隙間――。
私がマオさんの言葉の意味を理解しようと深く思考に没頭しかけた、その時だった。
パン、パン、パン、パン――。
すぐ隣で、フウカさんが軽快に手拍子を打ち始めた。
テンポ良くリズムに乗った手拍子。それに合わせて私の意識も自然とリズムを刻み始める。……と、何度目かの手拍子の直後、フウカさんは急にリズムを崩し、不自然な空白を作った。
パン、パン、……パン。
その一瞬の「間」に、心地よく乗っていた思考のリズムがガクッと乱される感覚があった。
「……またフウカは甘いんだから」
そんなフウカさんのヒント出しを非難するように、コナタさんがぽつりと呟く。
「……いまのは、『ズレ』ですか?」
「そうだね! フウカの誘導があったとはいえ、正解だよ」
答えは合っていたようだが、自力で辿り着いたわけではないため、少しだけ意地悪く揶揄されてしまった。
「人にはね、固有のリズムがあるの。『1、2、3』って規則正しく動いていた人が、急に『1、2、……うん、3』って動かれたら、直前のリズムに慣れてた分、一瞬びっくりして思考が固まるでしょう?」
「……まあ、確かにそうですね」
「ボクがやってたバックアタックも基本はそれと同じだよ。スイちゃんの前で身体をブレさせる、消える、後ろに現れる。最後はダガーナイフを投げてスイちゃんの盾で視界を隠させてから、完全に背後に回る……っていう風に組み立ててたんだよね」
なるほど……! 言われてみれば、マオさんは終始似たようなパターンで動いていた。ただ、その緩急があまりにも激しく、とてつもなく速かった……それだけのことだったのだ。
「で、それを踏まえた上で――フウカの方の仕掛け(ギミック)は分かった?」
マオさんに尋ねられるも、私は言葉に詰まってしまった。
そもそも、フウカさんのあの炎の狐たちの能力自体が、いまだにさっぱり分からないのだ。
消えたり現れたり、増えたり増えなかったり……文字通り「お化け」のような不気味な存在だったのだから。
「それは流石にまだ分からないか~! なら、それは今後の宿題ね。とは言え、ただ漫然と『答えを探しなさい』と言われてもスイちゃんも困るだろうからさ……ヒントをあげるね。『火の発生原理』を知っていれば、あとはそこに『スキル』というファンタジー要素を組み入れるだけで、なんとなぁ〜く答えが見えてくると思うよ?」
「はぁ……火の原理、ですか……」
(ええっと、火の発生原理って何だっけ……? 可燃物と、酸素と、一定以上の熱の『3要素』が揃うことで発生する光と熱の現象……だったかしら?)
私はマオさんから投げかけられたヒントを元に、フウカさんの狐の能力をなんとか解き明かそうとウンウンと頭を捻る。
「はい、じゃあ次! エリカちゃん!」
「あ、あたし!? ……私なんてほら、良いようにボコボコにされてただけだから……」
「二回とも全く同じパターンでやられてたしねぇ。工夫がないっていうのは戦いにおいて一番ダメだよ?」
「うっ……! そ、そう言われてもぉ……私のスキルってスケルトンを呼び出すくらいしかないし、銃の腕はへっぽこだし……あれ? 私、良いところ一個もなくない!?」
エリカさんは自分で口にした客観的な分析に、自分で勝手にショックを受けて落ち込み始めた。
「まあ、そこはねぇ。エリカちゃんたちが今までまともにモンスターと戦ってこなかったツケっていうのもあるんだけど……そうじゃないんだよ。自分が今持ってる『手札』をどうやって最大限活かせるか、それを考える脳ミソを持たなきゃダメなんだよ。ただスキルを使って指示もなしにスケルトンを呼び出すだけじゃなくて、その呼び出したスケルトンに『何をさせるか』で評価はガラリと変わってくるんだから」
(……なんだろう。私の時より心なしか指導が優しい気がするのは気のせいかしら……?)
「え〜、でも私のスケルトンたちって基本ただの『骨』だからめちゃくちゃ脆いんだけどぉ……」
「『骨だから脆い』っていう先入観は否定しないけどさ。骨って意外と丈夫なんだよ。部位によってはかなりの荷重にも耐えられるしね」
「マジでっ!? し、知らなかった……!」
「――っていう話を、どこかで聞いたり聞かなかったり?」
「どっちなのよっ!?」
「まあまあ、落ち着きなよエリカちゃん。一体一体がどれだけ弱い存在でも、複数集まれば途端に手に負えなくなったりもする……かもしれないしね。何事も試してみないことには分からないってことだよ。数だけは大量にこなせるっていうのが、エリカちゃんの何よりの強みなんだから」
「……人のことは言えないけど、あんたも大概エロネタぶっ込んでくるわね……」
「え〜? なんのこと〜? ボク全然分かんないなぁ〜」
しれっとした表情でしらばっ気けてみせるマオさん。
……そう言えば、なんだか絶妙に引っかかるワードセンスが多々あった気が。私はとりあえず聞かなかったことにすることにした。
「さてさて、最後はアイリスちゃんだけど」
マオさんがアイリスの方へ視線を向ける。だが、当のアイリスは不貞腐れたようにそっぽを向き、腕組みをして黙り込んでいた。
……後ろでは、先ほどレイさんとの熾烈な戦いを終えたばかりだというのに、あの筋肉モリモリのウサギが黙々と腕立て伏せを繰り返している。なにあのウサギ、疲れないの?
「ねえ、自分が何で怒られてるか、ちゃんと理解してるかなぁ?」
マオさんが幼稚園児に言い聞かせるような優しい口調で話しかけるが、アイリスはますます機嫌を損ねた表情を見せる。
「知らない。私は悪くないもん」
にべもなく言い切るアイリスに、マオさんは肩をすくめながら、核心を突く言葉を投げた。
「ねえ、アイリスちゃん。今回の模擬戦もそうだったけど、君……スキルを全く使ってなかったよね?」
えっ……? アイリスはスキルを使わずにレイさんと模擬戦をしていたの? いや、あのウサギは……あれは召喚物によるものだからスキルではないのか。でも、なんで?
「ああん? スキルを使おうが使うまいが、私の勝手でしょうがッ!」
とことん反抗的な態度だ。マオさんは「困ったなぁ」という顔をしている。私は横にいたエリカさんの袖をちょいと引き、耳打ちするように小声で話しかけた。
「エリカさん」
「ん? なに? スイちゃん」
「エリカさんなら、アイリスがスキルを使わなかった理由とか、何か知っていたりします?」
少なくともダンジョン内での付き合いはあるのだ。多少なりとも事情を知っているのではないかと思ったのだが。
「全然。そもそもあの子、私と知り合ってから一度もスキルらしいスキルを使った様子がないのよ」
「一度もですか!? アクティブ系じゃなくて、パッシブ系のスキルっていうことではなくて?」
パッシブ系なら気づかないうちに発動していることもあるだろう。私のスキルもほとんどがそうだからだ。
「いや、それならあの子絶対自慢するわよ。人に教えたがりってわけじゃないけど、隠し事を突き通すような性格でもないし」
「まあ、そうですね……」
歯に衣着せない性格だし、今もマオさんにこれだけ噛みついている。なら、どうして? 発動条件が厳しいスキルなのか? それとも誰にも言えないようなスキルなのか?
「せめて、どんなスキルなのか説明してくれると助かるんだけどな」
「いーや! あんたらだって自分のスキルの話を他人にバラすのなんて嫌でしょうがッ! 私にそれを強要するんじゃないわよ!」
「う~ん、正論なんだけどな。それだとアイリスちゃんだけ二十階層には行けずにお留守番になっちゃうんだけど……」
「私は行くわよッ! どんな手を使ってでもね!」
アイリスがあそこまで頑なに拒否る理由はなんだろう。話を聞く限りパッシブ系ではなさそうだ。二丁拳銃を愛用しているから、それに関連するスキルだと思ったけれど……。
「あ、待って。今ちょっと思い出したんだけど。私がアイリスと会う前、ダンジョンでアイリスが一人でいたときの話なんだけど。あの時、何かスキルっぽいのを使ってたみたいなのよ」
エリカさんが何かを思い出したかのように呟くと、その声が届いたのか、アイリスが大きな声で割り込んできた。
「こらっ! そこ! 何、人の秘密を探ろうとしてんだ!」
「仕方ないでしょう! あんたがあれも嫌、これも嫌って、その代わり自分は二十階層に連れてけなんて都合の良いことしか言わないんだもの。……隠してることは知らないけど、ゲロっちゃえるうちに話しちゃった方が楽だよ」
エリカさんが諭すように言うと、アイリスは小さく呟いた。
「……オバサンが、キモいんじゃ」
その瞬間、エリカさんの額にピキリと青筋が浮かんだ。
「だあーっ! この子は周りが優しくしてくれてるっていうのに、生意気ばかり言って!」
立ち上がり、猛然とアイリスの側まで駆け寄ると、その生意気な口を両手でギュッと引っ張った。
「ひゃ、ひゃめろー! ほしまはばー!(や、やめろー! 年増ババア!)」
「ああん!?年増っつったか!? いまこの口は年増ったのか、この口はよお!」
エリカさんはこねくり回すようにアイリスの顔を弄んでいた。そしてしばらく後――。
「…………話しても良いけど、ぜったい。ぜーったい! 笑うなよ!」
「はいはい。笑わないから話しなさいな」
アイリスは二度三度と念押しをしてから、重々しく口を開いた。
「……私の最初に発現したスキルは『召喚』系スキルなんだ」
え……? 召喚系スキルで、そこまで隠し通したいと思ったのだろうか。
「その様子からすると、普通の召喚系スキルじゃないってことかな?」
マオさんが先読みするように言うと、アイリスは小さく頷いた。
「私の召喚スキルは、召喚系スキルの中でも『想像召喚』と言われる分類になるスキルなんだって。自分が思い描いた、もしくは強く思っているものを呼び出すスキルだよ。……でも、私が呼び出せる召喚物は一体だけ。しかも呼び出したら、もう変更が効かないタイプの召喚だったんだ」
「あんた……一体何を思って召喚したのよ?」
エリカさんの問いかけに、アイリスは口ごもる。しばしの沈黙の後、躊躇うように言葉が零れた。
「………………私を守ってくれる、最強の存在」
しばし、場に静かな空気が流れる。
その静寂を破ったのはエリカさんだった。彼女はすべてを納得したような表情で、静かに問いかける。
「なるほどねぇ。アイリス……その召喚で、一体何が出てきたの? ……ううん、言葉を変えましょうか」
エリカさんは、獲物を射抜くような鋭い眼差しでアイリスを見据えた。
「――一体、『誰』が出てきたの?」
その言葉に、アイリスは心臓を射抜かれたようにビクリと体を震わせた。
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