No.88活動記録:コンコンコン♪ あそびましょう?
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No.88活動記録:コンコンコン♪ あそびましょう?
私は十字槍の形状となった愛用の旗槍を構えた――と同時に、マオさんに向かって容赦なく刃を突き出していた。
しかし、さすがはマオさんだ。
前回の時のように、腰のダガーナイフを抜き放つ隙すら与えまいと仕掛けた奇襲だったが、私の突きを難なく軽やかな紙一重のステップでかわしてみせる。
「ひゅ~っ! スイちゃんえげつな~い! まだ開始の合図も出してないのに~」
ひらりと舞うようなステップを踏みながら、こちらの出方を伺うようにニヤニヤと見つめてくる。
「実践では『始め』なんて優しく声をかけてくれるモンスターはいませんから!」
私は旗槍を頭上でくるくると大きく旋回させ、その遠心力をそのまま乗せてマオさんの胴を目がけて横一文字に薙ぎ払う。
「フフッ、良いねぇ! 前と違って随分と積極的になったじゃない、スイちゃん!」
「今はパーティーの司令塔のような役割も担っていますが……私だって、それなりに戦えるんです! ――だからっ!」
二度、三度と間髪入れずに鋭い連撃を繰り出すが、そのことごとくが空を切る。マオさんの身体にはかすりもしない。
……予想はしていたけれど、依然として絶望的な実力差がある。
前回見せたような一回こっきりの奇襲技なんて、今の私にはない。今持っている技術と経験のすべてを出し尽くすしかないのだ。
マオさんはまだ、本当の意味で本気を出していない。
『意識』が切り替わる前に、何とか一刺しでも――
「んー。動き自体はすごく良くなったけどさ。戦闘中に考え事をするのは感心しないな。だってさ――」
マオさんの輪郭が、ぬるりとブレた。
「――相手に集中してないと、こうなるよ?」
「――ッ!?」
私は瞬時に直感で身体を反転させ、旗槍の柄で後方の大気を全力で薙ぎ払っていた。
「おっと! さすがに同じ手は何度も通じないかぁ」
マオさんのバックアタック――。
前回、不意を突かれてヒマリを一瞬で沈められ、私自身もやられたあの高速移動スキルだ。身体が咄嗟に反撃に動いてくれたおかげで何とか直撃は免れたものの、次も反応できるかと言われれば甚だ怪しい。
「うんうん。この反応速度を見る限り、前回の戦いの時のスイちゃんのレベルは余裕で越えてるね」
「……そうですか。お褒めに預かり光栄です」
私は荒い息を整えながら、ピリピリとした緊張感に汗を流す。
(だけど……あなたはまだ、あの切り札である『獣化』を残している……)
前回は奇襲技のお陰で引っ張り出せたけれど、今の私の力だけで、あの形態を出させることができるだろうか。
「ほらほら、また頭の中でグルグル考えてる。思考っていうのはね、時に戦闘の最大の妨げになるんだよ?」
言い落とすと同時に、マオさんは手にしていた唯一の武器であるダガーナイフを、鋭くこちらへ投擲してきた。
私は咄嗟に左腕の盾籠手を掲げて金属音とともに弾き返す――だが、その一瞬、盾の陰に入ったことでマオさんの姿を完全に視界から見失ってしまった。
「しまっ──」
次の瞬間。
「はい。スイちゃんの負け~」
背後から、耳元で吐息が聞こえた。
前回と同じだ。私はまたしても完全に背後を取られ、首筋に冷たいマオさんの人の手の指先がピタリと突きつけられていたのだった。
「……はぁ、負けました」
私はがっくりと肩を落とした。けれど、不思議と前回のような「なにくそ!」という強い悔しさは湧いてこなかった。今の自分に出せる全力は出し切ったという、どこか晴れ晴れとした達成感のようなものが胸を満たしていたからかもしれない。
「んー。前回の模擬戦と比べたら大分成長はしてるよ。でもね、前回の時みたいにガムシャラになって突っ込んでくる気迫がなくなっちゃったね。代わりに余分なことを考える癖がついたみたい。……これはスイちゃんの今の立ち位置に関係してるからだと思うな」
マオさんが今の模擬戦の反省点を的確に分析していく。
「一回目の背後を取られた時は身体が反射で動いてくれたみたいだけど、二回目の時は思考の隙間……みたいな一瞬の間を突かれて、最後はやられちゃったね」
「まあ、パーティーでは司令塔をやっていますから……みんなの安全に気を配りつつ、戦況全体を見ながら戦わないといけないので……どうしても思考が先行してしまって」
「うんうん、司令塔の役割としてはすごく良いことだよ。ただ、意識の切り替えはできるようになろうね。みんなに指示を出す時は考えるのが当然としても、一瞬一瞬で状況が変わる個人戦闘では咄嗟の判断……身体が無意識でも動くようにならないと、命取りになることもあるからね」
「……はい。参考にします」
自分が成長した代わりに、手に入れたものと手放したものがあった――そういうことなのだろう。自分ではそんなつもりはなかったとしても。
「まあ、それも良し悪しがあるんだけどねぇ」
「どっちなんですか!?」
アドバイスをくれているのか、混乱させたいのか分からない人だ!
「あははは、ごめんごめん! スイちゃんの目指す方向性は理解したよ。そうだね、パーティーを組んで連携の練習をするのは後にして、スイちゃん自身の地力を引き上げる訓練をしようか。――フウカ、よろしく」
「やっぱりぼくか……。力になれるかは分からないけど、スイちゃんよろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします……って、え? もしかして、まだやるんですか!?」
「そりゃあね。時間いっぱいまで訓練するよ~」
マオさんは変わらないやる気のない声でさらりと言い放つ。困惑する私をよそに、彼女はテンポよく指示を出していく。
「は~い! 次はエリカちゃんの番だよ。前回とは違った動きを見せてくれると嬉しいな。というわけで、コナタ、バトンタッチ~」
「えー、僕がやると手加減が難しいんだけど……」
「ねえ、ちょっと! 私また死にかけると思うんだけど!? か、代わりはいないの!?」
「とにかくがんばれー」
……投げやりな「がんばれー」だけど、一体どっちに向けた言葉なのかしら。
「それで、アイリスちゃんは……レイがやる?」
「どうなんだろう? 適任としてはマオだろうけど」
「ボクは今のスイちゃんとの模擬戦でちょっと疲れちゃったから休む~。代わって~」
「はいはい、分かりましたよ。……ってなことだからアイリスちゃん、僕が相手だ」
「てめぇらにいつまでもやられっぱなしのアイリス様だと思うなよっ!」
「……あー、うん。言葉より結果を示そうね」
「ムッキー! 見てろ! 今に目にもの見せてやるからな!」
アイリスは服の下から二丁拳銃を引っ張り出すと、叫びざまに即座に発砲した。
「スイちゃんも、よそ見してると僕にやられちゃうよ」
フウカさんの穏やかな声で意識をそちらに向けると――いつの間にか、彼女の周りにゆらゆらと真っ赤な炎の塊がいくつも浮かんでいた。
「……フウカさんって、魔法使い系のトラベラーなんですか?」
「う~ん、似たようなものかな? わかりやすく言うと、これ『狐火』ね。知ってる? 狐火って」
(狐火って……伝承の……?)
私が首をかしげると、フウカさんは童謡を歌うように、可愛らしく口ずさんだ。
「コンコンコン♪ キツネさん♪ あ~そ~び~ま~しょ~♪」
彼女の歌声に合わせて、浮かんでいた炎の塊が形を変え――しなやかな狐の姿へと変貌していった。
「さあ、スイちゃん。頑張っていこうね」
明るい声と朗らかな笑顔。けれど、彼女の周囲を覆う炎の狐たちの異様な圧迫感が、とてつもない凄みを醸し出していた。
野生の狐というよりは、どこかアニメの様にデフォルメされた可愛らしい炎の狐たち。
それらはフウカさんの周囲を楽しそうに、跳ねるように飛び回っている。
(サクラあたりが見たら『カワイイ〜!』なんて喜んで抱きつこうとしそうだけど……あの炎……見た目以上に、絶対ヤバい!!)
これまでダンジョンで遭遇してきたモンスターたちは、基本的に既存の生物の姿を模したものが多かった。もちろん稀に植物型や鉱物系、そうした特殊なモンスターは、姿形から繰り出される物理攻撃だけでなく『魔法』に類する厄介な攻撃を仕掛けてくることが多かったのだ。
そうした系統のモンスターは、純粋な生物型のモンスターに比べて厄介さが段違いに跳ね上がる。
そして今、目の前にいるフウカさん――恐らく召喚系のスキルだと思うけれど――彼女が呼び出した炎の狐は、見た目こそ狐の形をしているものの、その本質は極めて強力な『火エレメンタル系モンスター』と変わらないはずだ。
本来、こうした実体の掴みにくい魔法生物への対処は、サクラやヒマリの魔法攻撃で相殺したり距離を取ったりして対処するのが一番楽なのだ。けれど……今の私の隣には二人がいない。
私一人でできる対処法は――
「スイちゃん。そろそろ考えはまとまった? ……それじゃあ、行くよ」
私が必死に観察し、どう対処すべきか思考を巡らせていたことすら、フウカさんには完全に読み取られていた。その思考の先手を取られる感覚に、私はくっと奥歯を強く噛み締め、旗槍を構え直し――
「ッ!?」
――構えた、まさに次の瞬間。
私の左腕を護る盾籠手に、ドスンと強烈な衝撃が走った。
一体何が起きたのかと、私は慌てて左腕へ視線を飛ばす。
そこには――つい先ほどまでフウカさんの足元にいたはずの炎の狐が一匹、私の目と鼻の先に鎮座していた。
(いつの間に移動したの……!?」)
思考を巡らせながらも、私は左腕から狐を追い払おうと旗槍の柄を全力で振るった。
――だが、旗槍の刃は、まるでゆらめく陽炎を切り裂くかのように、抵抗もなく狐の身体をすり抜けた。
(実体がない……フェイク!? じゃあ、さっきの左腕の衝撃は一体どうやって……!?)
側にいる狐は攻撃能力のない『幻影』だと判断した私は、本体であるフウカさんへと速やかに視線を戻そうとした。
その瞬間――先ほど幻影だと切り捨てたはずの足元の狐が、猛然と私の胴体へ体当たりをかましてきた。
その身体は幻などではなく、明らかに重さと密度を持った『質量ある存在』として、私の身体を激しく打ち据えたのだ。
「なん……で……!?」
フェイクだと油断していた攻撃をもろに食らい、私は数歩後ずさった。
服に付与されている打撃耐性のおかげで肉体的なダメージ自体は大したことはなかったけれど、私の精神は思った以上の混乱とショックを受けていたその瞬間、一匹目の狐の背後から二匹目の狐がひょこんと顔を覗かせる。
「えっ……二匹?」
私の意識が二匹目へ向いた、その一瞬の隙を狙うように――一匹目の狐が再び体当たりを仕掛けてきた。
「くっ!いったいどう言うのこと……!?」
思わず困惑の声を漏らしながらフウカさんを見つめると、彼女はただ純粋に――
「遊びはまだまだこれからだよ、スイちゃん」
まるで無邪気に鬼ごっこを楽しむ子供のような、あまりにも朗らかで、どこまでも純粋な笑顔を、私に向けていたのだった。
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