No.87活動記録:お肉食マオさんと、地獄のブートキャンプ
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No.87活動記録:お肉食マオさんと、地獄のブートキャンプ
『あはははは! そりゃ災難だったねぇ!』
私は一人、マオさんに連絡を取って我がパーティーの壊滅的な事情を説明していた。
……説明していたのだが、なぜか電話口で盛大に爆笑された。
「いや、マオさん。笑い事ではないのですが……」
『あーごめんごめん! 分かってるって、分かってる! ボクらの探索スピードを気にして連絡してくれたんだよね?』
「はい。実際、そちらは今どの辺りまで進んでいらっしゃいますか?」
『ぶっちゃけ言うと、まだアイリスちゃんたちを連れて二十階層を目指す段階には至ってないよ』
「はあ!? ええっ!? なんでですか!?」
『いやぁ~、あの二人、よくあれで十二階層まで来られたなぁって呆れるくらい戦闘が下手なんだよ。多分あれだね、極力モンスターとの戦闘は避けて次元門を目指して上の階層に登ってきたタイプのトラベラーだね』
そう言えば、以前私に突っかかってきた時も、エリカさんが召喚したスケルトンがヒマリのバフ効果(精神高揚)のせいで大暴走して……まあ、色々とあって事なきを得たけれど。
本音を言えば、私もあの二人が普段どうやって戦っているのかサッパリ分かっていなかった。
「そこまで酷いんですか?」
『多分だけど、モンスターと遭遇したらエリカちゃんの召喚で囮を作ってモンスターを引き寄せておいて、その間にダッシュで逃げる……なんてことを繰り返してたんじゃないかな? だからトラベラーとしての素の強さはそこまでじゃないんだよ。あの戦力だと、精々五階層あたりが限界だったはずだよ。それを無理して上の階層まで上がってきちゃったんだと思う。……二人みたいなトラベラーって、最近結構多いんだよね。「上の階層でもやっていける」ってよく分からない理屈をこねて上がったは良いけど、結局モンスターにやられるか、逃げ帰るか……みたいな人たちがさ。あの二人はここでボクらと出会えて本当に運が良かったと思うよ。もし運が良ければ、あの二人はどこかでモンスターに殺されてたと思うから』
「……『運が良かったら』殺されてたって……運が悪かったら一体どうなってたんですか!?」
『ええ~? 聞きたいの~?』
電話の向こうで、どこか楽しそうに声を弾ませるマオさん。私は一瞬で察した。
「……いいえ。遠慮しておきます」
理由を聞きたいとかそういう好奇心以前に、これ以上聞いたら絶対に後味が悪くなりそうな気がしたからだ。
『そっか~、残念』
……全然残念そうに聞こえない口調でマオさんが呟く。
「まあ、そういう訳ですので。私のパーティーは現在私一人になってしまいましたので、一週間ほど二十階層での探索を遅らせていただくということで……」
『それは良いんだけどさ、それまでスイちゃんは何するの? 一人で二十階層の探索に行くの?』
「いえ。一人で二十階層の探索なんてさすがに無茶ですよ。こちらは仕方ないので、一週間ほどダンジョン探索をお休みしようかと」
『ああ、ならさ! スイちゃんもボクらと一緒に二十階層を目指せば良いんじゃない? ボクとレイの戦い方はなんとなく理解してても、コナタとフウカの二人の戦い方はまだ知らないでしょう?』
「ええ、それは勿論」
(……この間知り合ったばかりなんだから、知ってたら逆におかしいと思うけれど)
『だからボクらの連携強化も兼ねて、一緒に行こうよ!』
「……マオさん。何か企んでます?」
どうも先ほどから、マオさんの声のトーンが『何か面白い遊びを見つけた子供』のように響いている気がしてならない。
『ええ~? 別に~? 何も企んでないよ~? スイちゃん酷いなぁ~』
……絶対に嘘だ。
どう聞いても、私(獲物)が自ら罠の中に飛び込んでくるのをニコニコと待ち構えているマオさん(肉食動物)にしか思えなかった。
とは言え――私も一週間丸々手持ち無沙汰で過ごすのはどうかと考えていたのも事実だ。
『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ではないけれど、ここはマオさんの誘いに乗ってみることにした。
「……分かりました。では、しばらくそちらでお世話になります」
『OKOK! なんならスイちゃん、一人称を「ぼく」に変えてみる気ある?』
「変えません。変なパーティー勧誘をしないでください」
『ちぇ~っ、つれないなぁ。まあいいや! ボクらの方は連絡をもらえればいつでも探索に行けるから、ダンジョンに行く時は声をかけてよ』
「了解です。私は基本的に平日は学校があるので、放課後からになります。それなら時間はいつでも大丈夫ですので」
『了解! じゃあ特に予定がなければ、明日行こうか』
「急ですね!? ですがこちらは大丈夫です。集合場所はどちらにしますか?」
『ダンジョンギルドのフロント前にしよう。あそこなら間違いがないからね』
「分かりました。それでは、また明日」
『待ってるよ~』
ブツッと通話が切れる。
私はスマートフォンの画面を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……マオさん、絶対にまだ何か企んでるわね……」
あの人を喰ったような態度と、やる気のなさそうな声に誤魔化されないようにしなければ――私は気を引き締め直すのだった。
翌日、放課後。
私は一人でダンジョンギルドへとやってきた。改札口のようなゲートを通り抜け、賑わう受付ロビーへ足を踏み入れると――
「お~い、スイちゃん! こっちこっち~!」
どこか気の抜けた、やる気のない声が私を呼んだ。
声のする方へ振り向くと、そこにはマオさんをはじめ、レイさん、コナタさん、フウカさんの『僕っ娘同盟』の四人。そして、エリカさんと……なぜか凄まじい仏頂面をしているアイリスの『お宝ハンター』組が待機していた。
「お待たせしました。……あの、どうしたんですか?」
私はあえてアイリスの名前を出さず、やんわりと周囲に尋ねた。するとエリカさんが肩をすくめながら答えてくれた。
「いやぁ~、この前マオちゃんたちとちょっとやり合ったらさぁ。もう手も足も出ずに、コテンパンのケチョンケチョンにされちゃってさ~」
やってらんないわ~、と苦笑するエリカさん。その言葉を聞いたアイリスの顔が、さらに不機嫌そうに歪んだ。
「……私たちの時だって、マオさんとレイさんの二人を相手にした時は手も足も出なかったわよ」
慰めのつもりではないが、私は事実を口にした。するとアイリスは「ほらみなさい!」と急に威勢を取り戻す。
「私が弱すぎるんじゃなくて、あいつらが異常に強すぎるのよっ!」
「でもぉ~、スイちゃんはボクに『獣化』のスキルを使わせたよぉ~?」
マオさんが余計な一言をニヤリと付け加えた。
私がマオさんの方へ視線を向けると、彼女はどこか意地悪そうに、そして楽しそうに笑みを浮かべている。すると背後からレイさんが「こらっ」と呆れ顔でマオさんの頭をコツンと軽く叩いた。
「ぐぬぬぬ……っ!」
それを聞いたアイリスは、悔しさのあまり地団駄を踏みそうな勢いで呻いている。
(……なんだろうなぁ。最初から先行きがものすごく不安なんだけど……)
即席パーティーだからチームワークがないのは仕方ないにしても、もう少し波風を立てない平和なやり取りをしてほしいものだ。
私は気分を変えるため、今日の予定を尋ねた。
「それで、今日の予定は……?」
「今日? 今日も『アイリスちゃんとエリカちゃんの訓練』にしようかと思ってたんだけど」
「訓練って……いや、二人を二十階層へ連れて行くのはマオさんたちですから、ペースはお任せしますけど……。いくら一週間私のパーティーメンバーが不在だからって、それまでに間に合うんですか?」
「うん、一日あれば余裕余裕! ねえみんな?」
「一日って……!?」
一日で八階層分を登り切るというのだろうか?
スズカの『神霊ストームサンダー』みたいな階層を飛び越えての空間航行能力があるならともかく、そんな超弾丸探索が普通のトラベラーに可能なのだろうか。私たちでさえ、自力で探索して二十階層へ行くのに一週間以上かかったというのに。
マオさんがメンバーに視線で確認を取ると、レイさんたちは苦笑しつつも「まあ、可能だね」というように頷いていた。
「というわけで! 今日もアイリスちゃんとエリカちゃんは、二十階層に向けた戦闘訓練ね! あ、ついでにスイちゃんも一緒にやっていこうか~」
「えっ!? わ、私もですか!?」
完全に巻き込まれた! まさか私にまで飛び火してくるとは!
「強くなるのに理由は要らないってね! まあ頑張っていこう~!」
なし崩し的に、私も今日はアイリスたちと一緒に地獄の訓練に付き合わされることになってしまった。
呆然とする私の肩に、ポンと誰かが手を置いてきた。
……その手の主は、アイリスだった。
「……ようこそ、地獄のブートキャンプ場へ。ふふふ、せいぜいあんたも私と同じ苦しみを味わうといいわ……」
いつもの上から目線の口調は崩していないものの、その表情はどこか暗く陰鬱だった。
「あ、ちなみにスイちゃん、エリカちゃん、アイリスちゃんの順に強さのランクがあるからね! 一番ドベなアイリスちゃんは特に頑張るんだぞ~!」
マオさんがまたしても煽るような余計な一言を投げかける。
「キィィィーッ! 私だって一生懸命やってんのよっ! 褒めなさいよ! 私は褒められて伸びる子なのっ!」
「努力と結果が伴えば褒めてあげるよ~」
「ムッキーーーッ!!」
すっかりお猿さん状態になったアイリスは、その場で地団駄を激しく踏み鳴らした。そんな姿を見ながら、エリカさんがぽつりと呟くのだった。
「この子ったら、プライドだけは人一倍高いから、人から見下されるのが一番大嫌いなのよねぇ……」
私たちはダンジョンへと入った。
場所は二階層――一階層だと、一般人がダンジョン体験ツアーなどで大勢押しかけている場合があるからだ。二階層ならそうした観光客も少なく、少なくともテーマパークのような人混みで混雑するようなことはない。
「……はぁ、なんか久しぶりね。この花畑エリア。最近はずっと見渡す限り木ばかりの森林エリアだったから」
「……なによそれ。嫌味のつもり?」
アイリスは私の何気ない呟きを捻くれて捉えたのか、トゲのある言い方で返してきた。
「嫌味じゃないわよ。ただの素直な感想。一階層から三階層までが『チュートリアルエリア』って言われてる意味が、改めてよく分かったってこと」
見通しの良い花畑エリアなら、モンスターがどこから襲ってくるのかが一目で把握できる。森林エリアだと木々の隙間からヌルッと現れるモンスターもいて気を抜けない場面もあるが、幸いおっさんAIの索敵のおかげで事前に対処できるため、危機的状況に陥ったことは一度もない。
「…………やっぱり嫌味じゃん」
アイリスはなおも不満そうに口を尖らせる。
そう言えば、私たちがアイリスとエリカさんに初めて出会ったのも、この二階層だったことを思い出していた。
「……ねえ、もしかしてだけど。アイリス、あんたら二階層以降からまともにモンスターと戦闘してない……なんて言わないわよね?」
「うっさいわねっ! 私の戦闘スタイルがどうだろうと勝手でしょっ!」
図星だったのか、アイリスは顔を真っ赤にして声を荒げた。
うそでしょう……? 本当に戦闘を全部回避して、逃げ惑うだけで十二階層まで行ったっていうの!?
いくらドローンの索敵能力が優秀だったとしても、戦わずに逃げ回るだけでそこまで行けるものなの!? 私はある意味、この二人の生存能力の高さに驚愕していた。
「さあ、ここなら周りに迷惑もかからないと思うよ。誰から誰とやろうか?」
相変わらずやる気の欠片も見せない癖に、妙に戦闘意欲だけは高いマオさんが聞いてくる。
「私はこいつの本当の力を知りたいのよ! あんたらが前にやったっていう模擬戦形式で見せてみなさいよ!」
アイリスは私をバッと指差し、そんな提案をしてきた。
「ってことなんだけどぉ~、スイちゃんはどう? 前のリベンジ、やってみる?」
「リベンジも何も、あの時とは前提条件が違いますよ。あの時はヒマリからのバックアップがあったんですから」
「それでも、二十階層まで上がって来られるだけの実力はついたんでしょう? 前にここで戦った時とは違うところを、ボクに見せてほしいなぁ」
マオさんにそう言われ、私はふと懐かしさを覚えた。
そういえば、私たちがマオさんたちと初めて模擬戦をしたのも、この二階層だった。なんだか不思議と縁のある場所だと思い、私は密かに笑みを浮かべた。
「分かりました。……ご期待に添えるかどうかは分かりませんが、マオさん――」
私は今や手足のように馴染んだ愛用の旗槍(長棒状態)をバトンのように滑らかに振り回し、その機能の一つであるエネルギー刃を『シュンッ』と展開させ、十字槍形態へと変化させる。
「あの時とは一味違うってところをお見せできるよう、頑張らせていただきます」
私は先端の刃を、マオさんに向かってピタリと構えた。
「――ッ。うん……じゃあ、やろうか」
やる気のない態度はそのままに、マオさんの瞳の奥が一瞬だけ――獲物を狙う獰猛な肉食獣のように鋭く光った気がした。
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