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No.80活動記録:鉄扇のロマンと、二本目の傘



No.80活動記録:鉄扇のロマンと、二本目の傘




 店内に一歩足を踏み入れると、相変わらずそこは「魔道書店」とは思えない不思議な空間だった。


 本棚が立ち並ぶ本屋というよりは、高級宝石店のように煌びやかなショーケースがいくつも並べられている。

 

 「いらっしゃいませ。またお越しいただき、誠にありがとうございます」


 「はい、また来させていただきました……って、顔を覚えていてくださったんですね! 今日でまだ三回目だというのに」


 「当店でご案内させていただいたお客様の顔は、すべて覚えておりますよ。一番最初にお越しいただいた時は、そちらのドローンをお連れになっていらっしゃいましたね。二回目はドローンがおらず、他のお連れ様とご一緒に」


 「すご……ッ!」


 本当に細部まで覚えているのね!? 店員さんの並外れた記憶力に、私は思わず脱帽してしまった。


 店員さんは私の驚く顔を見て、上品な微笑みを浮かべる。


 「本日のご来店の目的をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 「あ、はい! 以前買えなかった防御系の魔道書と、攻撃系の魔道書を買いに来ました」


 「あちらの商品ですね。ご要望の変更等はございますか?」


 「いえ、以前見せていただいた通りの内容でお願いします」


 「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 店員さんが奥の保管庫へと向かうと、私は感嘆のため息を漏らした。


 「……すごいわよね。たった二回しか来ていないのに、そこまで完璧に覚えているなんて」


 『まあ、客商売やと下手したら一回こっきりで二度と来ん客も多いからな、店側の人間から「何年も前に一度来た貴方の顔を覚えてました」なんて言われたら、客としてはやっぱり嬉しゅうなるやろ?』


 「なるほど……。確かにそれはすごく嬉しいわね」


 『まあ、一種の営業戦略やって言ってしまえば、それまでなんですけどな』


 「……今までの感動を返してほしい言葉ね」


 『ハハハ! まあ店の人間としては客に対する必死のアピールですわ。さっき通りすがりに会ったトアはんの店も、ある意味そういう戦略的なアピールみたいなもんですし』


 「うっ……そう言われるとそうかも……」


 「ですが、お客様一人ひとりへ確かな心配りを届けるための真心であることに違いはございませんよ」


 私とおっさんAIがそんな会話をしていると、いつの間にか奥から戻ってきた店員さんから、くすりと笑い混じりの言葉が返ってきた。


 『おや、聞こえてましたか』


 おっさんAIが白々しくそう言うと、店員さんは気分を害する様子もなく、柔らかい笑顔を返してくれた。


 「お待たせいたしました。こちらがご要望の魔道書となります。内容をご確認いただけますか?」


 丁寧に高級感のあるトレーの上へと載せられた三冊の魔道書。


 効果や属性などは以前一度確認しているけれど、一応注文通りかどうかの確認を行う。


 「はい、間違いありません」


 三冊とも、事前におっさんAIと一緒にリストアップして「買う」と決めていた魔道書で間違いない。


 「スイちゃん! サクラも見たいー!」


 サクラが横からひょっこりと顔を出し、トレーの上の魔道書を見せてほしいとおねだりしてきた。


 「いいけれど……これに書かれているのって、魔法の効果とか有効範囲とかの細かい仕様書みたいなものよ?」


 「それでも良い! サクラの新必殺技のアイデアになるかもしれないから!」


 ……買ってダンジョンで試せば、嫌でも後から色んなアイデアが湧き出てくるくせに。


 私は苦笑しつつ店員さんに軽くアイコンタクトで確認を取ってから、サクラに魔道書を手渡した。サクラは一心不乱に魔道書の中身に目を通し始めている。


 「ご要望のお品は以上となりますが、他に何かご入り用でしょうか?」


 「いいえ――」


 本来なら、この三冊のみで会計を済ませるつもりだった。


 けれど私の口からは、無意識のうちに別の言葉が溢れ出ていた。


 「――『空白の魔道書』って、こちらに置いてあったりしますか?」


 「『空白の魔道書』でございますか……。あちらは魔法としての発動効果を持たず、また市場に出回ることも極めて稀な稀少品でございまして。大変申し訳ございません、現在の当店の在庫ではお客様のお力添えが叶わない商品となっております」


 店員さんは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


 「あ、いえいえ! もしあればいいなぁ……くらいの軽い気持ちで聞いたので! なければないで大丈夫です、本当に!」


 恐縮した私は、慌ててぺこぺこと店員さんに頭を下げ返した。


 空白の魔道書が手に入らなかったのは少し残念だけれど、購入した三冊の本物の魔道書はダンジョンギルドの私たちの専用預かり所へと送られる、そうして私たちは店を後にしてトアさんのお店へと足を向けた。


 「……スイ。やっぱり気にしてんのか?」


 歩いている最中、スズカが私にそっと耳打ちするように話しかけてきた。


 私は前方で楽しそうに歩くサクラの背中を見つめながら、溜息交ちに呟く。


 「そりゃあね……。魔法も発動しないし、使い道すら分からない魔道書だとは言われていたけれど、サクラがガチャで引き当てた大切なアイテムなのよ? それをみすみすあの窃盗男に盗られたと思うと、いまだに腹が立って仕方がないのよ」


 (……もしあの十階層の遺跡から出てきたら、一発どころか十発くらいぶん殴ってやるんだから……っ!)


 窃盗犯への恨み言は一旦ここまでにして、私たちはトアさんのショップ『ユニアム』へと到着した。


 店内に入ると、先ほどの綺麗な魔道書店とは打って変わり、相変わらず多種多様な珍品や魔道具が雑多に所狭しと並べられている。


 「やあ、いらっしゃい。待っていたよ」


 店に入ると、トアさんが笑顔で出迎えてくれた。


 「一応、ウチで取り扱っているものを三種類用意させてもらったよ」


 事前に準備してくれていた台の上には、美しい三本の和傘が整然と並べられていた。


 「左から順に『和傘』『番傘』『日傘』となるね」


 「まあ……とても素敵な色合いですね」


 ヒマリが傘をまじまじと見つめ、思わず感嘆の声を漏らす。


 「あはは、そう言ってもらえると取り揃えた甲斐があるよ」


 「この三種類には、具体的にどのような違いがあるのですか?」


 「そうだね。一番左の和傘は、雨除けや日除けとして使われる伝統的なタイプだね。あとは舞踊の小道具なんかでも使われるよ。真ん中の番傘は、和傘よりもかなり骨組みが太くて強固な作りになっているやつだ。君たちが『和傘』と聞いて真っ先にイメージするのは、たぶんこの番傘だと思うよ。右の日傘は文字通り日除け用だけど、もちろん雨除けとしても十分使えるよ」


 「そうなんですか……。ヒマリ、どれか気に入ったものはある?」


 「色合いはこの三種類だけでしょうか……?」


 「ごめんね、いま即納できる和傘シリーズはこの三本だけなんだ。もし色合いが気に入らなければ特注で注文を受けるけれど……そうだね、手元に届くまで一ヶ月ほどかかってしまうよ」


 「一ヶ月、ですか……」


 ヒマリが少し困ったように私の方を見てきたけれど――


 「……一ヶ月も二十階層へ行くのを待つのは、たぶんこの前衛二人には耐えられないと思うわよ?」


 案の定、スズカとサクラは「何か面白いものはないか」「スーちゃんこれ変わってるよ!」「なに!?どれだ!」と店内をウキウキで物色中だった。


 「そうですね。お二人をそれほど長く待たせるのも無粋でしょうし。それならば一番左の『和傘』にいたします。こちらでしたら、私が普段から舞踊で使わせていただいているものと感覚がとても似ていますから」


 「良いの? そんな即決にしちゃって」


 「はい。色合いは『もし好みのものがあれば良いなぁ』くらいに考えていただけですので」


 「そう? なんだか無理をさせちゃって悪いわね……」


 「へぇ、ヒマリちゃんは舞踊をやっているんだね。だったらお詫び……というわけじゃないけれど、こういった品もあるけれど、どうかな?」


 トアさんは一度奥のバックヤードへと引き込むと、再び別のトレーを恭しく抱えて戻ってきた。


 「……扇子、ですか?」


 トレーの上には、洗練されたデザインの扇子が数種類、美しく並べられていたのだった。


 「こちらは夏用、舞踊用、お祝い用、そしてこれが『鉄扇』と呼ばれる武器だね」


 「えっ!? 扇子って武器なんですか!?」


 「あはは、スイちゃんナイスな反応だねぇ。戦国時代だと武将が暗器(隠し武器)として持っていたとされるよ。だから暗殺や護身用の武器としては、なかなかロマンがあるんじゃないかな」


 「なんだなんだ!? 何にロマンがあるんだ!?」


 店内の物色に夢中だったスズカが『ロマン』というワードを聞きつけたのか、目を輝かせてこちらへやって来た。


 「何にロマンがあるんだって!?」


 「落ち着きなさいってば。……スズカは知ってる? 扇子って武器になるらしいんだけど」


 「知ってる知ってる! 鉄扇だろ? 無双ゲームで華やかな女キャラが武器として持ったりするよな!」


 「そ、そうなの……?」


 私はゲームをあまりやらないので、イマイチピンと来ない。


 「これって、武器としては強いの?」


 「う~ん……強いっていうのかなぁ?どっちかっつうと、真正面から殴り合う武器じゃねぇな。技術で勝つタイプだ」


 スズカが首を捻りがから言うと、トアさんがフォローするように補足してくれた。


 「扇子は武器としては決して強くはないよ。刀剣類のような鋭い刃があるわけではないし、敵との間合いが取れるほどリーチが長いわけでもないからね」


 「えぇ……!? じゃあなんでお店に置いてあるんですか?」


 「まあ、そこは一重に『僕の趣味』と言ってしまえばそれまでだけど……扇子は敵が自分の懐(間合い)に入り込んできた時に、とっさに攻撃を防ぐための防御手段として用いられるものなんだ。あとは携帯性かな。これ、どう見ても武器には見えないだろう?」


 「まあ、そうですね。どう見てもただの優雅な扇子です」


「モンスター相手にはそこまで効果がないけれど……対人戦闘、君たちトラベラー同士でいざこざがあったりしたかい?」


 「まあ……多少は……」


 「そっか。なら分かるとは思うけれど、人相手だと想定外の動きをされることが多い。そうした時に、普段使っている大きな武器だと取り回しが間に合わなくて防げない……なんてことがある。そんな時に意表を突いた防御や攻撃を繰り出すには、かなり有効打になるんだよ」


 トアさんの説明を聞いて、私は以前、先輩トラベラーである大上嶺(おおがみ・れい)さんと猫神真央(ねこがみ・まお)さんとの間で行った模擬戦を思い出していた。


 あの時、圧倒的な格上であるお二人に対し、こちらは三人で挑んだにもかかわらず、ほとんどマオさん一人に圧倒されてしまったのだ。


 そこで私は、あの時まだ二人に見せていなかった『伸縮棒』を繰り出し、マオさんを一瞬だけ驚かせることができた。


 ……まあ、結果は手も足も出ずに惨敗だったのだけれど。


 いまあの二人と戦ったら……ううっ、やっぱり分からない。あの時だって、お二人は全然本気じゃなかったのだから。せめて次にお手合わせしてもらう時は、本気を出させたいものだけれど。


 「……なるほど。そういうことですか」


 ヒマリちゃんは何かを強く思案するように、深く深く考え込んでいた。


 そして、意を決したように私へと向き直る。


 「……スイちゃん。もし宜しければなのですが――」


 「その扇子も買いたいんでしょう? 良いわよ!」


 「宜しいのですか……!?」


 「ヒマリが戦力アップしてくれるなら、パーティとしては大助かりなんだから! 遠慮しないで」


 「話は決まったかな? 頑丈さで言えば鉄扇が一番だけど、その他の扇子も普通の品とは違って、それなりの耐久性と魔法特性を持ち合わせているよ」


 トアさんの説明を受け、ヒマリちゃんは意を決して、美しい和の意匠が施された一つの扇子を手に取った。


 「それではこちらを、購入させていただきたいと思います」


 「毎度ありがとうございます!」


 トアさんはいつもの営業スマイルではなく、上機嫌で顔をほころばせるのだった。






挿絵(By みてみん)

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