No.8活動記録:ハズレ魔道具のマリアージュ
No.8活動記録:ハズレ魔道具のマリアージュ
「ちょっ!? ちょっと待ちなさいよ! いっぺんに、一気に出てくるんじゃないわよぉおおおッ!!」
私の叫び声が、美しかったはずの花畑に虚しく響き渡る。
私の周囲を、フグのように膨らんだ巨大なネズミ『バウンシーラット』がスーパーボールのごとき勢いで跳ね回り、地面からは対空砲撃のような速度でモグラの『ディグモール』が次々と飛び出してくる。さらには、頭上から紫色の禍々しい鱗粉をバラまきながら、巨大な蝶『バタフライミスト』までが舞い踊っていた。
まさに、一階層の危険なモンスターたちによるフルコース、大盤振る舞いの大集結である。
「ええっと、ええっと、どうしましょう、どうしましょうかスイちゃん!?」
『スイはん! これ流石にまずいですわ! アカンようならプライド捨てて逃げるのも立派な手やで!』
「スイちゃん! サクラもなにか、なにかお手伝いする!? ピンクのメモ帳で叩く!?」
「いいからあんたたちは後ろに下がってなさい! 攻撃手段が素手の二人が前に出るのは危険すぎるわ! ……無理そうなら私もシールドを構えて下がるから、いつでも全力で逃げられる準備だけはしときなさい!」
押し寄せるモンスターの群れに盾を構えて必死に応戦しながら、私は声を張り上げる。
「わ、わかりました! サクラちゃん、私たちは一歩下がって――って、サクラちゃん……?」
「ヒマリちゃん……なんか、サクラのポケットの中のメモ帳が、さっきからすっごく光ってるの……」
まさに絶体絶命の危機。
――けれど、こんな大参事を引き起こしてしまった原因は、やはり、ほんの数分前の出来事にあった。
前回の戦闘で無抵抗な最弱虫を一方的に殲滅したことで、私がちょっぴり調子に乗ってしまっていたことは、今なら素直に認めよう。
そこに「ネズミが一匹だけぽつんと浮いている」のを見つけて、油断して突入してしまったのが、すべての始まりだった。
数分前。私たちが再び花畑エリアをのんびりと探索していると、頭上のおっさんAIがスピーカーを鳴らして報告を上げてきた。
『おっ、なんや? あないなところに「バウンシーラット」が一匹だけでプカプカ浮いとるなんて、珍しいこともあるもんやな』
「え、モンスター?」
私はドローンカメラのレンズが向く先へと視線を走らせた。
どういう原理の力で浮いているのかは分からないけれど、まるでトゲのないハリセンボンのように身体を真ん丸に膨らませた大きなネズミが、風船のように空中をゆらゆらと漂っていた。
「一匹……だけね。一匹なら、さっきの応用で大したことはないかしら?」
『せやなぁ。スイはんは突刺に特化したプッシュナイフを持っとるから、風船を針で割るような感覚でいけるやろ。ここいらで、実際の生きもんを武器で仕留める『殺る』感覚を養っておくにはちょうどええんとちゃうか?』
「……。……ちょっと、そんな嫌な言い方しないで頂戴。せっかくの決心が鈍るじゃない」
私が顔を引き攣らせると、サクラがウンウンと深く首を縦に振った。
「そうだよねぇ。もし光の粒子になって消えずに、生々しいネズミの死体とかが残るシステムだったら、絶対にスイちゃんはショックで大泣きして、ダンジョンには二度と来られなくなってたと思うの」
「なっ……!」
さすがは長年の幼馴染である。サクラは私のガラスのメンタルと、見栄を張りたがる性格を完全に、そして的確に突き刺してくる。
「……」
「スイちゃん。本当に、無理はしなくても良いんですよ?」
ヒマリが私の手元を心配そうに見つめながら、そっと肩に手を置いてくれた。
「ダンジョン配信者だけが、トラベラーの道ではありませんから。お料理配信でも、お喋り配信でも、私たちはスイちゃんについていきますからね?」
「……ダメよ。私は『一流のダンジョン配信者』としてやっていくって決めたの! このくらいの、最初の最初のステップでへこたれてたまるもんですか!」
二人の優しさとイジワルに背中を押され、私は愛盾を強く握り直した。
「ヒマリ! さっきのバフスキル、もう一回私にお願い!」
「わかりました……! 頑張ってください、スイちゃん!」
ヒマリの凛とした美しい詠唱が響き、私の身体に再び力強いエネルギーが満ちていく。
そうして私は意気揚々と、空中をプカプカと浮いている、あの間抜けた見た目のバウンシーラットの下へと勢いよく駆け出していったのだった――。
私は左手の盾籠手から引き抜いたプッシュナイフを逆手に構え、空中にプカプカと浮かぶバウンシーラットを目がけて鋭く踏み込んだ。
ヒマリのバフによって強化された筋力を拳に込め、抉り込むようにして刃を突き立てる。
「――そこっ!」
「キュィィイイイイイッ!?」
丸々と膨らんでいたラットは、風船が割れるような甲高い悲鳴を上げ、一瞬で光の粒子となって消滅した。その場には、ぽつんと小さな『晶石』だけが転がっている。
「……ふぅ。やったわ。一撃よ」
「あ、ダメ。スイちゃん、それ完全にフラグ」
「ちょっとサクラ、何言ってんのよ? 現にこうして一匹でいたのを綺麗に倒したんだから、そんなわけないでしょ――」
私が安堵の息を漏らして振り返ろうとした、その瞬間だった。
頭上のおっさんAIが、スピーカーの音割れも厭わずにけたたましい警告音を鳴らした。
『スイはん! アカン、周囲から複数のバウンシーラットの生体反応や! こっちへ向かって猛スピードで接近しとるで!』
「ええっ!? な、なんでよ!?」
『たぶんやけど、最後にあのラットが鳴いた高周波の悲鳴を聞きつけて、近くの仲間が駆けつけてきよったんやろ! 本来バウンシーラットは群れで行動する習性があるさかい、一匹でポツンと浮いてる時点で「おかしいな」と思てんやわ!』
「そういう重要な考察は、突っ込む前に言いなさいよこのバカAI――ッ!!」
周囲の草むらがガサガサと激しく揺れ、ポーンポーンとスーパーボールのように楽しげに跳ね回る、十数匹の丸いラットたちが姿を現した。
跳び跳ねている姿自体はちょっとコミカルで可愛い……なんて言っている余裕はない。私はすぐさまシールドガントレットを正面に構え、迎撃体制をとる。
「キュイィッ!」
一匹のラットが弾丸のように突っ込んできた。それを盾の真芯でガチリと受け止める。ズシリとした重い衝撃が腕に伝わるが、『騎士』のジョブ補正のおかげか、軸はブレない。
私は盾の裏からナイフを突き出し、そのまま一歩前へ足を踏み出そうとした。
――ズブッ。
「……え?」
その瞬間、私の右足が、不自然なほど柔らかい土の中に深く沈み込んだ。
足元が取られたことで身体のバランスが大きく傾き、ナイフの刺突が虚しく空を切る。
『あかん! ディグモールや! 足元気いつけや!』
「だからもっと早く言いなさいってば!!」
私の足元で、地面が爆発したようにドカンと土煙を上げた。
土を撥ね退け、地中からラグビーボール大の黒い塊が高速で飛び出してくる。私はとっさに盾を下方に引き戻して防壁を作ったが、ドンッ!!という凄まじい突き上げの衝撃が身体を襲い、私の華奢な身体が一瞬だけ宙に浮いた。
「スイちゃん! 上から来ます、上を見て!!」
後方からヒマリの悲痛な叫びが聞こえる。
宙に浮いた無防備な姿勢のまま、私は必死に視線を上空へと向けた。そこには、不気味にギラギラと輝く巨大な翅を羽ばたかせ、紫色の粉を降らせながら急降下してくる大きな蝶の姿があった。
『バタフライミストや! なんやこれ、一階層のモンスター勢が勢揃いで大盤振る舞いかいな!? 本日限りのスーパーバーゲンセールかいな!?』
「嬉しくないバーゲンセールよ、バカ!!」
「スイちゃん大丈夫!?」
サクラが遠くから心配そうに声をかけてくれるが、もはや応える余裕なんて1ミリもない。
私は地面に着地すると同時に、迫り来るラットをナイフで刺し、下から突き上がってくるモグラを盾で弾き、上空からの毒鱗粉を避けるためにのけ反るという、限界ギリギリの荒業をひたすら繰り返す。
『はぁー、しかしなんやなぁ。これだけの初陣でこれだけピンポイントにモンスターを引き寄せるなんて、スイはん、配信者として「もっとる」のかも知れへんで?』
「いらないわよそんなクソみたいな幸運は! ああもう、いい加減にしろぉおおお!!」
――そうして、私の怒りと絶望の叫びが、再び最初(冒頭)へとループする。
「いっぺんに、一気に出てくるんじゃないわよぉおおおッ!!」
私の叫び声に呼応して、さらに周囲のヘイトを集めてしまったのだろうか。気のせいか、草むらから飛び出してくるモンスターの数がさらに増えた気がする。
『アカンなぁ! 声に引き寄せられて、かなり数が増えてきよったで!』
「ええっと、ええっと、どうしましょう、どうしましょうかスイちゃん!?」
『スイはん! これ流石にまずいですわ! アカンようならプライド捨てて逃げるのも立派な手やで!』
「スイちゃん! サクラもなにか、なにかお手伝いする!? ピンクのメモ帳で叩く!?」
「いいからあんたたちは後ろに下がってなさい! 攻撃手段が素手の二人が前に出るのは危険すぎるわ! ……無理そうなら私もシールドを構えて下がるから、いつでも全力で逃げられる準備だけはしときなさい!」
押し寄せるモンスターの群れに盾を構えて必死に応戦しながら、私は声を張り上げる。
「わ、わかりました! サクラちゃん、私たちは一歩下がって――って、サクラちゃん……?」
「ヒマリちゃん……なんか、サクラのポケットの中のメモ帳が、さっきからすっごく光ってるの……」
サクラが戸惑いながら制服のポケットに手を突っ込み、例のピンクのメモ帳を取り出した。
するとどうだろう。安売りワゴンで買ったはずの安っぽいメモ帳が、まるで小型の太陽でも閉じ込めたかのように、煌々と眩い輝きを放ち始めたのだ。
『ま、まさかそれは……!?』
上空のドローンカメラが、レンズを限界まで見開いて驚愕の声を上げた。
「え!? なになに!? なんか変なことになってるの? おっちゃんAIさん!?」
『ああ、って、ちゃうわ! サクラはん、それは『存在進化』や!!』
「レベルアップ!?」
『せや! トラベラーが戦ってスキルアップするのと同じようにな、ダンジョン産の魔道具(遺物)にも、稀にその価値や機能が跳ね上がる現象があるんや!』
「じゃあ、サクラのメモ帳は強くなったの!?」
『ああ、レベルアップしたんやろ! しかし驚いたで、普通はアイテム同士を専用の錬金釜とかで融合させて起こるもんなんや。一体何をしたんや、サクラはん!?』
「え? ただポッケに入れといただけだけど……あ!? さっきスイちゃんがゴミって言ってた、あの光る石(晶石)も一緒に突っ込んでた!」
『それや!! その低ランク晶石の力と、ハズレ魔道具であるメモ帳の特性が、サクラはんのポッケの中で奇跡的に美味い具合に噛み合ってレベルアップしたんやろ!』
「じゃあじゃあ! これでスイちゃんを助けられるの!? 凄い大魔法とか出せる!?」
期待に目を輝かせるサクラに、しかしおっさんAIは冷徹に体を回した。
『いや……。冷静に考えてみぃ、それは無理や』
「なんでぇ!?」
『よう考えてみぃ。元が『どれだけ破っても紙切れが起こさん(無くならない)だけのメモ帳』やぞ? それがいくらレベルアップしたところで、その効果が強化されるだけや。書ける総ページ数が増えるか、あるいは破り取った紙が数秒で消えずに、消滅までの時間がちょっいと延長するくらいが関の山やろう』
「どうしてよぉ!」
『いや、だってそれ、最底辺ランクのハズレ魔道具やぞ? そんなアニメみたいに都合の良い一発逆転展開、現実のダンジョンであるわけないやろう。……まあ、配信のネタ的にはめちゃくちゃオイシイ画ではあるけどな、サクラはん!』
「それじゃ意味ないの!? ううっ、これが最初からちゃんとした魔道書だったら役に立ったかもしれないのに……っ。サクラのバカ!バカ!」
「サクラちゃん、自分を責めちゃダメですよ! 今はスイちゃんを信じ――って、サクラちゃん……? あの、そんなにムキになってメモ帳をペラペラしてると……あれ? 私の目の錯覚ですか?」
『嫌、ちゃうで!? ちょっと待て、ど、どう言うこっちゃ!? 何が起ことるんやアレは!?』
悔しさに涙目を浮かべたサクラが、親指でピンクのメモ帳のページをバラバラバラバラッ!!と高速で捲り始めた。
サクラがページをめくればめくるほど、メモ帳から溢れ出す光の濁流が、どんどん、どんどん強くなっていく。
「何が……!?」
『何が起ことるや、これぇええええッ!?』
視界が真っ白に染まるほどの閃光のなか、サクラの手元から、信じられないモノが飛び出そうとしていた――。




