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No.7活動記録:狂戦士みどりの爆誕と、ポケットの中の光




 No.7活動記録:狂戦士みどりの爆誕と、ポケットの中の光




 本格的なモンスターとの初戦闘バトルを行うため、私たちはダンジョン1階層――通称『花畑エリア』の緩やかな丘を歩いていた。


 「……なんというか、すっごく長閑のどかね」


 「そうですね。見渡す限り一面の花畑ですから、ダンジョンというよりは綺麗なピクニック会場にでも来たみたいです」


 「モンスター、全然いないねー」


 サクラがのんびりと頭の後ろで手を組みながら周囲を見回す。その頭上をブンブンと飛び回っていたドローンカメラが、レンズの目を細めてスピーカーを鳴らした。


 『いやいや、油断したらあきまへんで。この辺のエリアやったら、主に小動物系か、あるいは「虫系」のモンスターがうろちょろしとりますさかいに』


 「――ッ!? む、虫ぃい!?」


 その単語を聞いた瞬間、私は自分の愛盾を抱え込むようにして、目を見開いて飛び退いた。


 「す、スイちゃん落ち着いてください! まだ出てくると決まったわけじゃなくて、出てくるかもしれないっていう、ただの例え話ですからね!?」


 『おや、なんや。スイはんは虫系のグラフィックがダメなクチでっか?』


 「スイちゃんはねー、虫が大の苦手なの! あとね他にもね、お化けとか、うねうねした生き物とか、苦い野菜とか――」


 「ちょっとサクラ、私のプライベートなNGリストを余計なAIにバラすんじゃないわよ!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ私に、おっさんAIは『へえへえ、堪忍堪忍』と気楽に体を回す。私はコホンと一つ咳払いをして、防衛体制ガードの構えを取り直した。


 「私のことはどうでもいいのよ。それより、具体的にどんなモンスターが出てくるの? 少しでも心構えと対策があったほうが、精神的に楽になるわ」


 『ほな、頼れるサポートAIのわてが解説させてもらいますわ。まず、このエリアでよく遭遇する動物系のモンスターは二種類でっせ。一匹はラット系の「バウンシーラット」。こいつは危険を察知すると風船みたいにパンパンに体を膨らませる奴でな、柔軟性が凄すぎて打撃系の攻撃にはめっぽう強いさかい、叩くときは気いつけてな。でもう一匹が「ディグモール」っちゅうモグラや』


 「モグラ……ってことは、地面の下にいるの?」


 『その通り。地面がちぃとでも「不自然に柔らかい」と思うたら、そこは地雷原やと思て警戒しなはれ。土を撥ね退けて、跳び箱を跳ぶような勢いで飛び出して襲ってきよりますわ』


 「なるほど、地面の硬さね。しっかり見ておくわ。で……問題の、その、虫系は……? 出来れば、うにょうにょした芋虫系とか、あの、例の黒くて素早い『G』系統だけは本当に勘弁してほしいんだけど……っ」


 想像しただけで鳥肌が立ってきた私に、ドローンカメラは『ははは!』と豪快な笑い声を響かせた。


 『安心しなはれ、お嬢ちゃん。あの黒い俊足の悪魔(G)はこのエリアには生息してとりまへん。ここに居るのは、基本的には空中を飛ぶタイプや。まずは「バタフライミスト」っちゅう、綺麗な鱗粉を撒き散らす大きな蝶やな。ただ、こいつの鱗粉には軽い麻痺毒があるさかい、吸い込みは絶対に厳禁やで。……で、もう一匹の虫系に関しては、正直、無視してもうてもエエくらいやな』


 「え? 無視していいって、なんで?」


 『こいつはな、数あるモンスターの中でも珍しい「ギルド公認・完全無害認定」されてる奴なんですわ。ただ無駄にデカくて、飛び方が鬱陶しいだけの雑魚虫ですわ』


 「もしかして、手足がすっごく長くて、大きなの化け物みたいなやつ? それならこの前、ダンジョン入り口でサクラたち見たよ?」


『ほう、それはそれは! 初手がそいつやったらラッキーでしたなぁ。あれは自分から攻撃せえへんし、ただフラフラ飛んどるだけや。だから初心者でも簡単、確実に倒せる。ギルドでの正式名称は「ルーザーフライ」――トラベラーたちの間では通称「負け飛び虫」なんて呼ばれてますわ。あれにすら勝てんようなら、さっさとトラベラーなんて廃業して実家に帰った方がええって言われてるくらいの、最底辺の引き立て役や』


 おっさんAIがそう説明した瞬間、サクラが、スウッと、もの凄く哀れみを含んだ生温かい目で私を見てきた。


 「……スイちゃん」


 「……。……な、何よ。そのルーザーフライが自分から攻撃してこない大人しい奴だって言うなら、私だって平気よ! 全然怖くないわ!」


 「ええー? でもでも、スイちゃんってば嫌いな見た目のものがいっぱいあるでしょう? さっきカガンボって聞いただけでちょっと顔引き攣ってたよ?」


 「大丈夫よ! やれるわよ! やってやるわよ! 見てなさい、私の『騎士』の初期スキルのデバフ(虫嫌い)なんて、気合と根性ではね退けてみせるんだから!!」


 「ふふ、その意気です。頑張りましょうね、スイちゃん」


 『お、理由はなんやよう分からんけど、急にめちゃくちゃやる気に満ちあふれてきましたな! ええ画が撮れそうですわ、応援しとりますでぇ!』




 ☆★☆★☆




 「……スイちゃんが、バーサーカーになっちゃった」


 「あらあら。ずいぶんと荒々しいですね……」


 『的にはめちゃくちゃおいしいかも知れへんけど、あの言葉遣いは配信者として完全に規約NGアウトやろ。後でこっちで分厚いピー音入れて編集しときますわ』


 遠くの方で、凄まじい風切り音と共に少女の狂ったような叫び声が木霊している。


 「アッハハハハハハハッ!! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ねぇええ! このクソムシどもがぁあああああッ!!」


 そこには、眼前のカガンボ――もとい、大量の『ルーザーフライ』の群体を相手に、狂気を撒き散らしながら武器を振り回すスイの姿があった。


 どうして、こうなってしまったのか。


 時計の針をほんの数分前へと巻き戻す。


 穏やかな花畑を歩いていたその時、ブブブブッ、という、細かく高い不快な音が私の耳に飛び込んできた。私は防衛本能の赴くまま、即座に身構えて周囲をギョロギョロと確認する。


 「どうかされましたか? スイちゃん」


 「……虫の、羽音が聞こえた」


 「羽音? ……うーん、サクラの耳には何も聞こえないけどなぁ?」


 「絶対に聞こえたのよ! ……ちょっとAIのあんた、そっちのセンサーでは分からないわけ!?」


『わてでおまっか? 貸出用の廉価版やから探索機能はさほど強くはないさかい、あんまりアテにせんといて……って、おぉっ!? スゴいわぁスイはん、ホンマに聞こえてたんやな! ここから直線距離で百メートルくらい先に、ルーザーフライの群体が固まっとるで!』


 「よし。じゃあ、そこは完全にルートから外して、全力で避けましょう」


 「スイちゃん……。それは流石に、超人気配信者(予定)のムーブとしてどうかとサクラは思うの」


 『せやせや。あんな最弱のザコモンスター、適当に目の前で手を振っとるだけでバッタバッタ倒せるレベルでっせ? いくら虫嫌い言うても、何もしてこうへん無害な相手に逃げ腰は格好悪いですわぁ』


 「……っ! わかったわよ! やるわよ! やってやるわよ! ヒマリ! 悪いけど、さっきのスキルを私に掛けて!」


 「は、はぁい。わかりました!」


 ヒマリに例の長い現代詩を詠唱してもらい、複合バフ『焔の火種フレア・シード』を私の身体へと注ぎ込んでもらう。


 カチリ、と音がして、私は左手のガントレットシールドに内蔵されている隠し刃――プッシュナイフを力強く引き抜いた。


 『おっ、準備は万端やな。なら、サクッといてこましてきなはれ、スイはん!』


 「いけいけスイちゃん! がんばれスイちゃん!」

 「行ってくるわよ! 次世代のトップ配信者、元樹みどりの輝かしい初戦闘バトル、特等席でじっくり見てなさいよ!!」


 私は地面を蹴り、雄叫びを上げながらルーザーフライの群体へと突撃していった。


 十数匹がフラフラと固まって飛んでいる真っ只中へと飛び込み、目を瞑りながら遮二無二ナイフを振り回す。


 ベチャッ、という感触と共にナイフの刃が直撃し、一匹のルーザーフライが地面へと墜落。そのまま光の粒子となって消滅した。


 「……あ。……ふふ、ふふふふ。なーんだ、やれる。私だって、やれるじゃない……! あーっはははははははは!!! さあ覚悟しなさい、この不快害虫ども!! 一匹残らず駆除してやるぅううううッ!!」


 ――そして、現在に至る。


 返り血ならぬ光の粒子を浴びながら笑顔でナイフを滅多刺しにするスイを、後方に残された三人は冷ややかな目で見守っていた。


 「……スイちゃんが、完全にバーサーカーになった」


 「あらあら。ずいぶんと荒々しいですね……」


 『あー……アレですわ。たぶん、ヒマリはんのスキルで「精神高揚」が、本人の「虫への恐怖心」と混ざり合って、変な風にブーストかかって効いてもうとるんですわ』


 「えっ、大丈夫なんですか、それ!? 何か精神的な副作用とかは……?」


 『あー、ないない。デバフやなくてバフ効果やから身体への害はありまへん。今はちょいとアドレナリンが出すぎて感情のタガが外れてああなっとるだけですわ。魔法の効果時間が切れれば、スンと元の大人しいスイはんに戻りますわ』


「そうですか。なら、それは少し安心しました」


 ホッと胸をなでおろすヒマリの横で、サクラはスマホのメモ帳をタップしながらニヤニヤと笑っている。


 「ねえねえ、今回の初戦闘のサムネタイトル、これどうかな? 【悲報】無抵抗な最弱モンスターを残虐無比にゴミのように仕留める元樹みどり【閲覧注意】」


 「……サクラちゃん。それをやったら、正気に戻ったスイちゃんは恥ずかしさとショックで絶対に泣いてしまうと思いますよ。止めてあげましょうね」


「ちぇー。せっかくバズりそうな良いタイトルだと思ったのにー」


 すべてのルーザーフライを文字通り駆除(殲滅)し終えた瞬間、私の身体から急速に力が抜けていった。


 私はまるで糸の切れた人形か、あるいはすべての体力を使い果たしたボクサーのように、その場にガタガタと崩れ落ちた。周囲の花畑には、ルーザーフライの残骸の代わりに、彼らがドロップしたらしい光る小さな小石がいくつも転がっている。


 「スイちゃん! お疲れ様です……! ……大丈夫ですか?」


 「……だ、大丈夫。……じゃないけど、大丈夫。……うう、死ぬかと思った……」


 「スイちゃん死にそう。ヒマリちゃんのバフでステータスは上がってたはずなのに、なんでそんなにボロボロなの?」


 『まあ、あれは完全に精神的な疲れやね。激しい感情のジェットコースターに乗ってたようなもんですわ。しばらくすれば息も落ち着くやろうから、ちょいと休んでような、スイはん。あ、戦闘のの方はわてが最高のカメラワークでバッチリ撮っときましたさかい!』


 「……それは、ありがとう。……ふぅ、やっと少し、落ち着いたわ」


 深呼吸をして泥を払い、私はなんとかプルプル震える膝を叩いて立ち上がった。そんな私の横で、サクラが地面に落ちた光る小石を興味深そうにつまみ上げる。


 「ねえねえ、おっちゃんAI」


 『どないしたん? サクラはん』


 「この辺に落ちてる、この綺麗に光る石ってなーに?」


 『ああ、それでっか。ダンジョンのモンスターを倒すと、固有のアイテムをドロップするのはゲーム知識とかで知ってますやろ?』


 「うんうん、お馴染みのやつ!」


 『まあ、このダンジョンでもその認識でエエわ。ここも仕組みは同じでな、モンスターを倒したら何かしらのアイテムが残るんですわ。そのルーザーフライのドロップ品は、通称「晶石しょうせき」言うアイテムなんや』


 「何か使い道があるんですか?」


 ヒマリの知的な質問に、ドローンカメラは空中で縦に揺れて頷いた。


 『ええ質問やで、ヒマリはん! 晶石自体にはそこまで大した価値はあらへんのですわ。ただ、装備品を修理したり、鍛え直したりする時の触媒として必要になる、いわば基礎素材ですな。まあ、他の一般的な魔晶石呼ばれる石でも代用できるからなぁ、ギルドでの交換レートは一番低い底辺のアイテムや』


 「底辺って、どれくらい? これ全部売ったら、千円くらいにはなる?」


 サクラが目を輝かせて両手いっぱいに晶石を拾い集める。けれど、おっさんAIはレンズの目を申し訳なさそうに細めた。


 『……あー、期待させて悪いんやけどな、サクラはん。そこら中に落ちてるそれ、全部合わせても……百円になるかどうかですわ』


 「ゴミね!」


 私は秒で吐き捨てた。あの狂気の戦闘の対価がうまい棒数本分とか、精神的泥沼が深まるだけである。


 「あはは……まあ、まだ一階層ですしね。ちなみに、この一階層に何か価値のありそうなドロップ品や遺物ってありますか?」


 『残念やけど、一階層には売れるようなもんは一切ないで。せめて三階層あたりまで潜らんと、まともな実入りにはなりまへん。まあ、コツコツ小銭を集めるのが好きなら、ええ場所かも知れへんけどな』


 「小銭集めなんかしてたらいつになったらまともな装備品が買えるか分かったもんじゃないわ! ……ねえ、このまま少し無理をしてでも、一気に下の階層へ渡っちゃいましょうか?」


 「スイちゃん、無理は禁物ですよ」


 ヒマリが真面目な顔で、私の無茶を優しく嗜める。


 「装備品はこれからゆっくり揃えていけば良いんですから。今はまず、この一階層でしっかりと戦闘の感覚に慣れることに集中しましょう?」


「……そうね。ヒマリの言う通りだわ。……ほらサクラ、行くわよ。そんな小銭にもならないゴミ石、いつまでも集めてないで!」


 「えーっ! 一円を笑うものは一円に泣くんだよ、スイちゃん!」


 「はいはい。泣いても良いから今は先に行くの! 置いてっちゃうわよ!」


 「はーい!」


 サクラは名残惜しそうに、両手いっぱいの晶石を制服のポケットの中へと滑り込ませ、私の後を小走りで追いかけてきた。


 そのサクラのポケットの中には、さっき買ったばかりの【いくら破ってもなくならないピンクのメモ帳】が入っている。


 晶石が押し込まれた瞬間、彼女のポケットの奥で、二つの『ハズレ魔道具』が共鳴するように一瞬だけ――不思議な淡い光を放ったのだが。


 先を急ぐ私と言い含めるヒマリ、そしてカメラのアングルを弄るおっさんAIの誰も、その小さな異変には気がつかなかった。







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