No.9活動記録:実体化する棒人間と、画面の向こうの男
No.9活動記録:実体化する棒人間と、画面の向こうの男
サクラが親指で超高速で捲ったピンクのメモ帳。その真っ白な閃光の隙間から、にゅるり、と信じられないモノが這い出てきた。
それは、立体的な黒い『影』のような姿をしていた。手足はただの細い線。頭は丸。まごうことなき、サクラが暇つぶしに描いていた――あの棒人間である。
「う、嘘……っ。サクラがさっき描いた、棒人間さん!?」
『ど、どどど、どないなっとるんじゃこれはァアアアッ!? なんで描いた絵が実体化しとるんや!? まさか……まさかあの最底辺のメモ帳が、『魔道書』クラスにまで存在進化したんか!? 嘘やろ、学説的にもあり得へん大ジャンプ現象やぞ!?』
上空でドローンカメラが狂ったように体を回転させ、レンズを激しく明滅させている。
『せやけど、目の前で起きとる現実を否定も出来へん! いや待て、気になるのはそこやない! 百歩譲ってメモ帳が魔道書に化けたとしても、なんで『描いた絵』が具現化するんや!? ……はっ!? そうか、サクラはんの初期ジョブスキル『ブックマーカー』か!! あれの能力真髄は『クイックスペル』――すなわち、本来栞を挟んで抜き取ることで発動する高速詠唱を、サクラはんが行った超高速の魔道書速読! あのパラパラマンガの超絶技巧が、実体化の高速詠唱の役割を果たしたってことかいな!? アハハハハッ! おもろい! めちゃくちゃおもろいやんけぇええ! これだからダンジョン研究は辞められへんのや!!』
研究者としての本能を爆発させ、狂喜乱舞しながらカメラを回すおっさんAI。
その直後、メモ帳から飛び出した立体棒人間は、恐るべき駆動音を立てて動き出した。
シュバッ!と風を切り、襲いかかってきたバウンシーラットの顔面に、線の細い拳を完璧なフォームで叩き込む。そのまま地面を滑るように移動し、地中から飛び出してきたディグモールの脳頭部へ、美しすぎる回し蹴りを一閃。
その動きは、まるでどこかの高名な武術の達人のようだった。紙の上のパラパラマンガの動きが、そのまま現実の物理法則を置き換えているのだ。
「すごーい! サクラの棒人間さん、がんばれー!」
「……。……なんだか、もう何が起きているのか全然わからないけど……とりあえず、助かった、わね。サクラ、あんた――」
モンスターを悉く光の粒子へと変え、一息つこうとしたその瞬間。
すべての敵を排除した棒人間が、ギチチ、と不気味な音を立てて、その丸い頭をこちらへ向けた。そして、鋭い踏み込みで私を目がけて突進してきたのだ。
「へっ!? ちょ、ちょっと待って、なんでこっちに来るのよ!? サクラ、止めなさいよ!!」
「サクラじゃないよぅ!? 指示とか出せないもん! ど、どういうことなの、おっちゃんAIさん!?」
『あー……これ、多分やけど『自動迎撃型(自律オート)』やな』
「自動型って何よそれ!?」
『要するにやな、召喚されたが最後、自分の可動範囲内にいる動く標的を「全員ボコりきるまで止まらへん」脳筋仕様のプログラムになっとるんやろうな!』
「味方識別機能くらいつけなさいよサクラのバカ!! これどうすれば止まるのよ!?」
私は泣きそうになりながらシルードガントレットを構え、棒人間の容赦ない超高速の連撃をガシガシと防ぐ。重い。モンスターよりよっぽど攻撃が重い!
『うーん、これも多分やけどな。元が『紙切れが数秒で消えるメモ帳』の進化系や。ってことは、その紙から出てきた存在も、メモ帳の基本ルール――つまり「一定時間が経って紙が消滅する」まで居座り続ける仕様やと思うで』
「だから、それがいつまでよ!?」
『あと一、二分くらい?』
「私が死ぬわよそんなのぉおおおおおッ!! 誰か本当にこれ、どうにかしてーーーっ!!」
私の悲痛な絶叫を無視して、棒人間は容赦なくガードの隙間を縫うように拳を突き出してくる。
ああ、もうダメ、防ぎきれな――そう覚悟した、まさにその瞬間だった。
ピシッ、と棒人間の身体にひび割れが走り、インクが水に溶けるように、崩れるようにして光の粒子へと還っていった。
「…………た、助かったぁ……」
私はその場にへたり込み、愛盾を放り出して大の字に寝転がった。全身から変な汗が吹き出している。
「スイちゃん大丈夫!? ごめんね、サクラの棒人間さんのせいで危ない目に遭わせちゃって……」
「……。……まあ、前半部分でモンスターの群れから助けてもらったのは事実だから……今回は、チャラにしてあげるわよ」
「スイちゃん、お怪我の方はありませんか……?」
ヒマリが駆け寄ってきて、私の身体をペタペタと触りながら心配してくれる。
「大丈夫よ。ヒマリのバフスキルが残ってたおかげかしら?防戦一方で必死だったけど、怪我らしい怪怪はひとつも負ってないわ」
「そうですか……っ。本当に良かったです……」
ヒマリは心底安心したように、豊かな胸をなでおろした。そんな私たちの頭上で、ドローンが感心したようにブンブンと滞空する。
『それにしても、スイはんもサクラはんも、恐ろしいほど「もっとる」なぁ。モンスターバーゲンにダンジョン界の歴史を揺るがすようなハズレ魔道具の『存在進化』なんて、普通は一生に一度お目にかかれるかどうかやで。こりゃあ、ギルドのデータベースに初登録案件として報告したら、金一封くらいは堅いですわ』
「――っ!? ホント!? それ、嘘じゃないでしょうねおっさんAI!?」
『金一封』という甘美な響きに、私は弾かれたように上半身を起こした。
「ス、スイちゃん……そこまでお金にがっつかなくても……」
「し、仕方ないでしょう! 本当にうちの部は予算がゼロなんだから! これからの配信機材とか、まともな装備を買うためなら、私は何だって売るわよ!」
『ハッハッハッ! 逞しくてええがな! なら、わての方からギルドの方にきっちり掛け合って、ボーナス出すよう言うときますわ。こんなおもろいスクープ映像、出さなあきまへんからな!』
「そうしてくれると、ものすっごく助かるわ……。あー、とにかく疲れた」
「そうですね。さすがに今回は色々ありすぎました。そろそろ地上へ帰りましょうか」
帰り支度を始めるヒマリの横で、サクラが私の前に手のひらを差し出してきた。そこには、数枚の光る小さな小石が乗っている。
「はい、スイちゃん。サクラ、さっきの『晶石』ちゃんと拾っておいたよ!」
「それ、全部合わせても100円にしかならないゴミ石って言ったじゃない……」
「まあまあ、スイちゃん。何も持っていかないよりは、少しでも成果があった方が良いと思いますよ?」
「そうそう! 塵も積もれば山となる、だよスイちゃん!」
「……。……まっ、いつかね。いつか山になればいいわね」
呆れながらも、私はサクラの手から100円分の晶石を受け取り、ポケットに仕舞った。
こうして、私たち『私立姫森高校・ダンジョン探索部』の、記念すべき第二回探索および――初めての本格的な実戦は、騒がしくも無事に幕を閉じたのだった。
☆★☆★☆
――ダンジョンギルド十王市支部、最下層・特別研究室。
「失礼します。大文字さん、ご報告にあった貸出用ドローンを回収してきました」
ギルドの受付係の女性が、重い防音扉を開けて部屋へと入ってくる。
薄暗い室内には、壁一面を埋め尽くすほどの無数のモニターが並び、各種パラメータや謎の数式、エネルギー波形データが目まぐるしく明滅していた。
その光に照らされながら、流れる数字の一片すら見逃さないと言わんばかりに、画面を鋭い眼光で追い続けている一人の男がいた。
「おおっ! 待っとったで。まあ、その辺に適当に置いといてや」
男は画面から目を離さないまま、無造作に手を振る。
ずっと待っていたと言う割には、あまりにも素っ気ない物言いに、受付係はドローンをデスクに置きながら怪訝そうに眉をひそめた。
「あの……中身を確認しなくてよろしいんですか? 『ギルドの優先順位を最上位まで上げてくれ』とまで言って連絡してこられたのに」
「ええ、ええ。確認せんでも、中身は、ちゃあんと全部ここに入っとるから問題あらへんよ」
男は自分の頭を指差しつつく。
「入っているって……大文字さん、まさかまた他人の端末に不正アクセスでもしたんじゃありませんよね?」
「人聞きが悪いなぁ。そんな規約違反せんよ。わてはただ、特等席から『直』で見ていただけや」
「直で、って……」
受付係の女性の目が、すっと冷ややかなものに変わる。
「まさかと思いますが、盗撮やストーカーの類じゃありませんよね? これを使ってたの、現役の女子高校生ですよ。後で発覚して問題にでもなったら、ギルドの面害が――」
「アホか、そういう変態的なやつやないから心配すんなって。純粋な学術的・研究的好奇心や。……それより、しばらくはその子らのパーティの窓口、あんたが優先的に面倒見といてやってや」
「はぁ……。わかりましたけど」
受付係はどこか釈然としない表情を浮かべたまま、一礼して研究室を後にした。ガチャリと静かに扉が閉まり、再び室内に静寂が訪れる。
残された男――大文字は、ブルーライトに照らされながら、ゆっくりと口元を三日月のように歪めた。
「最初はただの、退屈しのぎの暇潰しのつもりやったんやが……」
カチ、と彼が手元のコントローラーをタップすると、正面の巨大なメインモニターに、3人の少女たちの詳細なステータスと、先ほどの戦闘動画がスローモーションで再生される。
「こりゃあ……予想を遥かに超える、とんでもなく『ええ研究材料』になるかも知れんなぁ?」
男が愉しげに見つめる画面の暗がりに、【姫森高校・ダンジョン探索部】――スイ、ヒマリ、サクラの三人の顔写真とデータが、妖しく浮かび上がっていた。




