No.75活動記録:空白の魔道書と、熟成の小壺
No.75活動記録:空白の魔道書と、熟成の小壺
「私たちが、最近見たものって……えっ!? まさか……!?」
おっさんAIの言葉で、私の頭の中に一つの『とんでもない代物』が思い当たった。
「……おいおい。マジかよ、おっさんAI。ホントにアレなのか……!?」
スズカも同じものに行き着いたようで、引きつった笑みを浮かべる。
「……もしそれが本当なら、とてつもない品物なのではないでしょうか……?」
ヒマリもハッと息を呑んだ。
この場で唯一、事態を把握できていないのは――。
「うにゅ……? なにのことー?」
ポカンと首をかしげているサクラだけだった。
『まあ、物としては確かにとてつもない代物かもしれへんけどな。論より証拠、ちょい試してみようか。何でもええから、いらん素材を入れてみてくれへんか?』
おっさんAIの言葉を合図に、私はこの間のガチャ遠征で使わずに残っていた自分のセール品アイテムを取り出し、小壺の中へと投入した。
「……これでいいの?」
『ん? アイテムは二つだけかいな? 一応、安定させるためにも三つ入れた方がええと思うで』
「うーん、あと一つか……」
私がポケットやバッグの中をガサゴソと探していると、すっと横から小さな手が差し出された。
「スイちゃん、これ使って!」
サクラが差し出してきたのは、見たことのない雑貨アイテムだった。
「サクラ、これは……?」
「この間のガチャで使うやつ選んだときね、『これは可愛いし使わなくていいや』って取っておいたやつなの!」
「……でも、気に入ってたものなんでしょ? 入れちゃっていいの?」
「スイちゃんがアイテムを出したんだから、サクラも出すの! 今度ガチャやるときはサクラもアイテム出すって決めてたんだもん!」
小さな胸をパァンと張って誇らしげに言ってくるサクラの姿に、私は思わず目頭が熱くなった。
「……最後に確認するけれど。本当に入れても良いのね?」
「うんっ!」
サクラが元気に満面の笑みで返事をする。
私はサクラからアイテムを受け取り、愛おしさを込めながら小壺の中へとそっと入れた。
「おっさんAI、三つ入れたわよ」
『ほんなら、しっかり蓋を閉めたってや』
言われた通り、重厚な小壺の蓋をカチリと閉める。
「……これで、何かが出来上がるの?」
『出来るはずや。――ただ、それが『いつ』になるかはサッパリ分からんけどな』
「……はい?」
おっさんAIの呑気な言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「えっ……? だってこれ、持ち運びができる『錬金釜』じゃないの!?」
あの十階層の遺跡にあった錬金釜の小型版なんだろうと確信していただけに、予想外の返答に肩透かしを喰らう。
『その予想であっとるよ。ただなぁ、こいつは梅干しでも漬けるみたいに、じっくり時間をかけてアイテムを馴染ませて合成させるタイプやとわては睨んどる』
「アイテムを……漬ける……?」
『そうとしか言いようがないねん。お嬢さんらがわて抜きでやってきた――』
「まだ根に持ってるのね、AIのくせに……」
『それくらい迂闊な行動やったっちゅう、わてからの愛の小言と思って受け取りなはれ。……でな、この小壺には自前で一瞬で合成させるだけの膨大なエネルギーがないねん。十階層の遺跡にある錬金釜は、あの巨大な施設全体のエネルギーを使って無理やり一瞬で合成しとるからあれだけ早いんや。でも、この小さい壺にはそれがない』
「じゃあ……時間がかかるって、どれくらいかかるか判断できるの?」
『わからん! それこそ梅漬けるみたいに一ヶ月くらいでポンッと合成が終わるかもしれへんし。半年、一年とじっくりかかるかもしれん。こればっかりは完成して開けてみるまで、わてにもサッパリ読めへんわ』
「な、なによそれぇ……!」
てっきり「今すぐアイテム錬成!」だとワクワクしていただけに、私はガックリと大きな溜息をついて肩を落とすのだった。
『なぁに、忘れた頃に一番エエもんが出来上がるんも、漬物と人生の面白いところですわ』
その時まで楽しみに待っとこかと、おっさんAIが可笑しそうに言うのだった。
なんだか激しく肩透かしを喰らった気がする持ち運び型錬金釜(?)の小壺は、とりあえずギルドの倉庫へ預けておくことになった。「それこそ本当に忘れた頃にでも思い出して取り出してみよう」というのが、満場一致の意見だった。
そしてもう一つ。
私がずっと胸に溜め込んでいた悔しい思い――盗まれたサクラの新しい魔道書の件を、おっさんAIに包み隠さず打ち明けた。
すると、話を聞き終えたおっさんAIは、突如としてゲラゲラと大爆笑し始めたのだ。
「ちょっと! なに笑ってるのよ! 人が大真面目に悔しがってるのに!」
『あーいやいや、すまへんな! 盗られたブツがわての予想通りなら、そいつは『空白の魔道書』言われるやつやと思うんですわ!』
「空白の魔道書……?」
「なんだおっさんAI、それってもの凄ぇ激レアなアイテムなのか!?」
『凄いか凄くないかで言われたら、『さっぱり分からん』が答えやなぁ』
「なんなのそれ、どっちなのよ!?」
『まあ順を追って説明しますさかい聞きなはれ。本来、魔道書ちゅうのはサクラはんが持っとるやつも含めて、何かしらの文字やら魔法陣やらがビッシリ書かれとるもんや』
「うん、サクラの魔道書にも何か難しいのが書いてあるよ!」
『せやな。その文字がいわゆる『術式』となるわけやけど。サクラはんの場合は、文字を読まんでも勝手に術や魔法が発動しとるから「魔道書ってそういうもんか」くらいの認識かもしれへんけど』
「実際は違うんでしょう? 前に『術式や術文を正しく読み解いて初めて魔法が発動する』って言っていたわね」
『覚えといてくれましたか、その通りやスイはん。基本、魔法ちゅうのは呪文や術式を詠唱して、現象として起こす技や』
「では……何も書かれていなかったあの魔道書は、魔法の発動すら出来ないと? ですが、サクラちゃんの『メモ帳』は文字や絵を描くことで魔法を発動させていますが……」
『それはまた別物やな、ヒマリはん。サクラはんのメモ帳は、元々は『破っても枚数が減らん』程度のちっぽけな魔道具。それがレベルアップして魔道書クラスに存在進化した。この時に――まあわての推測ですけど――文字や、棒人間のパラパラ漫画が描いてあったやろ?』
「うん! 描いてた描いてた!」
『それが、まあなんの因果か、そのまま魔法の術式として組み込まれたんやないかと』
「でも、それだとその『描いた棒人間が飛び出る魔法』しか使えないことになるんじゃねぇの? サクラのやつ、毎回違う魔法を使ってるぜ?」
『その辺が『枚数が減らんメモ帳』のある種の真骨頂やな。メモ帳のページを破る。すると新しいまっさらな紙が現れる。そんで、その上に新たに文字や絵を描く……』
「あ! それがその都度『新しい術式』として判定されているってこと!?」
『そうなんですわ! 今まで計測したデータとわての推測を合わせると、そうとしか考えられへん。まあ、もっともそうやってボカスカ魔法を撃てたら完全なチート級魔道書になってまいますけど、そこは元が最低ランクのメモ帳。どんなに節約しても、最大で『五発』までしか撃てん仕様になっとるみたいや』
「なるほど……。つまり、『描いて発動する』仕様の魔道具に変化したからこそ、サクラちゃんのメモ帳はその様に機能しているのですね」
『その通りや。そんで『空白の魔道書』の話に戻るけど、そのガチャから出た本の中身には、ホンマに何ひとつ書かれてへんかったんやろ?』
「ええ、そうよ。私とヒマリで確認したけれど、どこにも文字や記号は書かれていなかったわ」
私が視線を向けると、ヒマリも深く頷いた。
『なら十中八九『空白の魔道書』で間違いナイな。そいつは面白いことに、後から魔法の術式を書き込むことも一切出来へんのや。例えば魔道書職人の国家級の力を持つ、あの高宮ジェナはんすら、空白の魔道書に術式を刻むことは出来へんはずや。それだけ異質で特殊な魔道書なんよ』
「ってことは……サクラが盗られた魔道書って、すっごーく激レアだったってこと!?」
『激レアは激レアやな! ただし……『今のところ使い道も存在価値も一切不明な、完全な無用の長物』ちゅう意味での激レア魔道書やけどな! 盗んだ奴はそれ知ったらババ掴まされたと、今頃ブチ切れて憤慨しとるんやないか? アッハハハハ!』
「……」
……うん。
私たちが「レア物だ!」と喜んでいたものが、実は別の意味でまったく価値のない『ゴミアイテム』だったと知れば、確かに笑い話かもしれないけれど。
それでも……なんだかやっぱり、釈然としない気持ちが残る私だった。
『まあ、こうして笑い話にできる範囲で済んだから良かったものの……一階層や二階層の低階層ならともかく、十階層を超えれば何が起こるか分からんのがダンジョンや。これから先も探索を続けるなら、お嬢さん方がた、気をしっかり引き締めてかからなアカンで』
おっさんAIからの再三の注意を受け、私たちは今回の盗難事件の教訓を改めて心に深く刻み込むことにした。
『そんで、今日はどないします? 十八階層を抜けて十九階層へ向かうか?』
「そうね。二十階層までもう目と鼻の先だし、無理のないペースで進みましょう」
そうして私たちはダンジョンへと挑み、十八階層へと足を踏み入れた。
『一応説明しておくと、下の階層でも見とるから平気やとは思うけど、この辺りは恐竜型のモンスターの出没がごっつ多い。そんで、今まで見てきた動物型モンスターを『捕食』するような行動も記録されとる』
「モンスターがモンスターを食うのかよ!?」
『あくまで『捕食しとるような感じ』やな。実際に消化して栄養にしとるわけやない。あれはなんちゅうか……そうした行動をプログラミングされた、反射行動に近い感覚や』
「つまり、目の前に自分たち以外の存在がいれば、とりあえず捕食行動のような凶暴な仕草で襲いかかってくると?」
『せやねん。せやから恐竜タイプを見かけたら、奴らは一目散にわてらの方へ向かってくると思っておいた方がエエで』
「それは下の階層でもそうだったし、今さらね。私としては……虫と、うにょうにょしたヤツさえ出なければなんとかなるわ」
『ははっ、ホンマスイはんはブレへんなぁ! わかりました。ここでもわてのセンサーを最大限に活かして、虫系統を回避するルートを選びますさかい、お嬢さん方がた、しっかりわてに着いてきてや!』
おっさんAIはおしゃべりモードをオフにし、索敵範囲を最大に広げて十九階層へと続く次元門へ私たちを案内し始めた。
道中、モンスターに一度も遭遇しなかった……なんて都合の良いことはなかったけれど、おっさんAIが私の苦手な虫系モンスターを完璧に避けたルートを選んでくれたお陰で、順調そのもののペースでダンジョンを進んでいく。
「しっかし、おっさんAIが『二十階層まではこのランスの出番はねぇ』とは言っていたけどさ。さすがに穂先を出さずに柄だけでぶん殴るのも、段々キツくなってきたな……」
「スズカ、無理しないでランスの本来の力を解放して良いのよ?」
「でもこいつ、魔道カートリッジ式だぜ? 一回エネルギーを使ったら大分持つことは持つけど、オレたちの戦いって基本短期決戦だろ? カートリッジの無駄遣いじゃねぇか?」
「まあ、そう言われるとそうなんだけど……スズカが怪我する方が心配よ」
「へへッ、そいつはありがてぇけど……あ、そうだ! こいつの『もうひとつの機能』を試してみるか!」
「機能って……まさか、あの『魔法吸収』の? サクラの魔法はなるべくなら温存しておきたいんだけど……」
「別にサクラじゃなくても、もう一人いるだろ? うちのパーティーには」
スズカはニッと笑ってヒマリへと視線を向けた。
「私の……『寒梅穿牙』ですね?」
ヒマリのスキルのひとつに『桜梅桃李』が魅せる技のひとつ――鋭い打突とともに凍傷を付与する刺突技がある。
「本当、ヒマリのスキルって万能すぎて頭が下がるわね……」
「ふふ、私としてはお役に立てて何よりです」
「というわけでヒマリ! いっちょ頼めるか!?」
「承知いたしました。ご準備はよろしいですか?」
「おう! ちょい待てよ!」
スズカはランスをヒマリに向かって構えた。穂先のないランスの先端にあるシールドパーツが、まるで花が開くようにカシャンと展開する。
「おっしゃ、こい! ヒマリ!」
「――それでは、参ります! 『寒梅桃李』!」
ヒマリが愛用の魔道具の傘を静かに構え、スズカに向かって一閃の刺突を繰り出した。
スズカはそれを展開されたシールドで完璧に受け止める!
受け止めた瞬間、シールド表面にみるみるうちに白い霜が降りて凍結していくが――それが吸い込まれるように急速に消え去っていった。
「よっしゃぁぁ! チャージ完了ッ!!」
スズカはランスを上空へと構え直し、柄の根本にあるトリガーを思い切り引いた。
次の瞬間――ランスの内部を青白い光が柄の先端へと駆け上がっていく。穂先がなかったはずのランスの先端から、眩い光の穂先がシュバッと伸び上がった!
ただし、その光の刃はどこか寒々しく、蒼白く美しい冷気を纏っていた。
「ひゃっほーい! 見ろよみんな! ヒマリと同じ凍傷付与がされた冷気ランスになったぜぇぇ!!」
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