No.74活動記録:社知空さんと、謎を秘めた小壺
No.74活動記録:社知空さんと、謎を秘めた小壺
雑踏の中へとそそくさと姿を消していく窃盗男の背中を、私は悔しさで唇を噛み締めながら見送るしかなかった。
そんな私に、スーツ姿の男性が申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまないな、お嬢ちゃん。俺たちセイバーにもう少し力があれば、ああいう害虫どもを我が物顔でのさばらせたりはしないんだが……」
「……いえ。あなたたちのせいではありません。全てはあの男が悪いんですから。ただ……」
「ただ……なんだ?」
「大切な友人の、せっかく手に入れたアイテムが盗られたことが……すごく悔しいです」
ぽつりと漏らした私の言葉に、男性は静かに頷くと、痛みを分かち合うように目を細めた。
「……そうか。俺たちの方でもその盗品を探してはみるが、ああいう連中の手でブラックマーケットに流されてしまえば、回収の期待はあまり持たないでくれ」
「……わかりました」
「それで、具体的に何が盗まれたんだ?」
「まだ詳しく調べていないので断言はできませんが……おそらく『具現化系』の魔道書だと思います」
私の言葉を聞いた瞬間、男性は少し考えるように手で顎を触った。
「具現化系か……そいつはかなり貴重だな。わかった、それらしい品が市場や噂で発見されたらすぐに連絡をしよう。差し支えなければ、君のギルドID番号を教えてもらえるか?」
「はい、お願いします」
私は端末を取り出し、自分のID番号を彼に提示した。
「ああ、それと怪しまれると困るから、俺の方も自己紹介がてら名乗っておこう。俺はギルドの正規職員で、社知空という。兼任でセイバー(自警団)の方にも力を貸しているんだ」
そう言って、社知空さんはポケットから丁寧な動作で一枚の名刺を取り出し、私に差し出してきた。
受け取った名刺に書かれた漢字の並びを目で追い――私は思わず、そのまま声に出してしまっていた。
「……しゃちく?」
「……社畜じゃない、『社知空』だと言っただろう。絶対に間違えられるから最初にわざわざ平仮名で補足したのに、何で毎回皆して言うんだか……」
「あっ……!! すみません、ごめんなさい!!」
あ、やばい。社知空さんの背背中に一瞬でトラウマスイッチが入ったような重苦しいオーラが漂ったのを感じ、私は慌てて頭を下げて謝罪した。
「……ハァ、まあ今さらだから良いさ。『社畜みたいな名前なんだから会社のために死ぬまで働けよ』なんて言ってくる馬鹿上司どもよりは、お嬢ちゃんの純粋な読み間違いの方が遥かにマシだからな。……何にしてもだ。この遺跡の中においては、外を徘徊するモンスター以上に、同業者である『トラベラー』に注意することだな」
そう言い残すと、社知空さんは周囲で野次馬を決め込んでいたトラベラーたちにも冷ややかな視線で注意を促し、そのまま雑踏の中へと去っていった。
私は、取り返せなかったサクラの新しい魔道書のこと、そしてこれからどんな顔でサクラに謝ればいいのかという強い罪悪感を胸に抱きながら、みんなが待つ出入口へと重い足取りで向かうのだった。
「おう、スイ……遅かったな。……その様子だと、上手くいかなかったか」
出入口で待っていたスズカが真っ先に声をかけてきた。私の暗い表情を見ただけで、事態が芳しくない結果に終わったことを察したようだ。
「……ごめんね、サクラ。取り戻せなかった……っ」
私はサクラのもとへ駆け寄ると、ぎゅっと抱きしめるようにして頭を下げた。
「サクラこそごめんなさい! サクラがちゃんと本を持ってなかったから……っ」
私とサクラは、互いに顔を見合わせて「ごめんなさい」を繰り返し抱き合っていた。
「……二人とも、そこまでにしようや。いくら謝り合ったって、盗られたもんが勝手に返ってくるわけじゃねぇんだ。今回のことは手痛い授業料だったと思って、次に活かそうぜ」
スズカのさっぱりとした言葉に、私は深呼吸をして気持ちを切り替えることにした。
「……そうね。これで謝るのは最後にするわ。本当にごめんなさい、サクラ」
「ううん。スイちゃんは全然悪くないよ!」
私とサクラの不毛な謝罪合戦は、ようやくここで終わりを迎えた。
すると、静かに様子を見守っていたヒマリが、意を決したようにこんな提案をしてきた。
「スイちゃん、サクラちゃん。……私のこの『小壺』と、スイちゃんの残っているアイテムを使って、もう一度錬金釜に入れてみるのはいかがでしょうか?」
「えっ……急にどうしたの、ヒマリ!?」
「はい。盗られてしまったものをいつまでも嘆くのは仕方がないとしても、このまま重い気分のまま地上へ帰るのは、お二人にとっても決して優しくないでしょうから。残っているアイテムで『最後の一勝負』をするのはいかがかと」
ヒマリの思いがけない言葉に、私たちは全員目を丸くした。
普段の控えめで冷静なヒマリなら、絶対に自分から言い出さないような提案だったからだ。
そして――真っ先に正気に戻り、お腹を抱えて大笑いし始めたのはスズカだった。
「がっははは! いいねぇヒマリ! そうだな! このまま湿っぽい気分のまま帰るなんてスイもサクラも胸くそ悪いだろ! なんならオレのこの当たったばかりの籠手でも素材にして構わねぇぜ! もう一回、回しに行こうぜ!」
「いいの……? ふたりとも……」
「はい、勿論です」
「かまいやしねぇよ! 二十階層の『移動遺跡』に行く前の験担ぎで来たんだぞ? こんなケチがついた気分のままで行けるかよ!」
「サクラ。二人がこう言ってくれているけれど、どうする……?」
私が尋ねると、サクラは少しの間うーんと腕を組んで考え込み――やがて、パッと笑顔になって首を横に振った。
「ううん! それはスーちゃんとヒマリちゃんが出したものだから、サクラのために使っちゃダメ! ガチャをするのは、また今度来ればいいんだもん!」
サクラはきっぱりと、二人からの温かい提案を断った。
スズカとヒマリはサクラの潔い言葉に驚いたものの、彼女の思いを尊重して最後には笑顔で頷いた。
「……そっか。なら仕方ねぇな! よっしゃ、地上に戻るか!」
「ええ、そうしましょう」
成功半分、失敗半分――今回はダンジョン探索そのものはしていないけれど、私たちの今日のダンジョン活動は、そんなちょっぴりほろ苦くも温かい結末で終わりを迎えるのだった。
『まったく……。ダンジョン行くのにわてを連れて行かへんから、そんな目に遭うんですわ』
ダンジョン探索の日。
おっさんAIには前回の盗難事件の件を一切話していなかったはずなのだが、なぜか端末から呆れ顔のホログラムとともにその話題が飛び出してきた。
「ちょっと、なんで行ってもいないのにあんたがその話を知ってるのよ!?」
『そんなん、ギルドの職員にID伝えて盗難届出しましたやろ? 『なんでスイはんが盗難届なんか……?』と思ってギルドのログを調べたら、お嬢さんらだけで十階層の遺跡に行ってブツ盗まれたって書いてあるやないか。それ見た時、わて思わずレンズ覆いましたわ』
「あのね、おっちゃんAI! スイちゃんは悪くないの! サクラがきちんと本を持ってなかったから盗られちゃったの! だからスイちゃんを怒らないで!」
『別に怒ってへんよ、サクラはん。わてはな、「ちょっと迂闊やったな」と言うとるんです。いつも口酸っぱくして言うてるつもりでしたけど、ダンジョンはいくらテーマパークみたいに持て囃されてても、そんな甘い場所やあらへんのや。モンスターだけやない、トラベラー同士のトラブルだって十分な脅威なんやから』
おっさんAIの正論すぎる言葉が、私の心にズスッと突き刺さる。
「ぐっ……も、申し訳ありませんでした……」
「まあまあ、おっさんAI。スイもサクラも十分反省してるんだ。その辺にしといちゃくれねぇか?」
『そうやな。まあわてとしては、一番年長のスズカはんがもうちょっと周りに気を配っておいてくれたらありがたかったなぁ……という気持ちはありますけどな』
「おお……す、すまねぇ……」
飛び火したスズカまでもがガッツリとダメージを受け、肩を落として轟沈した。
おっさんAIは落ち込む私たちを一通り見回すと、パンッと電子音を鳴らした。
『まあ、済んだことをいつまでも掘り返してグチグチ言うのも野暮ですわな! 気分転換に、そのガチャで手に入れてきたっていう戦利品でもわてが鑑定したろか?』
「本当か!? ならオレのから頼む!……いいよな、ヒマリ?」
「ふふ、ええ。どうぞお先に」
ヒマリがにっこりと譲ると、スズカは意気揚々とあの薄気味悪い骨の籠手を提示した。
おっさんAIはカメラレンズからスキャン光線を照射し、じっくりと構造を解析していく。
『ほうほう……これは……なるほどなぁ。こりゃまた、ある意味でレア物ですわ』
「ほ、本当か!? どんな効果なんだ!?」
『こいつは、死後に現れるとされる三鬼が試練の一鬼――『奪精鬼』の力を宿した籠手ですな』
「……ダ、ダセェ木?」
『ダセェ木やあらへん! 奪精鬼! 人の精気を吸い取る鬼や! 簡単に言えば、対象の生命力を吸い取る能力――いわゆる『エナジードレイン』ですわ』
「おおっ!? それってめちゃくちゃ派手で強い効果なんじゃないか!?」
『派手か地味か言われたら、まあとてつもなく地味やな。相手に直接触れなアカンし、吸い取ったからといって自分の怪我が一瞬で完治するような万能薬でもないし』
「なんだよ……レア物じゃないのか?」
『レア物には変わりないで。相手の精気を吸い取って自分の活力に変換する……つまり『元気が漲ってくる』ちゅう代物や。……まあ、若いお嬢さんらには必要ない効果の魔道具って話や。欲しがるんは最近、元気が足らん言うてる男連中やな』
「なんだよそれぇ! せっかく見た目が最高にかっこいいのに……」
『まあ、デザインが気に入ってるならそのまま使えばよろしいやん。防具としての強度自体はそれなりに頑丈やしな』
スズカは「お前らには不要」と言われて少しガッカリしたものの、防具として使えると分かると「よし、なら装備するぞ!」と愛着を深めたようだ。
続いて、ヒマリが例の小壺を差し出す。
『これまた……外見からはサッパリ分からんアイテムやな』
「何かのお役に立てるものでしたらよろしいのですが……」
『役に立つかどうか、今見てみますさかいな』
おっさんAIは先ほどと同じように青い光線を小壺に照射し、解析を始める。
『……う〜ん? エネルギー波形は……似とるんやけど、形状がまるでちゃうな。いや、別に形が別物でも成立するんか……?』
「何か問題があるアイテムなの?」
おっさんAIの漏らした独り言に、私は思わず尋ねた。
『問題があるわけやない。ただ、「こんな小型なものまであるんかいな」とちょっと疑問に思ってただけでして』
「小型……? 結構大きいと思うけれど。小壺と言っても、梅干しを漬ける甕くらいの大きさはあるわよ?」
『お嬢さんらも形は違いますけど、本当につい最近、これと全く同じ機能を持ったモノを見てますで。――わて抜きでな』
「「「「え……?」」」」
おっさんAIの意味深で含みのある言葉に、私たちは顔を見合わせ、全員で首をかしげるのだった。
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