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No.73:奪われた魔道書と、スーツの制裁者



No.73:奪われた魔道書と、スーツの制裁者




「やったー! サクラの新しい本ー!」


 サクラはガチャから出てきたばかりの革張りの本を胸に抱え、子供のように喜びを爆発させながら、遺跡内部の廊下をルンルン気分で先頭になって歩いていた。


「ほらサクラ、前をちゃんと見て歩かないと人にぶつかるわよ?」


「へーいき、へーい……うにゃっ!?」


 私の注意も虚しく、サクラは前方を歩いていた人物の腰あたりに勢いよく激突した。


「ほら言わんこっちゃない……! すみません、うちの子がボーッとしていて――大丈夫です……か?」


 私は慌ててサクラがぶつかった相手に頭を下げかけたのだが――その人物の顔を認識した瞬間、頭を下げかけていた身体がピキリと凍りつき、一気に警戒心を剥き出しにした。


「やあ、また会ったね、お嬢さん方」


 不快そうに唇を歪めて立ち塞がっていたのは――前回この遺跡に来た際、案内役のメーヴェさんから『質の悪い悪徳トラベラー』だと注意された、あのタチの悪い男だった。


「……またあなたですか。今度は何の御用でしょうか? あ、一言お伝えしておきますが、私たちは一切あなたに用はありませんので、一秒でも早くお帰りいただけますと大変助かるのですが」


 私は一切の笑みを削ぎ落とし、冷徹かつ慇懃無礼な口調で目前の男に告げた。


「言うじゃないか……。たかが十階層に『ようやく』来れるようになったばかりの、駆け出しトラベラーのお嬢ちゃんがよぁ」


 男は眉間をぴくぴくと引きつらせ、こちらを見下すように鼻で笑った。


 その決定的な『勘違い』に、私は思わず「ぷっ」と吹き出し、クスクスと笑いを漏らしてしまった。


「な、何がおかしい……!?」


「いえいえ、失礼。十階層に『ようやく』ではなくてですね……私たちは今、二十階層の踏破に向けて進行中でして、現在はすでに十八階層まで到達しておりますの」


「う、嘘をつけ! あれからそんなに日が経ってねぇだろうが!?」


「嘘も誠もありませんよ。あら、もしかしてお疑いになられます? でしたら、私、ダンジョンの配信活動も行っておりますので、よろしければ私の専用チャンネルをご覧くださいな。あ、ついでに高評価とチャンネル登録もよろしくお願いしますね?」


 私が扇子を優雅にパタパタさせながら煽り倒す後ろで、メンバーたちのひそひそ話が聞こえてくる。


「……うわぁ、スイのやつ、オレ以上にキレてやがるぞ」


「スイちゃんはああいう馴々しくて卑しい男性が大嫌いですからね……。サクラちゃん、危ないからこっちに来ていましょうね」


「うん……」


 サクラはとてとてと怯えたようにスズカたちの背後へと逃げていった。


 私と男の間で冷ややかな視線が交錯し、一触即発の緊迫した空気が流れる。


 やがて、私のあまりの態度と背後に控えるスズカたちの威圧感に気圧されたのか、男は不機嫌そうに大きく舌打ちをすると、そのまま黙って廊下の奥へと去っていった。


「……ふぅ。前回あれだけしつこかったから覚悟していたけれど、意外とあっけなく引き下がってくれたわね」


 私が思わず矢面に立ったのは、もし最初からスズカが応対していたら一瞬で殴り合いの大喧嘩に発展する未来が見えていたからだ。


 良かった、暴動に巻き込まれずに済んで……と安堵のため息をつき、剣呑とした雰囲気から脱してみんなの方へ振り返ると――。


 何故かサクラが何かを探すように、あちこち自分のポシェットや服のポケットを焦った様子でガサゴソとまさぐっていた。


「サクラ、どうかしたの?」


「……スイちゃん。サクラの本が……どっか行っちゃった……」


「えっ!? 本って、どの本!?」


「さっき……ガチャから出た、新しい本……」


 ――その瞬間、私の頭の中で全てのパズルが繋がった。


 あの男が、あれほどあっさりと引き下がった本当の理由を。


「……あの、クソ男っ……!!」


 私は猛烈な怒りで視界が真っ赤に染まり、握りしめた旗槍の柄をギチギチと鳴らした。ぶつかったフリをして、サクラの手元からあの白紙の魔道書をスリ盗っていったのだ!


「サクラ! 今すぐ私に『敏捷性アップ』と『強化』の魔道書を使いなさい!」


「えっ!? あ、うん! ちょっと待ってね……!」


「おいスイ、オレが行ってぶちのめしてきてやろうか!?」


 スズカが身を乗り出して身構える。


「いいえ! スズカが行ったら加減ができなくて相手を病院送りにしちゃうかもしれないでしょ!?「私だったら、おっさんAIが言うようにパーティーで一番攻撃力が低いんだから……殴り合いになったとしても、スズカよりはずっと穏便に済ませられるわ!」


 理由になっているようななっていないような理屈を叫ぶ間に、サクラが手際よく『敏捷性アップ』のページを捲り、続いて『強化』のメモ帳をバサッと捲った。


 私の身体を眩い光のバフが包み込み、身体能力が爆発的に跳ね上がる。


「そうか……! まっ、手加減して、気をつけて行ってこいよ!」


「ええ! みんなは先に出口で待ってて! すぐにあの泥棒から奪い返して戻ってくるから!」


 私はそれだけみんなに言い残すと、爆発的な推進力で地面を蹴り、さっきの男が消えた廊下の奥へと凄まじい速度で走り出した。


「待ちなさいーーーーッ!! このドロボウーーーーーッ!!」


 私は腹の底から怒声を張り上げ、遺跡の石造りの廊下を怒涛の勢いで駆け抜けた。


 あまりの怒声に、周囲のトラベラーたちが「何事だ!?」と驚いた様子でこちらを振り向く。


 その視線の先――サクラから本をスリ盗ったあの男の背中を、視界の端にハッキリと捉えた。


 男の方も私の追撃に気づいたようで、顔をひきつらせながら一目散に逃走を図ろうとする。


「すみませんが窃盗犯を追いかけ中です!! トラベラーのみなさん! 道を開けてくださいッ!!」


 私の叫びが届いたのか、前方の通路を塞ぐように歩いていたトラベラーたちが「えっ、泥棒!?」と迅速に左右へと避けてくれた。


 視界が開けた絶好のタイミングで、私はサクラのバフ効果による脚力を全開にし、一気に加速して距離を詰める。


「捕まえたーーーーッ!!」


 間合いに入った瞬間、手に持った旗槍の柄を思い切り相手の足元へ滑り込ませ、力任せに足を引っかけた。


 ドシャッ!!と凄まじい音を立てて男が前のめりに豪快に転倒する。


 間髪入れずに私は飛びかかり、相手の腹部へ旗槍の穂先を突きつけ、力任せに押さえ込んだ。


 その衝撃の瞬間、転倒の反動か私の力加減のせいか、旗槍の固有機能である『光の旗』が不意に起動してしまった。


 ファッ……と眩い光とともに、私たちのパーティエンブレムが刻まれた光の旗が、回廊に鮮やかにたなびく。


 深い緑色を基調とし、金色の盾の中に一対の鈴、満開の桜、そして大輪の向日葵が描かれたその紋章を見た周囲のトラベラーから、驚きの声が上がった。


「おっ、あれ『みどりの葉っぱ隊』の旗じゃないか!?」


 どうやら、ギャラリーの中に私の配信のリスナー(葉っぱ隊員)が混ざっていたらしい。


「さあ! サクラから盗み取ったものを返しなさい!!」


 私は男の胸ぐらをぐっと掴み上げ、鋭い眼光で睨みつけた。


 しかし、地面に倒された男は焦る様子も見せず、ニヤリと嫌味な笑みを口元に浮かべた。


「盗むぅ? 何を俺が盗んだって言うんだよお嬢ちゃん?」


「はあ!? あんた、サクラからあの魔道書を……! ……ちょっと、あんた魔道書をどこへやったのよ!?」


 男の服やポケットを素早く探るが――どこにもあの革張りの本は見当たらなかった。


「さあねぇ? 知らねぇなぁ! 何しろ、俺は最初から何も盗っちゃいねぇんだからよぉ。それより、そろそろその物騒な槍を退けてくれねぇか?俺は女を『乗せる』趣味はあっても、男勝りなお転婆に乗られる趣味はねぇんだよ」


「あんたッ……!!」


 やられた……! 追いつかれるまでのドサクサに紛れて、きっと途中で待機していた仲間か何かに盗んだ魔道書を手渡していたのだ!


 あまりの不敵な態度と胸くそ悪い挑発に私の怒りは沸点へと達し、怒りに任せて男の顔面へ拳を振り上げた――その瞬間。


「――そこまでだ、お嬢ちゃん」


 冷ややかな声とともに、私の背後から伸ばされた太い腕が、振り上げた私の手首をガシッと力強く掴み止めたのだった。


 私の腕を固く掴み止めた人物へ視線を向けると、そこにはこのダンジョンという前線において、ある意味で最も不釣り合いな格好をした人物――ビシッとスーツを着こなしたサラリーマン風の男性が立っていた。


「離しなさいよ! こいつが――!」


「理由は大声を上げていたから分かるがね、お嬢ちゃん。そこで殴ったところで何の意味もない。むしろお嬢ちゃん側が負う被害の方が遥かにデカくなるぞ」


「なんでよ!?」


 サクラの本を盗まれた怒り、そして目の前で不敵に笑う泥棒への怒りの矛先を、私はそのまま止めに入ったスーツ姿の男性へとぶつけた。


 すると、彼はやれやれといった風に溜息をつき、顎で通路の天井付近を指し示した。


 言われるがままに私がそちらへ目をやると――なんと、通路の影にこの遺跡の『警備ロボット』が複数台待機しており、まるで私が男へ暴力を振るった瞬間に一斉突入して私を制圧しようと、静かに銃口を向けて待ち構えていたのだ。


「なんで……ロボットが……!?」


 私は思わず息を呑んだ。遺跡の設備を壊したわけでもないのに、なぜ警備ロボットが被害者であるはずの私を危険分子として警戒しているのか。


「この場での暴行や大騒動が、遺跡の安全や機能に対して何らかの被害を生む『種』になると判断されれば、あいつらは問答無用で出張ってくるのさ。もし一発でもそいつを殴っていれば、お嬢ちゃんはこの遺跡において『出禁(ブラックリスト)』として処理される。――そこの男はそれを最初から理解していたからこそ、あえてお嬢ちゃんに殴られようとしていたわけだ」


 スーツの男性が語る冷徹な事実を裏付けるように、地面に転がされた窃盗男は、心底愉快そうにゲラゲラと下品な笑い声を上げた。


「あーあ! 種明かししやがって! これだからセイバーの連中はつまんねぇんだよなぁ! ほら、どうしたお嬢さん! 殴っていいんだぜぇ? その代わり、お前は二度とこの十階層の遺跡に足を踏み入れられなくなるけどなぁ! アハハハハハッ!!」


 高笑いを上げる泥棒に対し、サラリーマンの男性は容赦なくその顔面を掴み、口を塞ぐように強く手で押し潰した。


「――黙ってろ。お前らの最近のやり口は、目を覆いたくなるような泥棒紛いのことばかりだ。俺たち自警団(セイバー)が、お前らみたいなゴロツキをいつまでも黙って見過ごしていると思うなよ」


「……んぐっ、ケッ……! 口だけの連中が……」


「本当に口だけだと思うか? ……うちの『トップ』を甘く見ない方がいい。あの人は普段こそ馬鹿なことばかりやっているがな、やると決めたら本当に何でもやる人だ。そうなれば、俺たちセイバー全員が一斉に動く。……分かるか、この意味が? この十王市のダンジョンだけで、どれだけのセイバーが活動していると思っている。お前が気安く吐く不快な言葉一つが、その引き金にさえなると知れ」


 サラリーマンの男性は男を睨み付けながらドスの効いた声で呟くように言った。







挿絵(By みてみん)

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今回、作品に挿し絵を追加しました!

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