No.72活動記録:白紙の本と、禍々しき髑髏の籠手
No.72活動記録:白紙の本と、禍々しき髑髏の籠手
「さぁて、回すか!」
長蛇の列をじっと耐え抜き、ようやく私たちの番がやってきた。
スズカは錬金釜の前にドカッと立つと、気合を入れるようにぐるぐると腕を回しながら、目の前の機械を威嚇するように睨みつけた。
「順番はスズカからで良いの?」
「おっ、そうだったな。オレが一番最初で良いのか?」
スズカが後ろを振り返る。
「サクラは別にあとでもいいよー」
「私も特に順番は気にしませんので、スズカさんからどうぞ」
「だそうよ。言い出しっぺのスズカからやってちょうだい」
サクラとヒマリの言葉を受け、私も頷いた。
「よっしゃあ! スゴいのが出ろよ!!」
スズカは意気揚々と、ワゴンセールで買い込んできた怪しいセール品を錬金釜の投入口へと並べていく。そして、サイドについている起動レバーをグッと一気に押し込んだ。
ウィーン……と重厚な駆動音が響き渡り、投入されたアイテムたちが眩い光の奔流に包まれる。
物質が細かく分解されるように光の粒子へと変換され、それらが複雑に交ざり合いながら、再び一つの新たな物質へと再構成されていく。
――ピッ。
システム完了の電子音が鳴り響き、光が収まったトレーの上に現れたのは、一つの金属質の指輪だった。
「……当たりか外れかはともかくとして。スズカ、一体何を入れたのよそれ?」
「あん? クロムハーツっぽい指輪があったからさ、そいつをベースにして、骸骨のキーホルダーみたいなやつと、晶石を組み合わせてみたんだよ」
「……な、なるほどね。だから出てきたのがそれなわけね……」
出来上がったアイテムは、指輪というよりは少し大きめの腕輪だった。漆黒の金属に歪なドクロの意匠が彫り込まれており、見た目からはそこはかとなく「装備したら呪われそう」な不穏な雰囲気が漂っている。
「良い効果がついているかどうかは知らねぇけど、見た目がめちゃくちゃカッチョいいからオレは気に入ったぜ!」
「あ、うん。そうね……スズカが満足ならそれでいいわ……」
スズカが買い込んだセールの品はまだまだ残っている。私は念のため、次に進むか確認した。
「まだ続けるんでしょ? 次はどうするの?」
「当然やるに決まってるだろうが! 夢はここからだ!」
「今度もさっきの腕輪をベースにして重ねるの?」
「んにゃ。これは見た目が気に入ったからこのままキープ。別のやつを入れるわ」
そう言って、スズカは残りのセール品を手際よくポンポンと投入口へ放り込んでいく。そして、再びレバーを力任せに押し下げた。
光が収まり、出てきたのは――。
「……手袋?」
「レザーグローブだな。うーん、思ったのとはちょっと違ったな……。こいつはボツ! このまま次のガチャ素材に再利用だ!」
失敗にもめげず、間髪入れずに三回目の挑戦へ。スズカは今度は「強化素材」の枠にさらにもう一品、怪しげな雑貨を追加した。
「三度目の正直だ! 今度こそ超大当たり来いッ!!」
祈るような眼差しの中、眩しい光が収まってトレーの上に残されたのは――。
「……帽子、よね?」
「なんでだぁぁぁぁぁっ!?」
トレーの上にぽんと置かれていたのは、黒くて背の高い、立派な『トップハット(シルクハット)』だった。
思い描いていたようなアイテムからは遥かに遠ざかった結果に、スズカはその場でガックリと崩れ落ちるように膝をつくのだった。
「スイ! もう一回! もう一回だけやらせてくれ!!」
「やるのは構わないけれど……ガチャを回すには、ベースになるアイテム一個に対して、素材アイテムを必ず二個以上入れなきゃ駄目でしょう? スズカの今の持ち手だと、さっきのバングルと帽子しかないじゃない。あと一つ何を入れるつもりなのよ?」
「こ、こいつを入れるしか……ねぇ……っ!」
悲壮感を漂わせたスズカが手を伸ばしたのは、なんと自分の一番の愛用武器である『魔道ランス』だった。
「止めなさいっての!! それ、百万円はしたやつでしょうが! それに、万が一消えてなくなったらあんた何で戦うつもりなの!?」
「出るかもしれないだろう! こいつより何倍もスゲェ神武器が出るかもしれないだろうが!」
「私にはそれ以下のゴミアイテムしか出てこない未来しか見えないわよ……。……はぁ、やっぱりこうなるだろうと思ってたわよ。……ほら、私が買ってきたセール品の中から使いなさい」
「えっ……いいのか、スイ!?」
「まあ、完全に予想通りの展開になっただけだからいいわよ。その代わり、これで本当に最後だからね?」
「ありがてぇぇぇ! スイ、愛してるぞ! 今度こそ絶対大当たりを出してみせる!!」
スズカはバングルと帽子、そして私から受け取った怪しい雑貨アイテムを投入口へつぎ込み、三度目のレバーを力任せに押し下げた。
溢れ出る光の輝きはこれまでと変わらない。どこぞのソシャゲのような「確定演出」みたいな親切なシステムはない模様だ。
しかし、システム完了の電子音とともに現れた品物を見た瞬間――スズカの目がカッと見開かれた。
「……やったぁぁぁぁ! 大当たりだぁぁぁっ! やっほーい!!」
「……これが『大当たり』かどうかは私には分からないけれど……スズカの趣味としては、大満足の品なのかもしれないわね……」
ベースにしたアイテムがドクロのバングルだったからだろうか。
あの大不評だった帽子と混ざり合った結果、腕輪はさらに形を変え――なんとゴツゴツとした『籠手』へと進化を遂げていた。
しかも、ただの籠手ではない。
肘のあたりには禍々しい角を生やした凶悪なドクロが鎮座し、前腕を守る装甲部分はまるで人間の肋骨のような骨のパーツで覆われている。手の甲から指先にかけても、骸骨の手骨がそのまま連なっているかのようなデザインだ。
なんというか……前よりも禍々しさと怪しさが限界突破したようなアイテムに仕上がっていた。
「じゃあスズカ、あんたはこれで終わりで良いわね?」
「おう! オレはこいつがたとえ何の価値もないハズレ効果のアイテムだったとしても、見た目だけで大満足だぜ!」
スズカは大勝利を確信したかのように、黒光りする骸骨の籠手を誇らしげに掲げて見せた。
そうなると次はサクラの番かな……と視線を向けると、何故かヒマリがすっと前に出てきていた。
「あれ? 次はサクラの番じゃないの?」
「サクラちゃんが『ヒマリちゃんが先にやっていいよ』と言ってくれましたので」
「サクラ、良いの?」
「うん! サクラには深〜い考えがあるの!」
「考え……?」
「くししっ! 『残り物には福がある』っておじいちゃんが言ってたもん!」
「……このガチャで『残り物』って、ちょっと意味合いが違う気がするんだけど……」
まあ、本人が納得しているならいいか。
「じゃあヒマリ、お先にどうぞ」
「はい。私はこの三点しかありませんので、一回のみの挑戦になります」
ヒマリがトレーの上に並べたのは、小さな焼き物の壺と、手のひらサイズの小さな箱。それとスズカと同じく、ダンジョンでモンスターからドロップする価値の低い『晶石』だった。
「ヒマリのことだから何か考えがあるんだろうけれど……この二つを選んだ理由は?」
「こちらの小壺は、中に何も入っていませんでした。ですが、表面の絵付けがとても素敵でしたので、スイちゃんに言っていただいたように『自分の趣味』で選んでみたんです。こちらの箱は救急箱のようですね。もし誰かが怪我をされた時に、すぐ手当てができるようにと思って買いました。晶石は……他に良い品が見つからなかったので、穴埋め代わりに選んだものです」
「そうだったんだ。うん、すごくヒマリらしくて良いと思うわ」
「では、やってみますね」
ヒマリは丁寧にアイテムを錬金釜に並べると、静かにレバーを引いた。
光の奔流が収まり、トレーの上に現れたのは――。
「あら……? 変化が無かったのでしょうか……? 小壺のままですね」
「うーん……外見は変わっていなくても、もしかしたら『中身』や『効果』が劇的に変化したのかもしれないわね。あとでおっさんAIを借りて鑑定してもらいましょう」
「そうですね、楽しみに取っておきます」
「じゃあ、最後はサクラの番ね!」
「あれ? スイちゃんは? ガチャやらないの?」
「私はいいのよ。買ってきたアイテムも元々三点だけだったし、一点スズカにあげちゃったから、もう材料が足りなくてガチャを回せないしね」
「そうだったのか……! わりぃ、スイ……!」
スズカが急に申し訳なさそうな顔をする。
「気にしなくて良いわよ。もともと私は回すつもりはなかったんだから」
「わかった。よーし! じゃあサクラ、やるよー!」
「ええ、やりなさい。外れて変なのが出てきても文句を言っちゃ駄目よ?」
「言わないよー! それじゃあ……えーいっ!」
サクラが勢いよくアイテムを並べ、レバーを力いっぱい押し込んだ。
錬金釜が眩い輝きを放ち、新たな一つのアイテムを生み出そうとしていた――。
光が収まり、トレーの上に残されたアイテムを見て、私は思わず眉をひそめた。
「……ねぇ、サクラ。あんた一体何を入れたのよこれ?」
トレーの上にポツンと置かれていたのは、一見するとただの小さな『木の板』だった。
「えっとね、絵の具とね、クレヨンとね、色鉛筆だよ!」
「スイちゃん、あれは恐らく美術などで使われる『パレット』かと思われますよ。ほら、指を通すための穴が開いていますでしょう?」
ヒマリが覗き込んで、出てきたアイテムの正体を教えてくれた。
「あ、本当だ。ってことは、文房具や絵の具の『美術品繋がり』でこの形になって出てきたのかしら? ……で、サクラ。まだ続けるの?」
「まだやる! つぎ、絶対すごいの当てる!」
息巻くサクラは、パレットを投入口に残したまま、さらに別のセール品を追加で並べていく。
「すごいの当たれーーっ!」
サクラが勢いよくレバーを押し込んだ。
光の粒子が収まり、次に現れたのは――。
「に、人形ね……」
トレーの上には、フリル付きのドレスを着た小さな西洋人形のようなものが座っていた。
「うにゅぅ……。可愛いけど、これじゃないー!」
「ああ、そう……。何が『これじゃない』のか、私にはさっぱり分からないけれど」
サクラは人形すらも素材としてそのまま投入口に残し、本日最後となる三度目のレバーを押し下げた。
錬金釜が激しい光を放ち――光が完全に収まったとき、ついに『それ』が現れた。
「……革張りの、本……? もしかして……魔道書……!?」
サクラが持ち歩いているものに非常によく似た、重厚な装丁の革張り本がガチャから転がり出てきたのだ。
「おおおっ……! これ当たり!? スイちゃん、これ大当りかな!?」
「ど、どうなのかしら……!? 中身はどうなっているの?」
「私の方で、ちょっと中身を確認してみますね」
ヒマリが素早く出てきた本を手に取り、そっとページを開いた。
もし万が一、サクラが直接開いて意図せず強力な魔法でも暴発させたら大変だという、ヒマリなりの危機管理による判断だ。
ヒマリは真剣な表情でパラパラとページを繰り、ふむと一度だけ大きく頷いた。
「スイちゃん、ちょっとこちらの中身を見ていただけますか?」
「え? 私が? まあ、良いけど……」
私は魔法系のスキルなんて持っていないし、万が一魔道書を開いたところで魔法が勝手に発動することもない。
ヒマリから手渡された重厚な本を受け取り、パタリと開いてページを見つめる。
――そこには、何も書かれていなかった。
不思議に思ってページを捲る。
次のページも、その次のページも、文字どころか図形ひとつ書かれていない。完全に綺麗な白紙の状態だ。
「……魔道書って、普通はこんな白紙じゃないわよね?」
少なくともサクラが普段使っている魔道書には、解読不能な文字や魔法陣のようなものがびっしりと記載されている。
白紙のままで存在している本なんて――あの、何でも描いたものを現実化させる『メモ帳』くらいで――。
私はハッと息を呑み、その瞬間、隣に立つヒマリちゃんの方を弾かれたように振り返った。
「……その可能性が、非常に高いのではないでしょうか」
ヒマリも、私と全く同じ結論にたどり着いていたようだ。
つまり――このガチャから出てきた謎の白紙の本は、あのサクラのメモ帳と同じ『具現化系』の魔法を発動できる、超激レアな魔道書ではないかという可能性。
「スイちゃん! スイちゃん! それハズレ? ハズレだったの?」
「まだはっきりとは分からないわ。地上に帰っておっさんAIに鑑定してもらわないとね。……でも、そうね。もしかしたら超・大当たりかもしれないわね!」
「本当!? やったぁぁぁ! サクラ、激レアアイテム当てたー!!」
サクラが両手を挙げてぴょんぴょんと飛び跳ねて大喜びする。
周囲でスリリングなガチャの結果を見守っていたトラベラーたちも、まるで自分のことのように「おおっ、大当りか!」「よかったな小娘!」と歓声や拍手を送ってくれた。
「ふふ、じゃあ今回はこれで本当におしまいね?」
私が尋ねると、みんな大満足といった様子で大きく頷いた。
私たちは温かい拍手に包まれながら長蛇の列から離れ、十階層の遺跡を後にするため出口へ向かって歩き出す。
――自分たちの背後から、不穏で不躾な『何者かの視線』がジッと注がれていることには……この時の私たちは、まだ全く気がついていなかったのだった。
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