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No.68活動記録:サクラのウルトラCと、金欠リーダーの決断



No.68活動記録:サクラのウルトラCと、金欠リーダーの決断




 目前まで迫る恐竜の群れ。その凄まじい地響きを前にして、サクラは恐れる風もなく、むしろ楽しそうに両手の本を開いた。


 片手にはメモ帳を。もう片手には、麻痺の魔道書を。


 「ペラペラ~」


 サクラが両手でページを、寸分違わぬ完璧なタイミングで同時に捲る。


 すると、サクラの目の前の空間が歪み、ぬらりとした青白い光の塊が空中に出現した。それは宙を泳ぐようにくねくねと身をよじらせている。


 「……ナマズ?」


 思わず呟いた私に、おっさんAIが即座にツッコミを入れた。


 『いや、ウナギやな。多分、電気ウナギやないか』


 「えっ、電気ウナギっているの?」


 『居るで。電気ナマズの方が有名やけど、南アメリカの川とかに普通に生息しとるやつやな。――ってお嬢さんら! 世間話はそこまでや! 一応、サクラはんの射線上(前)には出ん方がエエ! 万が一に備えて、ヒマリはんは、『桃源花盾(とうげんかじゅん)』の展開準備を頼むわ!』


 「わかりました!」


 ヒマリが素早く傘を開き盾として構えるのと同時に、サクラが満面の笑みで叫んだ。


 「ウナギさん、やっちゃえぇ!」


 サクラがさらに『強化の魔道書』のページを勢いよく捲る。


 次の瞬間、宙に浮かぶウナギの全身が激しく明滅し、バチバチと周囲の空気を引き裂くような稲光を放ち始めた――と思った刹那。


 ――ッッドオオオオオオオオオオオン!!!


 鼓膜を直接叩き割るような、凄まじい大轟音がダンジョン内に響き渡った。


 『……ホンマ、様相だにせんことをサラッと成功させよるお嬢さんやな』


 おっさんAIが、感心しているのか呆れ果てているのか判別のつかない、平坦な合成音声を漏らす。


 凄まじい轟音と閃光に、私たちの目と耳が一瞬だけ完全に機能停止していた。


 やがてチカチカとする視界が元に戻り、ようやく周囲の状況を認識できるようになった時――私たちの目の前には、全身が炭のように黒焦げになり、今まさに光の粒子となって消えかけている恐竜の群れの姿があった。一撃、たったの一撃で全滅である。


 「ふぇぇ……びっくりしたぁ。すごい音がしたねぇ……」


 当の本人であるサクラが、自分の引き起こした現象に驚いてパチパチと瞬きをしている。


 『そらそうや。電気(雷)と麻痺のデバフ魔法は、もともと術式的な相性が抜群にエエ。そこにサクラはんのバフ強化を上乗せして重ねがけしたんやから、至近距離で「本物の落雷」が発生したようなもんやで。とは言え……まさか本当に、ぶっつけ本番で同時発動(マルチキャスト)を成功させるとはな。これがサクラはんの持つ『ブックマーカー』のスキルが干渉して起こったことなんか、それとも魔法同士の親和性の問題なんか、あるいはジェナはんの強化魔道書が媒介(ハブ)となってシステムエラーに近い現象を引き起こしたんか……。現状、検証データが一回きりやから断定はできんけど、トラベラーの歴史上でも前代未聞の離れ業やで、これ』


 「サクラ、すごいの!? えへへ、すごーい!」


 『凄いっちゃ凄いけどな、こんなウルトラC級の合体魔法、サクラはん以外のトラベラーには逆立ちしても真似できひんと思うで』


 「……おっさんAI。何にしても、今のやつはあまり人前(配信や他のトラベラーの前)ではやらない方がいいのかしら?」


 私は冷や汗を拭いながら、少し不安になって尋ねた。


 『いや、そこまで極端に警戒せんでもエエやろ。「サクラはんのユニークスキルのおかげや」って言い張れば、周りも「そういうチートスキルがあるんやな」って納得して誤魔化せるレベルの話やからな。むしろわて個人としては、もっと検証データを山ほど集めたいところや』


 「わかった! サクラ、おうちに帰ったら他にも面白そうな組み合わせ、いろいろ考えておく!」


 目を輝かせるサクラの横で、私は重いため息をついた。


 「おっさんAIが平気だって言うなら、きっと大丈夫なんだろうけど……なんだか、他人に絶対に秘密にしておかなきゃいけない『切り札』が、どんどん増えていく気がするわ……」


 『そこはダンジョンに潜る以上、しゃあない部分もあるで。トラベラーなんてな、誰しも大なり小なり他人に言えん秘密や裏の手を隠し持っとる奴らばかりなんやから』


 「そうは言ってもねぇ、って感じよ。私の胃の負担が増えるだけじゃない……」


 「なるようにしかならねぇんだから、そんな細かいこと気にすんなって、スイ!」


 スズカが私の背中をバンバンと豪快に叩く。


 「私はスズカみたいに、そこまで超ポジティブに生きられる頑丈なメンタルは持ち合わせてないのよ……」


「まあまあ。私たちの『パーティー内だけの秘密』ということに連帯責任にしておけば、スイちゃんの心理的な負担もそれほど大きくはならないと思いますよ?」


 ヒマリが優しく微笑みながら、フォローを入れてくれた。


 「……そっか。そうね、みんなの秘密だと思えば、少しは気が楽になるかも。ありがと、ヒマリ」


 「どういたしまして」


 『まぁ何にしても、頼もしい広範囲殲滅手段(火力)が手に入ったわけや。これから二十階層へ進むにあたって、手札(アプローチ)が多いに越したことはないさかいな』


 「そうね。サクラの新しい魔法だけに頼るんじゃなくて、私たちもそれぞれできること、新しい連携を増やしていきましょう!」


 「おうよ! サクラにだけ良い格好させてらんねぇからな。オレももっと工夫して戦えねぇか考えねぇとな!」


 「ふふ、私もサクラちゃんを真似て、何か面白いスキルの使い方がないか、頑張って考えてみますね」


 「むふー! 考えるのなら、サクラが一番得意だよ! みんなに負けないんだから!」


 「そうね。あんたの突拍子のなさだけは、誰も勝てないわ」


 『ほな、雑談はここまでにして、ドロップアイテムを回収して先へ進みまひょうか』


 私たちは恐竜たちが残していったドロップアイテムを素早く回収すると、まだ見ぬ十五階層の次元門を目指して、再び賑やかに歩き出すのだった。


 安堵の息を漏らし、のんびりとした歩みに戻ったのも束の間のことだった。


 先ほどの規格外の轟音を聞きつけたのか、前方の茂みが激しく揺れ、新たなモンスターの群れが姿を現した。


 「やっぱり、さっきのド派手な魔法の音に引き寄せられたのかしら……。まあ何にしてもみんな、戦闘準備!」


 「「「了解!」」」


「サクラ! さっきの合体魔法は使わないで、またモンスターを呼び寄せかねないから、いつも通りの『メモ帳』か、デバフの魔道書でお願い!」


 「わかった! なら、この間サクラが考えてきた新必殺技、いっくよー! せーの……ペラペラ~……あれ?」


 サクラは不思議そうに小首を傾げ、もう一度ページを捲った。


 「ペラペラ~……あれ、あれれ? ――ど、どどど、どうしようスイちゃん!? サクラのメモ帳が壊れちゃったかもしれない!?」


 「ええっ!? 急にどうしたのよ!?」


 「 メモ帳のページを捲っても、全然魔法が出てこないの……っ!」


 「嘘!? まだ五発は使い切ってないわよね!?」


 「う、うん。まだ全然使ってないよぅ……っ」


 泣きそうな顔でメモ帳を抱きしめるサクラに、私は一瞬頭が真っ白になりかけた。けれど、今は目の前に敵が迫っている。


 「おっさんAI! それにスズカ、ヒマリ! 悪いけど、原因がわかるまでそっちの戦闘を任せていい!?」


 「おう、任せとけ! スイやサクラの手が塞がってようが、オレたちだけでなんとでもしてやらぁ!」


 スズカが不敵に笑ってランスを構え、モンスターの突進を受け止める。


 「はい。こちらは問題ありませんので、スイちゃんはサクラちゃんをお願いしますね」


 ヒマリも冷静に傘を構え、スズカの死角をカバーするように滑り込んだ。頼もしい二人が前線を支えてくれている間に、私はおっさんAIをサクラの元へ呼ぶ。


 「おっさんAI、スキャンお願い!」


 『あいよ。どれどれ、ちょいとそのメモ帳を近くで見せたってや、サクラはん』


 サクラはおずおずとおっさんAIにメモ帳を差し出した。おっさんAIはカメラレンズから青いスキャン光を照射し、本全体を隅々まで調べていく。


 『……んー、あー、なるほどな。これは……』


 「……おっちゃんAI、サクラのメモ帳、壊れちゃった……? もう使えない?」


 『結論から言うたら、壊れてへんよ。そこは安心しぃ』


 「壊れてないなら、なんで魔法が使えなくなっちゃったの?」


 『まぁ、詳しい回路の状態まではわてのシステムログからは見きれんところもあるんやけど……。おそらく、さっきの無茶苦茶な「合体魔法」を使った瞬間に、メモ帳側に想定外の強烈なフィードバック現象が起きて、一時的なセーフティ機能(誤作動)が働いたんやろうな。いま魔法が撃てへんのは、そのバグのせいで「今は魔法を全弾撃ち尽くした」っちゅう処理に、システムが強制的に書き換えられてもうたからやないかと思う』


 「じゃあ、いつものように時間が経てば、また元通り使えるようになるってこと?」


 『せやな。もしかしたら復旧までにもう少し時間がかかるかもしれん。そうやな、次に使えるようになるまでは、最低でもダンジョン攻略一回分くらいは覚悟した方がエエ……ただ、これだけはシステム的に保証したる。絶対に、時間が経てばまた使えるようになるから安心しぃ』


 「……そっか。それならひとまず安心ね。サクラ、良かったわね」


 「……うにゅぅ。でも、サクラ、しばらく役立たずになっちゃうの……?」


 しょんぼりと肩を落とすサクラに、私は彼女のポシェットを指差した。


 「何を言ってるのよ。あんたには、新しい魔道書があるでしょう? メモ帳が使えない間は、そっちを使いこなせるように試してみなさい。――それから、さっきの合体魔法は今後『禁止』ね。絶対に、私の許可なく使っちゃダメよ」


 「……はぁい、わかった」


 『まぁ、そうそう都合良くノーリスクで使える裏技はなかったちゅうことやな。しかしサクラはん、そう気を落とさんでもエエで?』


 「なんで?」


 サクラが不思議そうに大きな目を瞬かせる。


 『サクラはんはある意味、このダンジョンの歴史の中でも前代未聞の事象をクリアしよったんや。もしわてがこのダンジョンのシステムを管理する最高権限者やったらな、次にサクラはんのスキルを発現は――確実に「魔法合成」とか「同時詠唱(マルチキャスト)」みたいなスキルを与えると思うで。期待して待ってみぃな!』


 「おおおっ!? そうなの!? そうしたらサクラ、今度こそちゃんとしたスキルがもらえるの!?」


 一瞬で瞳に輝きを取り戻したサクラの現金な様子を見て、おっさんAIはフッとレンズの光を揺らした。


 (『……まぁ、あくまで「その可能性がある」っちゅうだけで、本当にもらえるかはわてのハッタリやけどな。モチベーション維持のために内緒にしておこう』)


 おっさんAIの機転(?)のおかげでサクラは元気を取り戻したものの、やはり『メモ帳』は依然として完全に沈黙したままだった。他の魔道書によるデバフ魔法などは問題なく使えたが、いつもの爆発的な手数は出せない状態だ。


 「サクラが今使えるのは、こっちの魔道書の他に、このおじいちゃんがくれた『筆』と、スーちゃんが選んでくれた『扇子』と、こっちのサクラが選んだ『将棋の駒』の子たちだけかぁ……。んー……」


 サクラは腕を組んで、小さな駒たちを見つめながら、どうにか使えないかと考え込んでいる。


 「あんまり一人で難しく悩まなくていいのよ。あんたはいつも通り、自然体でひらめいた時の方が、絶対に面白いことをしでかすんだから」


 「んー……! うん、そうだね! わかった!」


 私のからかうようなアドバイスが効いたのか、サクラはいつもの無邪気な笑顔に戻り、ポシェットを叩いた。その様子を見て、私もホッと胸を撫で下ろすのだった。

 

 五発しか使えないとはいえ、サクラの強力な手札である『メモ帳』がしばらく使用不能になってしまったのは、私たちのパーティーにとって間違いなく手痛いアクシデントだった。


 道中の戦闘は乗り切れているものの、このままさらに深い階層へと進むのはリスクが伴う。私は、今回の探索はある程度のところで切り上げて一度地上に戻り、サクラのために追加の魔道書を買い与えて手札を増やしてやった方がいいのではないかと検討し始めていた。


 (……いや、買い足してあげるのは吝(やぶさ)かではないんだけど、問題はやっぱり「お金」よね……)


 スズカたちからはよく貧乏性だの守銭奴だのと揶揄されるけれど、ダンジョン探索を安全に続けるためには装備や消耗品にそれなりのお金をかけなきゃいけないし、配信のクオリティを上げるためにもっと良い配信機材も導入したい。そうやって必要経費をリストアップしていけば、本当にキリがないのだ。


 「……ねぇ、おっさんAI」


 『なんやスイはん。眉間にシワ寄せて、また難しい顔してどうしたんや?』


 「今回は、このまま一気に二十階層まで目指すのはやめて、次の次元門に着いたら一度地上に戻ろうかと思うんだけど……どう思う?」


 「えー!? なんだよスイ、もう戻るのか? せっかくここまで順調に来てんのに、二十階層まで行かねぇのかよ?」


 スズカが不満そうに声を上げる。


 「万全、とまでは行かなくても、私もそれなりの準備をして挑んだつもりよ。だけど、サクラのメモ帳の件もあって、どうにも準備不足が否めない気がするの」


 『……』


 おっさんAIは珍しく、口を挟むことなく黙りこくって私の言葉に耳を傾けている。


 「今のオレたちの実力なら、このまま二十階層までだって十分押し通せると思うけどな」


 「二十階層の『移動遺跡』は、今もゆっくりと移動し続けているんでしょう? 焦る気持ちはわかるけど、だからこそ確実性を上げていきましょう。もし無理に進んで、みんなが大きな怪我でもしたら、私は絶対に嫌だからね」


 私の真剣な眼差しを受け、ヒマリが小さく微笑んで頷いた。


 「……そういうことですか。わかりました。そこまで私たちの安全を考えてくれているスイちゃんがそう仰るなら、私は全面的に従います」


 「おいおい、そんな綺麗な顔で納得されたら、オレが一人でごねてる悪者みたいじゃねぇか。わかったよ、オレだって異論はねぇ。このパーティーのリーダーはスイなんだからな。お前の判断に従うぜ」


 スズカが降参するように両手を上げて苦笑いする。


 「サクラは、それでいい?」


 私は、さっきからポシェットの中身をガサゴソと弄っているサクラに声をかけた。


 「うにゅ? なぁに、スイちゃん?」


 「何って、次の次元門で一度地上に戻ろうって話。ちゃんと聞いてた?」


 「ごめんちゃい! サクラ、どんな魔法の組み合わせが良いか、ずっと考えてた!」


 「……まったく、あんたって子は。――サクラ、地上に戻ったら、予定を変更してあんたのために追加で魔道書を何冊か買いましょう」


 「えっ、本当に!? いいの!? スイちゃんの万年金欠病は大丈夫なの?」


 「ぐっ……! だから、金欠は病気じゃないってば! ちゃんと予算はあります、心配しないで。これでも一応、リーダーなんだからね」


 「わーい! スイちゃん大好き! そうなったらサクラ、もっともっと面白い魔法、いっぱい考えられるよ!」


 「そうね、突飛なことばかりじゃなくて、実用的なやつも考えなさいね」


 「……あー、なる。そういう理由も含めての帰還ってわけか」


 スズカがようやく納得したように、ポンと手を叩いた。


 「だったら話は早いな。さっさと次元門まで行っちまおうぜ」


 「そうね。おっさんAIも、それでいいでしょう?」


 『……わては端からアドバイザーや。求められれば進路を示すし、最適な答えも出し崩しまっせ。次元門へ行くっちゅうなら、最短ルートの案内は何ら変わらへん。このままサクッと行きまひょうか』


 「ええ。じゃあみんな、今回の探索はあと少しだけ。次元門まで頑張りましょう!」


 「「「おー!」」」


 目標を切り替えた私たちは、足並みを揃えてダンジョンを突き進んだ。


 そうして私たちは、十五階層を無事に突破して十六階層へと繋がる次元門にたどり着いた。


 私たちは、目の前で静かに青い光を放つ十六階層には足を踏み入れず――地上へ戻るための帰還の光に身を包まれ、今回の探索を終了したのだった。






挿絵(By みてみん)

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今回、作品に挿し絵を追加しました!

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