No.66活動記録:魔道書と、三人の秘密の買い物
No.66活動記録:魔道書と、三人の秘密の買い物
二十階層の移動遺跡へ向けて。私たちはダンジョンから一時帰還すると、ダンジョンギルドに隣接する「ストレージマーケット」へと足早に向かった。
「それじゃあ、まずはサクラの魔道書を買うのが一番の目的ね」
私が懐の財布中身を意識しながら言うと、ヒマリが手帳を取り出してすらすらと書き留めていく。
「攻撃系、防御系、補助系、阻害系、回復系の五つの系統ですね。漏れはありませんか?」
「おっさんAI。攻撃系は、今回は基本何でも良いんだよな?」
『せやな。もちろんあるに越したことはないけど、今回の買い出しで一番重要になってくるんは「回復系」と「阻害系」の二つや。特に回復系は、ただ傷を治すやなくて「状態異常を治せるタイプ」が欲しいところやな』
「状態異常対策、か。普通のヒール系じゃなくていいの?」
『普通の回復やったら、すでにヒマリはんの『桃源花盾』があるからな。資金に余裕があるなら予備として買うてもエエけど、最優先やない。まずは搦め手への対応力や』
「なるほどね、わかったわ」
『で、次に欲しいのが阻害系や。これもヒマリはんの『寒梅穿牙』が凍傷効果付きの攻撃手段になっとるけど、それとは別に、相手の動きを止められる「睡眠」か「麻痺」の二大デバフは絶対に欲しいところ。あとは欲を言えば「毒」なんかの継続スリップダメージ系もあれば戦闘がぐっと楽になる。……最後は補助系やな。これもヒマリはんの『焔の火種』があるけど、効果が重複して掛けられるバフがあれば、お嬢さんらの生存率は跳ね上がるはずや。――ってか、こうやって冷静に並べてると、ヒマリはんホンマに万能タイプやな。隙がなさすぎるで』
「ふふ、恐れ入ります」
褒められたヒマリが、嬉しそうに口元を綻ばせる。
「……うーん、それにしても買わなきゃいけない種類が多いわね。予算、本当に足りるかしら?」
初級の安物とはいえ、系統を揃えてまとめ買いするとなるとそれなりの額になる。
『足らへんのなら、買い揃えた本をテストするついでに道中の階層で稼げばエエだけのことや。直で二十階層へ特攻するよりは、よっぽど有意義な準備運動になる。エエかスイはん、一番マズいのは「準備不足」や。「これだけあれば十分足りる」やなくて、「これだけ万全に準備してもまだどこか不安や」……くらい臆病な気持ちでおるのがちょうどエエ。そうすれば、いざ本番に挑む時に絶対に慎重に立ち回れるようになるからな』
「わかったわ。じゃあ、まずは魔道書が専門で売られてるエリアへ行きましょう」
『ほな、あっちのブロックやな。わてが案内したる。ついてきぃ』
ふよふよと宙を浮かびながら先導するおっさんAIの後を、私たちは固まって歩き出す。
賑やかなマーケットを歩いていると、すれ違う顔見知りのトラベラーたちから「あ、スイちゃん、ダンジョン帰り?」などと声をかけられて立ち止まりそうになったり、魅力的な出店が目に入って覗きたくなったりする。けれど今回は、二十階層という領域へ挑むための真剣な買い出しだ。
「寄り道はしない。サッと買ってサッと戻る!」と心の中で固く決意し、軽い挨拶程度で笑顔を返しつつ、目的地へと真っ直ぐ進んでいく。
やがて目的のエリアに到着すると、そこには乱雑に並べられたジャンク品や、魔道具の「ワゴンセール」が行われている一角があった。
「はぁ……なんだか、ちょっと懐かしいわね。サクラのあの『メモ帳』も、元々はこういうワゴンセールの山から見つけたのよね」
『そう考えると、なかなか縁がある話やないか』
「でも、今回の目的はそういうワゴンセールの日用品じゃないでしょう? ちゃんと効果が保証されてる魔道書をショップで買わないと」
私が言うと、おっさんAIのカメラレンズが企むように細められた。
『そらそうなんやがな。……せっかくやし、ここで一つ「サクラはんの運試し」をしてみるのもおもろいんちゃうか?』
「うにゅ? サクラの運試し?」
『せや。サクラはんは、時折「変な引き」を持っとるからな。まさかまさかの掘り出し物が、このジャンクの山に紛れ込んどるかもしれん。……よし、それじゃあ魔道書の本命の買い物は、わてとスイはんの二人でササッと済ませてくるさかい。その間、スズカはん、ヒマリはん、サクラはんの三人で、あそこのワゴンセールから「直感的にこれや!」と思う面白そうな魔道具を一人一つずつ、見つけておいてみるのはどないや?』
スズカが、山積みのジャンク品を胡散臭そうに見つめながら、片眉を上げた。
「おいおい、もし選んだやつが全然使い物にならねぇゴミだったらどうするんだよ?」
『その時は、戻ってきたわてが一応システム鑑定したる。まぁ、ただの「日用品レベルの魔道具」をその場の突拍子もない発想だけで戦闘に活かそうなんていう荒技は、わてのアドバイスの範疇を完全に逸脱しとるから、そこだけは勘弁してや?』
「まあ……一人1個までなら、ジャンク価格だし予算に収められる、かな……?」
私が渋々お財布の紐を緩めると、みんなの目が一気に輝いた。
「へっ、面白そうじゃねぇか! リアルくじ引きみたいなもんだな!」
「おおおっ! サクラ、絶対に大当たり当てる!」
「ふふ、おもしろそうですね。では私も、掘り出し物を狙って頑張って選んでみましょうか」
「じゃあそういうことで、一時間後くらいにここの広場で合流ね。それまでに各自お気に入りを見つけておいて」
私はそう言い残しておっさんAIと共に魔道書専門店へ。
スズカ、ヒマリちゃん、サクラの三人は、ワクワクした様子でジャンクのワゴンセールへと突撃していった。
私とおっさんAIが魔道書の専門店エリアへと向かったあと、残された三人は山積みのワゴンを前に顔を見合わせた。
「なあ。みんなでゾロゾロ固まって探すより、それぞれバラバラになって探してみねぇか?」
ニカッと不敵に笑うスズカに、ヒマリが上品に口元を隠して微笑む。
「ふふ、つまり『何を選んだかは後でお披露目』という、サプライズのような趣向ですね?」
「おう! 話が早くて助かるぜ、ヒマリは」
一人だけ話の流れについていけず、きょとんと首を傾げているサクラを見て、ヒマリが優しくかがみ込んだ。
「サクラちゃん、誰がどんな面白いものを選んだか、後で見せっこしようというお話ですよ」
「おおっ、なるほど! くしし……! ならサクラ、すっごいの選んでくる!」
「オレもみんながひっくり返って驚くようなやつを選んでやるぜ」
「それでは私は、普段の自分なら絶対に選ばないような、少し冒険した品を探してみることにいたしますね」
「よっしゃ! 偶然同じのを選んじまったらそん時だ。一時間もねぇけど、時間になったらこのワゴンの前に再集合な!」
「わかったー!」
「はぁい、了解しました」
気合十分な返事と共に、三人は散らばるようにして別々のワゴンへと向かっていった。
まずは、やる気満々で腕まくりをしたスズカから。
「……さて。みんなが驚くようなやつ、とは言ったものの、ワゴンセールだしな。この、注いでも冷めないコップとか……いや、意外性がなさすぎるか。かといって、この十徳ナイフなんかを選んだら『やっぱりスズカらしいな』って言われて拍子抜けされそうだし……。ヤベェ、意外と難しいぞ、これ!」
腕を組み、唸りながらワゴンの山をひっくり返す勢いで漁っていく。そうしてガサゴソとジャンクの山をかき分け、最奥に眠っていた「ある品」を見つけた瞬間、スズカの目がギラリと輝いた。
「――お? これか……? これならオレのイメージと一番遠いし、めちゃくちゃ意外性があって良いんじゃねぇか! よし、これに決めた!」
スズカは満足げに、その奇妙な品をしっかりと手に取った。
続いて、楽しそうにワゴンを眺めるヒマリ。
「ふふ、なんだかみんなへのプレゼント選びみたいで、少しワクワクしてしまいますね。そうですね……私が選びそうになくて、かつ、サクラちゃんが使うと面白いような物、という基準で選んでみましょうか」
ヒマリはスズカとは対照的に、一つ一つの品を手に取り、丁寧に観察しては吟味していく。壊れていないか、魔力の残量はどうか。そうして穏やかな微笑みを浮かべながらジャンクの森を探索すること数分。
「こちらは……もしかしたら重複してしまうかもしれませんが、実用性はとても高そうですね。うん、こちらにいたしましょう」
ヒマリも、無事に納得のいく品を見つけられたようだ。
最後に、大本命(?)のサクラ。
「んー……なんか違う。これもピピッと来ないなぁ」
サクラはワゴンの品を手にとって、うーんと唸ってはコトッと戻し、取っ替え引っ替えしながら選んでいた。
直感で動くサクラにとって、この「ピピッ」とくる感覚こそが何よりも重要だった。
「あ、これ可愛い! ……あっ、ダメだ。今回はそういう『可愛いから』っていうので選んじゃダメなんだ。役に立ちそうなので、選ばないと。ううっ、ごめんね……」
サクラの感性にはドストライクな品だったが、戦闘や探索の役に立つかと言われると、さすがに首を傾げざるを得ない。サクラは後ろ髪を引かれながらも、その品を一旦ワゴンの横のスペースに避けて置き、別の中身を探し始めた。
「これじゃない……これでもないなぁ……」
しかし、いくら探してもあの「ピピッ」とくる感覚は訪れない。気がつけば約束の時間が刻一刻と迫っていた。
「うにゅぅ、どうしよう……」
困り果てたサクラの視線が、ふと、諦めきれずに横へ避けておいた、さっきの「可愛い品」へと向いた。その品は、まるでサクラに選ばれるのを健気に待っているかのように、ジャンクの隅っこで静かに佇んでいる。
「……やっぱり、この子に決めた!」
サクラは意を決して、その愛らしい魔道具を両手でそっと抱き上げた。
三人が三者三様の魔道具を選んでいた頃。私とおっさんAIは、魔道書専門店がずらりと並ぶエリアで本棚を睨みつけていた。
「……ぐっ。わかっていたことだけど、やっぱり高いわね、魔道書って……」
値札を見つめながら、私は思わず胃を押さえた。
『安もんでも一冊十万円は最低ラインからスタートするからな。さっき言うたように、今回はまず「回復系」と「阻害系」の二冊に絞って購入することにしとこうか』
「……ランクは、本当におっさんAIの言う通り、最低の初級クラスで良いのよね?」
『せや。――ここからはあんまり大きな声では言えんけどな』
おっさんAIはカメラレンズの光量を少し落とし、私の耳元に近づいてボリュームを絞った。
『サクラはんが持っとるあの「強化の魔道書」があれば、ベースが初級の安物であっても中級クラスの威力までは強制的に引き上げられる。せやから、今回は値段の高さやなくて、純粋に「どんな追加効果があるか」という機能面だけをきっちり確認して選べばOKや』
「なるほどね……。ねえ、ちなみになんだけど、魔道書って回数制限とかってないの? 」
『チャージ型と呼ばれる魔道書なら、使用回数の制限とかリキャストタイムが存在するな。ただ、そういう特殊な魔道書は、魔法使い系のスキルを持っとらんトラベラーでも使えるようになってるんやで』
「え? 魔道書って、読めば誰でも魔法が使えるようになる便利アイテムじゃないの?」
『厳密に言えばちゃうで。本来、ランクの低い普通の魔道書は、サクラはんやヒマリはんみたいに「魔法使い系」や「魔導系」の適性スキルを持っとる人間が、魔道書の中身の術式を読み解き、詠唱を介して自分の力で発動させるもんや。逆に、スイはんやスズカはんのように脳筋……ゲフン、魔法スキルを一切持っとらん人間が使う場合は、魔道書自体に独立したエネルギーが蓄えられとるタイプやないと使えへん。例えるなら「銃」やな。銃型にはチャージ型とカートリッジ型があって、時間が経てば自動で力が溜まってまた撃てるようになるか、弾丸を詰め込んで撃つかの違いや。サクラはんが普段からページをペラペラ捲るだけで魔法をバンバン撃ちまくるから、感覚が麻痺しとるかもしれんけどな』
「……あの子、やっぱり存在自体がチートなのね」
『前にも話したけどな、初期から突出して強いスキルを持つトラベラーは、そのぶん後から派生スキルが発現しにくい仕様になっとるんや。せやからサクラはんもヒマリはん同様に、もしかしたら「ブックマーカー」のスキル以外では、純粋な魔法使い系の派生スキルを発現せん可能性がある』
「……世の中、そのあたりはちゃんとバランス調整みたいなのが入るのね」
『誰がその調整を行っとるんか、あるいは最初からそう組まれたシステムなんか……ダンジョンは本当にわからんことばかりや。まぁ、何にしても今は目の前の魔道書選びに集中しようか』
「そうね。まずは回復系と阻害系を一冊ずつ――」
――そこから始まった、私とおっさんAIによる徹底的な吟味の嵐。
最初は二冊だけのつもりだった。けれど、見れば見るほど「あれも欲しい」「これならサクラが使えば化ける可能性がある」という欲が出てきてしまい、気がつけば買い物カゴの中身は大変なことになっていた。
最終的に私が購入したのは以下の通り。
【回復系】 擦り傷程度を治す『軽癒の書』、軽い毒を解毒する『清癒の書』の二冊。
【阻害系】 睡眠、麻痺、毒のバリアントを持つデバフ三冊。
予定では二冊だったのに、合計、なんと五冊の爆買いである。
「……うう、総額を聞けば『致命的な痛い出費』とまでは言えないレベルだけど……。それでも、一介の女子高生が一度に支払う金額としては相当デカい買い物よ、これ……」
軽くなった財布を抱え、私は遠い目をした。
『まあまあ、今の資金なら最低ランクを五冊まとめ買いしても、二十階層攻略用の他に必要な準備予算は十分残るし、お陰でパーティー全体の戦力底上げという意味では、これ以上ない最高のエエ買い物ができたと思うで。あとは、あちらの三人がワゴンセールで一体何を選びよったのか、答え合わせが楽しみっちゅうことやな』
「そうね。ヒマリはともかく……スズカは確実に刃物とか工具とか、そっち系統のゴツいやつよね。問題はサクラだけど……幼馴染みの私でさえ、あの子のチョイスだけは本当に予想がつかないのよ。可愛いモノって言っても、あの子独特な感性があるし」
『わてのデータから導き出した予想としては、南国のお土産物屋の隅っこに置いてあるような、妙ちくりんな木彫りの仮面とかを選んどると思うで』
「……あ、それすっごくありそう」
思わず納得して笑ってしまう。
「じゃあ、私は対抗馬として……なんだか古めかしい、そうね。アンティークな品ってことにしておこうかな」
『随分と無難な置きにいった予想が来たな、スイはん』
「だって本当にわからないのよ、あの子が選ぶものだけは! 毎回斜め上を行くんだから」
『ほな、さっそく答え合わせといってみようか』
おっさんAIと共に、私はずっしりと重みを感じる魔道書の袋を抱え、三人が待つワゴンの広場へと足早に戻ることにした。
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