No.64活動記録:音波兵器と羊肉(ラム)パーティー、それから次なる目標
No.64活動記録:音波兵器と羊肉パーティー、それから次なる目標
あの、ある種の黒歴史――「清楚系お嬢様」のメッキがリアルタイムで剥がれ落ち、手動ブロックを連打する姿を白日の下に晒したゲリラライブ配信から数日後。
私たちは気を取り直し、新たに十一階層へと足を踏み入れていた。
「……十一階層にもなると、景色が変わったって言うのがわかりやすくなるわね」
立ちこめる淡い光の粒子を払いのけながら、私は周囲を見渡して息を漏らした。
十階層までは、どこまでも平坦で牧歌的な花畑に、背の低い林が申し訳程度に点在しているだけの、視界の開けたエリアだった。しかし、この十一階層は明らかに空気が違う。湿り気を帯びた土の匂いが濃くなり、前方には視界を遮るほどに生い茂った、鬱蒼とした「森」らしき緑の塊がそびえ立っていた。
行く手を阻むように広がる未知の樹海。その不気味な静けさに身構えていると、私たちの頭上でふわふわと浮遊していたバスケットボールサイズの球体――おっさんAIのレンズが、警告を告げるように小さく明滅した
『あの大層な森の辺りには、あんまり近寄らん方がエエな』
穂先のないランスを肩に担ぎ、退屈そうに地面の小石を蹴っていたスズカが、興味深そうに視線をそちらへ向ける。
「ん? なんかあんのか、おっさんAI」
『ああ言う森にはな、「モンキーポッド」言う猿型のモンスターが群れでおるんや。やつらは基本集団で行動して、縄張りに踏み込んできたトラベラーを囲んで襲ってくる』
「お猿さんかぁ。ねえねえ、可愛い?」
サクラが目を輝かせ、ぴょこぴょこと私の隣で跳ねながら尋ねた。アニメや絵本に出てくるような愛らしい小動物を想像しているのだろう。だが、おっさんAIの返答は無情だった。
『可愛いかどうかは知らんけど……獰猛極まりないで。木の上から太い枝やら尖った石なんかを、的確に狙い澄まして投げつけてくる。もちろん、間合いに入れば容赦ない引っ掻きや噛みつきなんかもしてくる凶暴なやつらや』
「物理的な飛び道具に、集団での奇襲……その辺は地上の野生の猿と変わらないのね。厄介だわ」
私が顎に手を当てて小さく身震いすると、おっさんAIのカメラレンズがさらに細められた。
『それだけやあらへん。あと一番気を付けなきゃならんのは、あいつらの手癖の悪さ、つまり「荷物」や。他のトラベラーの話やが、前方の戦闘に集中しとったら、後ろから回り込んできた別の個体に、バックパックごと荷物を持ち逃げされたなんていう被害報告も上がっとる。見た目に反して、めちゃくちゃ狡猾さもあるからな』
それを聞いたヒマリが、自身の衣装のポケットやマジックバッグの紐をそっと手で押さえ、生真面目な顔で頷いた。
「なるほど……。荷物は常に視界に入れ、しっかり持っておいた方がよろしいですね」
「チェッ、面倒な猿どもだな。……なぁ、あれくらいの大きさの森だったら、こいつの主砲で森ごと一発で吹き飛ばせるんじゃねぇ?」
スズカがニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、私たちの後ろに控える魔道機人形の「ゴークくん」の無骨な足をポンと叩いた。ゴークくんに搭載されてる胸からのエネルギー波砲の火力を以てすれば、あの鬱蒼とした森など一瞬で消し炭の荒野に変えられるだろう。
しかし、おっさんAIの体が左右に激しく揺れた。
『出来るか出来ないかで言えば余裕で出来るけどな。それやったら、全部ゴークくん任せの配信になってまうから、スイはんは絶対にやらんのや』
私はごめんねと言うように手を合わせる。
配信者としてそれはなるべくなら避けたい行いだからだ。それでも──
「まあ……本当にどうしてもの、命の危険があるような危ない時は遠慮せずに、ゴークくんやスズカの神霊に頼るけどね。でも、基本は私たちだけで行う探索だから」
「了解。オレはリーダーに従うぜ」
スズカはランスの柄を握り直し、不敵に笑う。その頼もしい言葉に背中を押され、私は胸を張って全員を見回した。
「じゃあ、いつも通りに安全マージンをしっかり取りながら、無理のないペースでモンスターの討伐をして行きましょう!」
「「「おー!」」」
私の合図に合わせて、みんなが元気に拳を突き上げる。和気あいあいとした、いつもの私たちの空気が戻ってきた。……が、私はそこでハッと重要なことを思い出し、人指し指を立ててビシッと付け加えた。
「あ、でも、虫系統だけは全力で逃げます。そこだけは譲りません」
情けなく思われるかもしれないが、これだけは自分のプライドを完全にかなぐり捨ても、真顔で自分のスタンスだけは誇示する。あの多脚でカサカサと動く不浄の生物だけは、どんなに安全だと保証されても精神的なダメージが大きすぎるのだ。
『……了解や。そしたら、そっちの虫が湧きそうなジメジメしたルートは通らんように、索敵を厳重にしときますわ』
おっさんAIの頼もしい、かつ若干呆れたような声が響く。そうして私たちは、機械球が放つ青いスキャン光線の案内のもと、十一階層のなだらかな丘陵地帯の探索へと邁進していった。
しばらく進み、遭遇した数体の初めてのモンスターを危なげなく処理し終えたところで、スズカがふぅと息を吐きながらランスを肩に戻した。
「しかし、この階層もオレのランスの全力の出番って程のもんはないな」
『そらそうやろ。スズカはんの持つその魔道ランスの力なんて、まだ半分も使ってへんからな。前にも言うたと思うけど、二十階層を過ぎるまでは、それの本当の出番は来ぇへんと思うわ』
「……ごめんね、スズカ。私が不甲斐ないばかりに、いつも安全な場所にばかり誘導しちゃって……」
私が眉を下げて謝ると、スズカは呆れたように片目を瞑り、私の頭を軽く小突いた。
「気にすんな、スイ。お前が不甲斐ないなんて思ったことねぇよ。それならそれで、しょうがねぇさ。オレたちはオレたちの歩幅で、ゆっくり行けば良いんだよ」
「うんうん、そうだね! でも、スイちゃんの冒険はドキドキもワクワクもちょっと少ないからね!」
サクラが口を尖らせてクスクスと笑う。
「もうっ! 毎回毎回、命のやり取りでハラハラどきどきしてたら、私の心臓が持たないでしょうが!」
「ふふ、私はスイちゃんが一生懸命考えてくれてますから、毎回とっても楽しいですよ」
「うう……ヒマリだけだよ、そうやって優しく言ってくれるのは……!」
私は感激のあまりヒマリの手にすがりついた。ヒマリは困ったように、けれど嬉しそうに微笑んで私の背中を優しく撫でてくれる。本当にこのパーティの聖母だ。
そんな私たちの様子を、おっさんAIのカメラレンズがどこか温かみのある光を湛えて見守っていた。
『退屈しとるお嬢さんらには、刺激が足りなくて申し訳ないけどな。でも、わてもスイはんのその「安全第一」の方針には、大いに賛成な部分もあるんや。ダンジョンっちゅうのは、何より怪我なく無事に地上へ帰還することが一番大事やからな。失敗しても、生きてさえおれば勉強になるし次がある。けどな……次がないのだけは、絶対にアカンからな』
いつもは軽妙な関西弁でふざけているおっさんAIの、サポートシステムとしての――あるいは、父親のような重みを持った金言。その言葉が胸に染み渡り、私は小さく息を吐いて微笑んだ。
「そうね。申し訳ないけど、これからもこのゆっくりのペースで行かせてね」
重苦しくなりかけた空気を察したのか、おっさんAIはわざとらしくカメラレンズムの光をパチパチと明滅させ、間抜けた声を上げた。
『ほなら〜〜〜、次は〜〜〜、こっちのルートやでぇ〜〜〜〜〜』
極端にスピードを落とした、おじいちゃんのような引き延ばされた喋り方に、私は思わず額に青筋を浮かべてツッコミを入れた。
「言葉のペースまでゆっくりにならなくて良いのよ!」
「あははは!」とスズカたちの笑い声が、十一階層の爽やかな風に乗って響き渡る。
私たちはこうして、どこまでも和気あいあいとした賑やかな足取りで、未知なる十一階層の緑の大地を一歩ずつ踏みしめていくのだった。
おっさんAIとの軽妙なやり取りを交わしながら、木漏れ日の差し込む十一階層の丘陵地帯をしばらく歩いていると、サクラが何かに気がついたように、ピコンとアホ毛を跳ねさせて声をあげた。
「なんかデカイわたあめがいるよ!」
「わたあめ……?」
サクラが小さな指で示す方向を、私をはじめ全員が一斉に見つめる。
視線の先、なだらかな斜面の草むらに、確かに白くてモコモコとした巨大なわたあめのような塊が、いくつも固まってゆらゆらと揺れていた。
「あれはなんだろう?」と私が不思議そうに首をかしげると、カメラレンズの焦点を絞りながら解説を始めた。
『あぁ、あれは「クラウドシープ」っちゅうモンスターや。……スイはん、あれはな、数あるモンスターの中でも珍しく「倒さんでもドロップアイテムを手に入れられる」美味しい相手なんやで』
「倒さないでも? モンスターなのに?」
私が驚いて目を丸くすると、おっさんAIはどこか得意げその体の胸を張るような仕草を見せた。
『そうや。クラウドシープのあのわたあめみたいに見えとる部分は、あいつらの毛皮なんや。ハサミで刈り取ると、高級な防具の素材になる毛皮が手に入る。もちろん、普通に倒せば美味い羊肉も手に入るからな。上手くやれば一石二鳥ちゅうわけや』
「へぇー。でも、ただで刈り取らせてくれるわけじないんだろ? 刈り取るのは難しいのか?」
スズカがランスの柄に手を置いたまま尋ねる。
『せやなぁ。まともに近づいたら俊敏に逃げ回るし、突進もしてくるから骨が折れる。けど、お嬢さんらの中に、相手にデバフ効果を与えられるような便利なスキルかアイテムでも持っとれば、めちゃくちゃ簡単に処理できるんやけどな』
「はぁ……。そんな都合の良いスキルもアイテムも、今の私たちには持ってないってわかってるでしょうに」
私がハァとため息をついて呆れていると、サクラが「くししっ」と悪戯っぽい笑みを浮かべながら一歩前に出た。
「おっちゃんAI」
『なんや? サクラはん』
「どんな効果のデバフがいいの?」
『そらもう、睡眠か麻痺やな。相手が完全に動けんうちに、安全に毛皮を刈り取ってしまうのが一番エエ。……って、もしかしてやけど……』
おっさんAIのレンズが嫌な予感を察知したように赤く明滅する。サクラは胸を張り、自身の魔道具である一冊のメモ帳を掲げた。
「くししっ、サクラの新必殺技の出番だよ!」
「なるほど……。サクラのメモ帳ね」
私はサクラが取り出したアイテムを見て合点がいった。
サクラの持つ魔道具【紙切れを起こさないメモ帳】。それは、サクラがそこに描いた文字や絵を、サクラが持つスキルと合わせることで、連続で五回分だけ現実世界に具現化する力を持っている。ただし、基本の威力はおもちゃレベルで、本来なら大した脅威にはならない。
しかし、今のサクラにはもうひとつ、魔道書職人のジェナさんからいただいた魔法を強化する【魔道書】がある。この魔道書と組み合わせることで、おもちゃレベルの威力しか出せないはずのサクラの発想が、とてつもない広範囲攻撃さえ可能な大魔法へと変貌するのだ。
……ただし。本人の常人離れした発想力から生まれる魔法は、時にとんでもない大当たりを見せる一方、時に破滅的な大外れを引き起こす諸刃の剣でもあるため、大いに要注意が必要なのだが。
「えっとねー、まずはこれを出してっと……はい! みんなにも!」
サクラが楽しそうに鼻歌を歌いながらメモ帳をピラッと捲ると、ポンッと小気味良い煙と共に、ピンク色の物体が人数分具現化した。それを手際よく私たちに配っていく。
「耳栓……?」
「うん、これつけてね!」
サクラに言われるがまま、私、スズカ、ヒマリは顔を見合わせながらも、それぞれの耳にしっかりと耳栓を装着した。外の音がくぐもって聞こえにくくなる。
「そんでもって――強制子守歌部隊、出動ーーー!」
サクラが満面の笑みで再びメモ帳を勢いよく捲る。
光の粒子と共に現れたのは、何処かで見覚えのある、二頭身や三頭身の可愛らしいアニメキャラクターたちだった。のだけれども……。
(……なんか、強烈に共通性がないキャラクターたちね……)
私は耳栓越しに声を漏らした。どう見ても、それぞれの出身作品や世界観がバラバラなのだ。やたら歌の上手いガキ大将。桃色の丸い食いしん坊。青いゼリーのような生き物。眼鏡を掛けた半ズボンの少年。他にも多数いる――。
その瞬間、頭上のおっさんAIが、まるで世界の終わりを見たかのようにブルブルと激しく震え出した。
『ま、まさか……ッ!! この歌唱力に定評のあるメンツは……ッ!? し、しま――聴覚センサーOFFや、アウアウ――ッ!!!』
おっさんAIがパニック状態で何かを叫び、必死にシステムメニューを開こうとしているその間に、サクラは具現化したキャラクターたちに向かって、無邪気にタクトを振るうように手を突き出した。
「みんな、クラウドシープさんたちに向けて、歌ってーーー!」
サクラが同時に魔道書のページをバサリと捲った。
その瞬間に――世界が歪んだ。
ドォオン!! と空気が爆ぜるような感覚と共に、地鳴りのような不協和音が炸裂する。「音」と明言するのすら憚られる程の、圧倒的な「暴力的な何か」が空間を満たした。
強化の魔道書によって強制拡張された音波は、耳栓をしているはずの私たちの防壁など紙切れ同然に貫通し、直接脳の髄にまで強烈な振動を叩き込んできた。
視界がぐにゃりと歪み、あまりの頭痛と目まぐるしさに、立っているのもままならず地面に膝をつく。スズカですら「ぐっ……!?」とランスを地面に突き立てて耐え、ヒマリも青ざめて頭を押さえている。
それは標的であるクラウドシープたちも完全に同じだった。モコモコのわたあめ達は、聴いた瞬間に白目を剥き、ふらふらと千鳥足を踏んだかと思うと、パタパタと次々に横倒しになって気絶(昏睡)していく。
数秒――いや、私たちの体感としては、精神をガリガリと削られる地獄のような体験を数分間もさせられたような感覚に囚われながらも、どうにか意識だけを保って不協和音の嵐が止むのを待った。
キャラクターたちが光の塵となって消え去り、ようやく静寂が戻る。
「……うにゅ〜……頭がガンガンするよぅ〜……」
耳栓を外し、よろよろと立ち上がったものの、魔法を発動した張本人であるサクラさえも、自分の生み出した地獄の狂詩曲の余波にやられて、目を回しながらふらふらと千鳥足になっていた。
サクラは耳を塞ぎ込んで蹲る私たちをよそに、ふらふらの足取りでメモ帳のページを捲った。
「ハサミおっちゃんズ、出動~~……ふにゅ~……」
ぽんと再び具現化されたのは、両手に巨大なハサミを持った男性や、両手そのものがカニのハサミのようになっている奇妙な人間、さらにはなぜか大鎌を肩に担いだ死神のようなビジュアルのものまで混ざった、これまた脈絡のない謎の集団だった。
「みんな~……ひつじさんの毛皮を、サクラのかわりに刈り取ってぇ……」
そう呟いて魔道書のページも捲ると同時に、サクラはその場に力なくへたり込んだ。
「うにゅ……目がまわるぅ~……」
どうやら、あの凄まじい歌唱力(音波兵器)の代償として、サクラ自身にも相当影響を受けたらしい。
そんな主の言葉に従うように、ハサミを持った男たちは、気絶しているクラウドシープの群れへと次々に襲いかかった。――その作業スピードは、文字通り一瞬だった。
チョキチョキチョキチョキッ! と凄まじい駆動音が響き渡り、気がついた時には、あたり一面に「丸裸にされた羊たち」の山が大量生産されていた。すべての羊の毛皮を刈り取り終えると、ハサミ男たちは満足したように、役目を終えた光の粒子となって消えていった。
「……色んな意味でドキドキハラハラした出来事だったけど、何よ、今の……」
ようやく耳から手を離した私が、魂の抜けた声で呟く。
「……まさか、歌声だけでこれほどの惨劇になるとは思いもよりませんでした」
ヒマリも、未だに三半規管がやられているのか足元をフラつかせている。
「……エンジンの爆音だって、ここまで鼓膜がバグるほど酷くねぇぞ」
スズカすらもランスを杖代わりに、苦い顔で耳をさすっていた。
『あれらはアニメ漫画界で言う「音痴」と呼ばれるキャラクターたちやな。それをサクラはんが具現化・強化したもんやから、結果的に周囲の空間ごと振動させる広域音波破壊兵器みたいになってもうたんやろ』
「な、なるほどね……。サクラ、あんたねぇ……」
「……ごめんちゃい」
私がジト目で睨むと、サクラは両人差し指を合わせて、シュンと眉を下げた。本人も流石にここまで凶悪な威力になるとは予想がついていなかったのだろう。まぁ、いつものサクラと言えばいつものサクラだ。怪我人が出なかった以上、怒っても仕方がない。
私は軽く深呼吸をして、頭のクラクラを落ち着かせる。
「……それで、あれ。どうするのよ」
私は、今だに気絶したままピクピクと足を震わせている、丸裸のクラウドシープの群れを指差した。
「そんなの、倒すに決まってるだろう! 羊倒せば、肉が出るんだろう!?」
スズカが途端にギラギラとした肉食獣の目を輝かせる。
『確実なドロップやないけどな、これだけ数が居れば、数塊くらいは肉が出るんやないか?』
「よっしゃあ! なら今日は肉のパーティーだ!」
「お肉のパーティー!? ならサクラも元気出た! がんばる!」
さっきまで目が回るとか言っていた二人は、現金なことに一瞬で復活し、大喜びでクラウドシープの群れに向かって突撃していった。
「本当に元気ね、あの二人は。私はまだ、ちょっと頭が痛いのに……」
こめかみに手を当てて溜め息をついていると、鬱蒼とした木々の奥から、複数の足音と共に聞き覚えのある凛とした声が響いてきた。
「すみませーん! 『治安部隊』の定期巡回でーす! 先ほどこちらの方から、もの凄まじい大音響が聞こえてきたのですが、みなさん大丈夫ですかー!?」
声のした方向へ顔を向けると、白銀の騎士鎧をカチャカチャと鳴らしながら、クラン『セイバー』に所属するブランシュ・アルバさんが走ってくるところだった。
「あ、ブランシュさん! すみません、こちらは大丈夫です!」
「あれ? もしかして……スイさんですか?」
「え? スイさん!? おおっ、本当にスイさんだ! お久しぶりです!」
ブランシュさんの背後から、同じくセイバーの侍鎧姿のマリアンヌ・伊織さんが、元気よく、かつ丁寧な礼儀正しさでペコリと頭を下げて現れた。
「お二人とも、お久しぶりです。一応、規定の確認なのですが……先ほどのは何があったのですか?」
ブランシュさんが周囲の丸裸の羊たちを見回しながら尋ねる。
「あはは……。うちのサクラが新しく使った、ちょっとした範囲魔法の『音』なんです。驚かせてしまってすみません」
私が苦笑いしながら素直に白状すると、ブランシュさんは「なるほど、魔法の実験でしたか」と深くは追及してこなかった。そこは治安部隊として、トラベラーのスキルの詳細には踏み込まないという配慮だろう。本当に助かる。あれを真面目に説明しようとしたら、確実に変な空気になって首を傾げられるだけだから。
「おーい、スイ! ほら見ろ、今回は大豊作だぞ!」
「スイちゃん! お肉いっぱい出たよ! 見て見て!」
遠くからサクラが「お肉」というワードを口にした瞬間、ブランシュさんの首が――ビシィッ! と、もの凄い音を立ててサクラの手元へと向いた。
「ん? 誰だ、その人たち?」
「あ、ブランシュちゃんと伊織ちゃんだ! こんにちわー!」
戻ってきたスズカは二人を知らないため少し警戒していたが、サクラは二階層での出会いを覚えていたため、元気よく手を振った。
「スズカ、このお二人は十階層の遺跡の時に少しお世話になった、メーヴェさんと同じクランのブランシュさんと伊織さんよ」
私が紹介を入れると、二人は綺麗に一礼した。
「ブランシュ・アルバと言います」
「マリアンヌ・伊織です。お見知り置きを」
「おお! あのメーヴェのか。へぇ一緒のクランか。オレは夏樹鈴華。スズカで良いぞ!」
三人はすぐに互いに挨拶を交わし始めた――のだけれども。
ブランシュさんの視線だけは、サクラが両手で大事そうに抱えている、大きな紙包みに巻かれた新鮮な羊肉のドロップアイテムに、ずっと釘付けになっていた。微動だにしない。
(……ええっと。ブランシュさん、もしかして、もの凄くお肉が好きなのかしら?)
「……ねえ、サクラ。羊のお肉、どれくらいドロップしたの? それだけ?」
「ううん! ええとね、いち、に、さん……って、あそこにいっぱい落っこちてたよ!」
サクラが後ろのドロップエリアを指差す。そこには大きな紙包みがゴロゴロと転がっていた。
(なるほど……)
「あの、ブランシュさん。こちらの魔法のせいで、巡回中のお騒がせをしてしまったみたいですし……もしよろしければ、お詫びの印にそのお肉、一塊ずつ持っていかれます?」
「良いんですか!?」
早い。私の言葉が完全に終わるか終わらないかの絶妙なタイミングで、ブランシュさんが食い気味に反応した。
「え、ええ。たくさんあるみたいですし、私たちだけでは食べきれませんから……」
「では、遠慮なくいただいてきます!!」
言うが早いか、ブランシュさんは騎士にあるまじき俊敏なフットワークで、ドロップアイテムが転がっている場所へと突撃していった。
「……本当にすみません、スイさん。彼女、お肉のことになると本当に目がないもので……」
残された伊織さんが、申し訳なさそうに顔を真っ赤にしてペコペコと恐縮している。私は「気にしないでください」と笑ってジェスチャーを返した。
やがて、ホクホクとした満面の笑みを浮かべたブランシュさんが、両腕に抱えきれないほどの羊肉の塊を抱えて戻ってきた。
「ありがとうございます! 本部に戻って美味しくいただきますね!」
「……はは、喜んでいただけて何よりです」
伊織さんが後ろでなおも頭を下げている。
「そうだ。これほど上質なお肉をいただいたお返しという訳ではないですが……スイさんたちに、ちょっとした『情報』を差し上げましょうか?」
「情報、ですか?」
「ええ。私たちセイバーは日々、高階層から低階層まで幅広くローテーションで巡回していますから、一般のトラベラーにはまだ回っていない、ギルドがまだ正式に把握していないような種類の情報が入ってくることもあるんですよ」
そんなことを言うものだから、私たちの横で大人しく浮遊していたおっさんAIが、ギルド製システムとしてのプライドを刺激されたのか、すかさずしゃしゃり出てきた。
『おやおや、なんやて? ギルドの管理データを知る、わてが知らん情報やなんて、聞き捨てならんなぁ、お嬢さん』
「あ、ドローンさん。本当にスイさんたちのドローンAIは、よく喋りますね」
『そんなお世辞はエエねん。わての広大な知識ベースにない情報っちゅうのを、一遍言うてみ、言うてみ?』
「そうですね。漠然と情報を話せと言われても、パッとは思い付かないんですけど……あ、これなんかどうでしょう」
ブランシュさんはあたりを見回し、私たちの後ろで静かに佇んでいる、心強い巨体――ゴークくんの姿を見て何かを閃いたようだ。
「そちらの、スイさんたちが使われている『魔道機人』に関する情報とかはどうでしょうか?」
「ゴークくんの、ですか?」
「ゴークくん、いい名前ですね。そのゴークくんの同型機のような魔道遺物ですが、本来主に出土されるエリアが確認しているのは『五十階層以上』の高階層エリアからだけなんです。――ですが実は、ここ最近、『二十階層』の周辺に、新たな【魔道遺跡らしき建造物】の目撃例が上がっているんですよ」
『なんやて!? 二十階層は魔道文明のエリアやないやろう! 姉ちゃん、適当なホラ吹いたらあかんで!』
おっさんAIのレンズが驚愕に細まる。
「それは私の方でも分かっていますよ。ですが、偶然それを見かけたトラベラーからの報告によると、どう外観を見てもその階層の建築様式ではなく、高階層に存在する『魔道文明』のそれと酷似している、という情報が入っているんです」
『……なかは?内部構造は誰か見たんか?』
おっさんAIの真剣な質問に、ブランシュさんは静かに首を横に振った。
「残念ながら、その遺跡はどうやら『移動型』のようでして。偶然見つけた方が外観だけの情報を持ち帰っただけで、次に同じ座標に行っても、もう影も形もなかったそうです。なので内部構造までは……」
『なるほど、移動型の隠蔽遺跡か……。二十階層にそこまでの技術遺物がイレギュラーで流れてきとる可能性、ゼロとは言いきれんな……』
「ねえ、移動型の遺跡ってどういうこと? 建物が勝手に意思を持って動くってこと?」
私が尋ねると、おっさんAIはカメラレンズを複雑に点滅させた。
『この間のミミックの亜種、モンスターボックスと同じでな。魔道文明の遺物の中には、たまに空間を転移したり自律移動したりする特殊な施設が存在すんねん。お嬢さんらにも直感的に想像しやすい言葉で言うたら、そうやな……昔のアニメに出てくるような【空に浮かぶ城】みたいなもんやと思えばええ』
「ああ、例のあの、バルスって崩壊する城ね。うん、完全に想像がついたわ」
そして。そんなロマン溢れる話を特等席で聞いてしまえば、当然のように、目を輝かせてやる気を出す「野生児」がうちのパーティーにはいるわけで。
「――へぇ! 面白そうじゃねぇか、空飛ぶ城! オレ、めちゃくちゃ興味湧いてきたぞ!」
「スイちゃん! サクラも空飛ぶお城見てみたい! 探検したい!」
「はいはい、二人とも落ち着きなさい! 二十階層なんだから、今の私たちにとってはまだまだ先の、ずーっと先の話でしょ? ねぇ、おっさんAI。無茶な挑戦はダメだって、いつものように言ってやって――」
無理して進むのは危険だと、いつも口を酸っぱくして「安全第一」を説くおっさんAIの同意を得るため、私は当然のように話を振った。のだけれども。
『――んー……。無茶ではあるけど、今のデータを見る限り、お嬢さんらにとって「無理ではない」な』
「ちょっとおっさんAI!? 何言ってるのよ! いつもの安全マージン最優先の考え方はどこへ行ったのよ!?」
まさかの裏切りに、私が裏返った声を上げる。
『いやいや、わてもその堅実な考え方は変えとらんよ、スイはん。ただな、普段のスイはんたちの実際の戦い方、データの推移を冷静に分析してみるとやな……ぶっちゃけ、めちゃくちゃ安定しとって危なげがないねん。もちろん、さっきのサクラはんの爆音魔法みたいに、初見での立ち回りに危なげな部分はあるけどな? それでもお嬢さんらは、今までの戦い方の応用をその都度きかせて、的確に対応しとる。――実際どうや? この十一階層に来て、自分らここの初見モンスター相手に、一瞬でも本気で「生命の脅威」だと感じたか?』
「それは……」
言葉に詰まる。確かに、びっくりするようなイレギュラーな攻撃はあれど、スズカもヒマリちゃんもすぐに体勢を立て直して、結果的にはノーダメージで対応できている。
『わてもこれが「三十階層、四十階層に行きたい」とか言われたら全力で首を縦に振らんし反対しとるよ。でもな、二十階層までなら……今のスイはんたちの地力、そしてスズカはんの持つ切り札(神霊)があれば、十分に通用する実力があると客観的に判断したんや。――もちろん、このパーティーの絶対的なリーダーはスイはんや。わてに言われたから、誰かに言われたから言うて、スイはん自身の慎重な考え方を無理に変える必要はあらへんで』
おっさんAIの、いつになく真面目で、かつ私たちの成長を認めてくれるような言葉に、私は静かにみんなの顔を見回した。
スズカはニカッと不敵に笑い、サクラはワクワクした目で私を見つめ、ヒマリちゃんは「スイちゃんの決めた通りに」というように優しく微笑んでいる。
安全第一の、スローペースな配信者としてのスタンス。
だけど、目の前に現れた、私たちの実力を試すような魅力的な「次の目標」。
――さぁ、リーダーとしての私の決断は、どうする?
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【お知らせ】
今回、作品に挿し絵を追加しました!
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