No.59活動記録:出会ったエルフ(♂)は、心身ともに男(♂)の人でした
No.59活動記録:出会ったエルフ(♂)は、心身ともに男(♂)の人でした
スズカが見つけた壁の隠し通路を通り抜け、薄暗いダクトのような空間をしばらく進んだ先で――私たちは、ある意味で絶対に信じられない光景を目にすることになった。
「……ええっと、ちょっと待って。おっさんAI、ここって『滅んだ未来の人類の遺物』なのよね?」
『せやな。少なくとも、三十年前の初期のダンジョン探索時にギルドがここを発見した時には、さっきの掃除ロボみたいな機械以外、だーれも住んでおらん無人の廃墟やったで』
「なら……、ならなんで!! なんでこんなに『普通に』人が溢れかえってるのよ!?」
思わず大声を張り上げてしまった私の目の前には、どう贔屓目に見ても、そこで活気ある日常生活を営んでいる生身の人間の姿が、何十、何百と行き交っていた。
金属とガラスで構成された未来的なデザインの広場には、モダンなカフェテラスのような店が並び、トラベラー風の衣服を着た人々が談笑し、買い物をして歩いている。
「滅びた過去の遺物というよりは、完全にどこかの最先端の街並み、といった雰囲気ですね……」
ヒマリが感心したように周囲を見渡す。
「ヒマリ! 感心するのはそこじゃないわ! ――おっさんAI、説明! コレどういうこと!?」
『ハハ、まあ落ち着きなはれスイはん。これも前にチラッと話したことがあると思うけどな、十階層から上のエリアっちゅうのは、ある種のトラベラーとしての本格的な「資質」が問われる境界線なんや。上にあがっても稼いでいける優秀な奴らはエエ。けど、誰もが誰もそうやない。上に行きたくても実力が足りん、でも地上で普通の仕事に戻る気にもなれん……っちゅう「上に行けないもの」も一定数おるんや。そう言った中堅の吹き溜まりみたいなトラベラーたちが集まってくる内に、いつの間にかここの広大な居住区の空き部屋を勝手に利用して、ここを拠点にダンジョン探索を行うコミュニティができあがったんやな』
「え? 意味がわからない。勝手に住み着いてるってこと? つまりここの人たちは、地上へは戻らずにダンジョンの中で暮らしてるってこと……?」
『完全に戻らん奴はそうおらんとは思うけどな。基本的には言う通り、ここで寝泊まりして生活しとるもんが大勢おるのが現状や』
「そんなことできるの!? そもそも生活するための電気や水、食べ物みたいな物資はどうしてるのよ?」
『電気や水は、そもそもこの未来の遺跡のライフラインが生きてるからタダや。物資に関してはな、元々はギルドがここに常駐する職員のために定期運行しとった物資運搬ルートを、いつの間にか「トラベラー向けの定期便」に切り替えたんや。ここで暮らすトラベラーが遺跡で見つけてきた遺物や、外のモンスターからドロップしたアイテムをギルドがその場で買い取り、代わりに地上の食料や日用品を売り渡す……っちゅう、持ちつ持たれつの巨大な闇市が出来上がっとるんやな』
「ええぇ……それってギルド的に良いの? 完全に不法占拠じゃない……?」
『……まあ、法律的な観点から言えば「限りなくグレー」やな。何しろダンジョン内は国法が届かへん完全な「治外法権」やからな。住み着いとるトラベラーたちが「これは長期の探索目的での滞在です」って言い張ったら、ギルド側も「はい、そうですか」と下がるしかないねん』
「あ……。じゃあ、さっき地下の巨大格納庫で、全自動の荷物搬送キャリアがせわしなく動いていたのって、プログラムの自動テストとかなんかじゃなくて……」
『せや。多分ここの住人たちが、地上から取り寄せた物資を呼び出したり取り出したりと、私的利用でガンガン使こうとるんやないか?』
「……もう一度聞くけど。それって本当に良いの!?」
『だから、ダンジョン内は「治外法権」や。わてからの大人の言葉は、それ以上は何も言えへんのや』
おっさんAIはカメラをツンと上に向けて、それ以上の追及をシャットアウトした。
いくら治外法権だからって、ダンジョンの遺跡内部に勝手に住み着いて生活するなんて許されるのだろうか。……でも、よく考えたら建物の外はモンスターがうろうろしている危険地帯だ。そう思うと、この強固な未来の建造物の中に閉じこもっていた方が、防衛ロボもいるし安全と言えば安全なのかもしれない。
私は何となく腑に落ちない、モヤモヤとした感覚を抱えながらも、目の前を普通に歩いていくおじさんトラベラーや、お茶を飲んでいる女性トラベラーを目で追っていた。
「はぁ……。しかしこれだけ人がいると、遺跡探索っていうよりは、完全にどこかのテーマパークの未来エリアに来てる感覚ね」
「ふふ、私は少し大きめのデパートの専門店街にいるような感じですわ」
ヒマリが微笑む。
「そうね。――って、あれ? スズカとサクラはどこ行ったの?」
振り返ると、さっきまで私のすぐ後ろにいたはずの二人の姿がない。
「お二人はあそこに。……何やら、とても呆けたような顔をしていらっしゃいますわよ?」
ヒマリがクスリと笑いながら指差す方角を見ると、通路の真ん中でスズカとサクラの二人が口を半開きにしたまま、巨大な吹き抜けの天井を文字通り「呆然」と見上げて静止していた。
「ちょっと、どうしたの二人とも。そんなマヌケな顔して」
私が駆け寄って声をかけると、スズカが視線を上に固定したまま、私の肩をガシッと掴んだ。
「お、おい……見てみろよスイ。なんか……なんかスゲェぞ、これ……」
「うん。……なんか、言葉にできないくらいスゴいよ、スイちゃん……」
サクラまでが、いつになく真剣なトーンで呟く。
私は二人に釣られるようにして、ゆっくりと天井を見上げた。
次の瞬間、私の背筋にゾクッと鳥肌が立った。
そこには、遥か彼方まで一直線に突き抜けているような、異様な「吹き抜け構造」の空間が存在していた。
普通なら、どんなに高い建物でも天井や上の階の床が見えるはずだ。けれど、その中心の空洞は、まるで吸い込まれそうなほど真っ直ぐに、どこまでも、どこまでも……あたかも無限に続く青空の彼方へ向かって、途切れることなく伸びていたのだ。
「……ねえ、おっさんAI。この建造物って、地上から見たら、高さ一キロメートルくらいのサイズじゃなかったっけ? なんで……なんで肉眼で先が見えないのよ?」
『一種の「空間の歪み」やな。スイはんの言う通り、外から見たら確かに一キロの建造物や。けど、あの中心の昇降路に関しては、空間そのものがグニャリと縦に引き延ばされとる。物理的な道がどれだけ上に続いていたとしても、現代の人類の足では、そこから先へは「行けへん」ようになってるんや』
「……空間の歪み、ですか。凄いですね、これが本当の未来の、ロストテクノロジーの力……」
ヒマリが震える声で呟く。
『これが当時の人類の技術によるものか、それともダンジョン化の過程で起きたバグ(歪み)なんかは、わてらにも分からんけどな。――さて、お嬢さんら。ここでわてのややこしい説明をボケーっと聞いとるだけやと、配信的にもおもろみ(撮れ高)はあらへんやろ? ギルドのマップデータ参照にはなるけど、この居住遺跡の「観光案内」をしたるが、どないする?』
「ええ、もちろんお願いするわ。せっかくここまで来たんだもの」
「いくー! おっさんAI、案内してー!」
「はい。楽しみですわね」
「ほらおっさんAI、さっさと案内案内!」
『へいへい。それではこれより、わてが名物添乗員のようにお嬢さんらを面白おかしく遺跡案内したるなぁ。ほなら、みんなこっちついてきてやー』
球体ドローンのおっさんAIがふよふよと空中を漂いながら、楽しげに私たちの前を先導し始めた。私たちはその後に続きながら、「あれは何の店かしら」「あの機械、不思議な形をしてますね」と、物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回しながら歩みを進めていった。
――そんな私たちの無防備な後ろ姿を、少し離れた建物の陰から、じっと見つめる怪しい人影があった。
「あらあら、可愛いお登りさんたちがいるわねぇ。……んー、ちょっと気になるし、少し後ろを着けてみましょうか」
妖艶な、けれどどこか楽しげな響きを含んだ大人の、ハスキーな声。
自分たちのすぐ後ろを、そんな謎の人物が静かに尾行してきていることなど、この時の私たちは露ほどに知る由もなかったのだった。
『ここが農業用プラントや。トラベラーたちがギルド経由で購入した地上の野菜の種なんかを、試験的に育ててるエリアやな』
おっさんAIに案内されてやってきたのは、壁一面が淡い人工太陽の光で満たされた、ガラス張りの広大な一画だった。
「……育ててるって言うか、人の手が加わる余地がないくらい、完全に全自動システムになってるじゃない」
「おお! なんかアームがついた機械が、あっち行ったりこっち行ったりして忙しそうだよ!」
サクラがガラスにぴったりと顔を張り付かせて、規則正しく動く多関節ロボットたちを目で追っている。
『ここの自動管理機械に作物の種さえ渡せば、あとは最適な水分量と土壌管理を、勝手に収穫まで全自動でやってくれるからな。ここに住み着いとるトラベラーたちは、定時になったら自動倉庫に吐き出された新鮮な野菜を取り出して、それを自分らの居住区で売り買いしたり食うたりしとる感じや。……ほな、次行くで』
ふよふよと移動するドローンの後を追って、私たちはさらに隣の巨大な区画へと移動した。
「……今度は何? ここは、その……畜産、ってことかしら?」
透明な強化ガラスの向こう側には、ダンジョンの建物の内部とは思えないほどの、地平線まで続きそうな緑の牧草地帯が広がっていた。そこには牛や豚、さらには鶏といったお馴染みの家畜たちが、のんびりと放し飼いの状態で草を食んでいる。
『せや、畜産エリアやな。ここで飼われてる動物どもは、生まれてから出荷・屠殺されるまでの全てのバイタルが、遺跡のメインホストに完全にデータ管理されとるようや。あ、ちなみに言うとくけどな、お嬢さんら。あの中に入るには、宇宙服みたいな防護服を着んと一発で警備ロボにハジかれるで』
「え? なんで? のどかそうな場所なのに、防護服が必要なの?」
『「データ管理されとる」言うたやろう。つまり、外から不衛生なトラベラーが病原菌なんかを持ち込んで、一頭でも伝染病にかかったらシステム全体の損失で一発アウトになるからや。ここの中にいる家畜どもは、無菌室で大事に育てられた温室育ちのお嬢様と何ら変わらんレベルの箱入り息子、娘なんや』
「……なんだか、そういうシステム的な話を聞くと、野生を奪われて管理されてるみたいで少し可哀想な気もしますね……」
ヒマリが少し胸を痛めたように、ガラスの向こうの牛たちを見つめる。
『ハハ、幸か不幸かなんちゅうもんは人それぞれやで、ヒマリはん。病気のリスクも外敵の恐怖も一切あらへん、毎日なんも心配いらんと極上の餌を食って寝るだけの人生が最高、と言う人間界の奴らもおるやろう。それと同じや』
「おっさんAI……最後が『食料(お肉)』にされる前提なのが何とも言えないって言ってるのよ……」
『そこは主観の相違や。わては人工知能やから、お肉の美味しさも命の尊さもデータでしか分からんさかい、その感傷には同意できへんのや。……ほな、次はこっちいこうか』
「……おい、おっさんAI。ここまでの案内を見てて、薄々わかっちゃいたことだけどさ」
スズカが不満げに肩をすくめ、宙を飛ぶドローンを睨みつけた。
『なんや、スズカはん。名添乗員のガイドに何か文句でもあるんか?』
「これ、遺跡探索っていうかさ……完全に学校の『社会科見学』みてぇじゃねえか。どこがダンジョン探索だよ」
『しゃあないやん! わての中に入っとる既知データは、こういう確立された生活生産プラントの場所ばかりなんや! ギルドも調査しとらん未発見のエリアなんてもんが、もしわての中に最初から入っ取ったら、それこそ逆恐怖のバグ案件やぞ!』
「理屈はそうなんだけどさぁ。危険がねぇのは良いことだけど、これじゃあ配信の面白味が全然ねぇだろう。視聴者も退屈しちまうぞ。なあ、スイ」
スズカが退屈そうに唇を尖らせてブー垂れていると――。
「よう、そこのお嬢さんら。見慣れない顔だけど、あんたらここに着いたばかりの新人トラベラーさんかい?」
突背後から、少し鼻にかかった軽い調子の声がかけられた。
振り返ると、そこにいたのは、髪を派手に染めていかにもチャラそうな雰囲気を隠そうともしない、若い男のトラベラーだった。
「――っ。ああン?」
その瞬間、スズカの目の色が変わった。瞬時に私とサクラの前に立ちはだかるようにして、防波堤となって男のトラベラーと正面から対面する。その佇まいは、完全に獲物を警戒する肉食獣のそれだった。
「誰だお前。オレたちに何か用か?」
「おいおい、そう睨まないでくれよ、おっかないなぁ。俺はまだ何も悪いことはしてないぜ?」
男は両手をひらひらと挙げておどけてみせるが、その視線はスズカの背後にいる私たちをねっとりと値踏みしている。
「オレらにお前に割くような用はねぇんだよ。……目障りだ、消えろ」
スズカは隠しきれない苛立ちを声に乗せ、男を無下にあしらおうとした。しかし、相手もこう言ったことに慣れているのか、簡単には引き下がらない。
「そんなつれないことを言うなよ、せっかくの美人さんなのに。どうせこの遺跡の観光なんて退屈で暇してるんだろう? 俺、この居住区の裏側にある『最高に良い場所』を知ってるからさ。どうだい、お嬢ちゃん。俺と一緒に楽しいところへ行かないか?」
男はスズカという強固な防波堤の隙間を器用に掻い潜り、無防備に立っていたサクラの手首を、馴れ馴れしく掴み取った。
「ッ、テメェ……!! いい加減に――ッ!!」
スズカの逆鱗が触れ、その拳が男の顔面に炸裂しようとした――まさにその瞬間。
せわしなく動く男の人の背後の影から、にゅるりと、まるで実体を持った漆黒の霧のように、驚くほどガタイの大きな影が現れた。
「こーら。来たばかりの可愛いトラベラーさんに、おイタしている悪い子はだーれ?」
背後から響いたのは、脳髄を痺れさせるような、酷く艶っぽくてハスキーな大人の声。
その巨大な影は、チャラ男を後ろから包み込むようにして優しく抱き締め、その耳元でフゥ、と熱い息を吹きかけながら囁いていた。
「て、ててて、テメェは……っ!? め、メーヴェ……!?」
さっきまで調子に乗っていた男の顔が、一瞬で恐怖に引き攣った。
「な、何もしてねぇよ! 俺はただ、暇そうにしてるお上りさんたちに、親切に声を掛けて道案内をしようとしていただけさ……っ!」
「本当ぅ~?」
メーヴェと呼ばれた人物は、長い指先で男の顎をクイと持ち上げる。
「本当、本当だから! だからさぁ……っ!」
「ふふ、それが本当なら、ワタシ優しいお姉さん(?)だから許してあ・げ・る。……だけどぉ」
メーヴェさんはそのハスキーボイスを、さらにオクターブ落として、地の底から響くような重低音で囁いた。
「……もしテメェのその言葉が嘘だったら……掘るぞ(・・・)?」
一瞬、周囲の空気が物理的に凍りついた気がした。
――ひぃっ!?
短い悲鳴をあげたチャラ男の顔面は、またたく間に土気色を通り越して真っ白に。男は信じられない瞬発力でメーヴェさんの腕の中から這い出ると、涙目で必死に自分のお尻を両手でガードしながら、脱兎のごとき勢いで通路の彼方へと猛ダッシュで逃げ去っていった。どんなモンスターに襲われるよりも必死な後ろ姿だった。
「んもー、いやねぇ冗談なのにぃ。ワタシ、あんなガサツな男の子より、貴女たちのような可愛い女の子たちの方が何倍も好きなのにねぇ?」
メーヴェさんは蜘蛛の子を散らすように逃げていく男の後ろ姿を残念そうに見送った後、未だに呆然と硬直している私たちの方を振り返り、バチンと妖艶なウインクを飛ばしてきた。
ウェーブがかった長い髪、妖艶に化粧された目元、そして胸元を強調した露出の多い服――どう贔屓目に見ても、(私的には好感の持てる)スレンダーなスタイルの絶世の美女にしか見えないその人。
けれど、さっきの男の怯え方と、一瞬だけ聞こえたあの男でも出せないような超重低音の脅し文句のギャップに、私は冷や汗を流しながら、恐る恐る隣のヒマリちゃんに囁いた。
「……ええっと……この人って、もしかして、男の人……なの?」
「大丈夫だった、貴女たち? この遺跡には、たま~に新入りの子を狙って悪いことをする不届き者もいるから、気を付けなきゃダメよ?」
メーヴェさんはふわりと微笑みながら、サクラの手首を優しく解放してくれた。
「おう……。なんかよくわかんねぇけど、すまねぇ、助かったよ」
あのスズカが、目の前の美女(?)の圧倒的な情報量の多さに脳の処理が追いつかないといった様子で、珍しく戸惑いながらお礼を言っている。
「ねえねえ、お姉さんって『オカマさん』なの?」
「うわぁぁあわぁあああーーーーーっ!?」
サクラがドストレートすぎる疑問を無邪気に投げかけた瞬間、私の心臓が跳ね上がった。慌ててサクラの後ろから両手でその口をガッチリと塞ぐ。
「すみませんすみませんすみませんっ!! この子、本当に悪気はなくて、思ったことをすぐずけずけと言っちゃう悪癖があって……本当にごめんなさいっ!!」
私は滝のような冷や汗を流しながら、メーヴェさんに向かって何度も平謝りを繰り返した。失礼すぎて、もし怒らせたらと思うと。
「ふふ、良いのよ別に。気にしてないわ。……でもね、お嬢ちゃん。ちょっとだけ訂正させてちょうだい。ワタシ、体は男で、心も『男』なのよ」
メーヴェさんの艶然とした言葉に、私は一瞬、脳の理解が完全にフリーズした。
「……はい? 心も、男、ですか……?」
「んもー、だ・か・ら。ワタシは心身ともに正真正銘の『男』よ。恋愛対象も女の子だしねぇ」
その喋り方と仕草で!? どこをどう見ても、どう耳を傾けても、絶世のスレンダーな美女にしか見えないんですけど!?
『あー……なるほどな。そういうことか。あんたはん、レアな「種族変化」のパッシブスキルを持っとるな?』
私たちの頭上で、おっさんAIが納得したようにスピーカーを鳴らした。
「あら。正解。見たところ貴方はギルドの記録用ドローンよね? 今のはずいぶんとお喋りが上手な人工知能(AI)さんじゃない」
『おおきに。わてはこちらのお嬢さんらのガイドしとります、「おっさんAI」と呼ばれておりますんで、以後お見知り置きを』
「ねえ、ねえ、おっさんAI……」
私はドローンをぐいっと手元に引き寄せ、声を潜めて尋ねた。
「種族変化のスキルってなによ? スキルって普通、職業の技能とか、戦闘系の技とかだけじゃないの?」
『言葉通り、取得したら「自身の種族そのものが別種に変化する」超希少な特殊スキルや。つまり人間じゃなくなるっちゅうことやな』
「じゃ、じゃあ……メーヴェさんはもう、人間じゃないんですか!?」
『……スイはん、あんたもサクラはんのこと言えんくらい、ずいぶんとまあ歯に衣を着せぬタチやな。本人目の前やぞ』
「あっ……!」
「良いのよ良いのよ。ワタシ自身、普段はこうやって女性のように振る舞って楽しんでるときもあるからねぇ」
『あるんかいな! ほな心も男っちゅうのは建前なんか!?』
おっさんAIの鋭いツッコミに、メーヴェさんはクスクスと妖艶に笑うだけだった。
「あの、失礼でなければお聞きしたいのですが……メーヴェさんは、一体なんの種族に変化されていらっしゃるのですか?」
ヒマリが恐る恐る、けれど興味深そうに尋ねた。
「エルフよ」
その一言に、私たちは全員「あ、なるほど……」と、妙に納得してしまった。ファンタジーの物語でも、エルフといえば性別を超越した美男美女が多いと相場が決まっている。この人間離れした美貌とスタイルは、種族の特性だったのだ。
「まあ、もっともダンジョン内だけの変化だからね。地上に戻って次元門を潜れば、本来のワタシの『むさくるしい男の姿』に戻っちゃうんだけどさ」
「ダンジョン内限定の常時発動スキルなのですか……。地上と地下で姿が変わるだなんて、その……ご不便とかは、ないのですか?」
ヒマリが、エルフの容姿のまま少し寂しそうに笑ったメーヴェさんを思いやるように尋ねる。
「んー、生活する上ではあまりないわね。むしろ、ワタシにとっては元の地上の姿でいる方が、色々と不便を強いられることの方が多いから。ここでの姿の方がよっぽど生きやすくて気に入ってるのよ」
その後も、メーヴェさんは私たちの失礼極まりない不躾な質問の数々に、嫌な顔一つせず優しく答えてくれた。
会話が一段落したところで、私はハッと我に返った。
「あの……ここまで色々と訊いておいて、今更こんなことを言うのも何なのですが……」
「良いのよ? ワタシが答えられることなら、何でも答えてあげるわ」
「メーヴェさんは、どうして私たちにこんなに親切にしてくださるんですか……?」
――もしかして、親切なフリをして近づいて、後で高額な情報料を請求してくる詐欺の類か、あるいは何か別の裏があるんじゃないか。
そんな疑念がほんの少しだけ頭をよぎり、私はストレートに尋ねてみた。
すると、メーヴェさんは私の警戒を察したように、少しだけニヤリと笑った。それすらも、同性(?)であるはずの私たちが思わず見惚れてしまうほど、蠱惑的で魅力的な笑顔だった。この人、本当にエルフなのだろうか。妖艶さだけなら、淫魔と紹介された方が信じてしまいそうだった。
メーヴェさんは、胸元の大きく開いた衣装の隙間にスッと細い指先を滑り込ませた。
そこから取り出したのは、一枚の、見慣れないデザインの頑丈な「腕章」だった。
そこには、格式高い刺繍で、はっきりとこう刻まれていた。
――『Saviour』
「ワタシ、このダンジョンの治安を守るためのクラン、『セイバー』の所属なのよ。だから、困っている可愛い新人さんを助けるのは、お姉さん……じゃなくて、先輩としての当然の義務、ってわけ」
メーヴェさんはそう言って、やっぱり人を狂わせそうなほど美しい笑みを浮かべ、私たちに向かってパチンとウィンクを一つ決めてみせるのだった。
少しでも面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。 応援していただけると、とても励みになります!
【お知らせ】
今回、作品に挿し絵を追加しました!
よろしければ、本文と合わせてイラストも楽しんでいただけると嬉しいです




