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No.57活動記録:いざ、一泊二日のダンジョン旅行へ!




No.57活動記録:いざ、一泊二日のダンジョン旅行へ!




 十階層にある遺跡に向けた、私たちの準備は着々と進んでいた。


 とは言え、現地に長く滞在するつもりはないので、感覚としては一泊二日のちょっとした「小旅行」のような気楽な気分だった。


 それに、今回の遠征は運良く学校の連休と綺麗に重なってくれたおかげで、学校側への面倒な欠席手続きや言い訳を考えなくて済んだのも大いに助かった。もちろんギルドへの遠征する報告や、両親への事前連絡といった最低限の手続きは済ませてある。


 「ダンジョンの遠征? ああ、一泊二日ね。気をつけて行ってきなさいよー」


 親から返ってきたのは、拍子抜けするほど軽い「いってらっしゃい」の言葉だけだった。


 次元門が現れてからのこの三十年で、世間のトラベラーに対する意識は、本当にただの『娯楽レベル』にまで落ちてきているんだなと改めて実感する。遊園地の絶叫マシンだって、いくら安全対策に気を使っていても危険な時は危険なのだから、世間の感覚としてはそれと同じようなものなのかもしれない。


 おっさんAIが言うには、今の私でも武器さえあれば三階層くらいまではソロでも余裕で行けるらしいから。娯楽施設っていう例えは、案外言い得て妙なのかも……。


 でもしっかり装備を整えて、ちょっとしたお小遣い稼ぎとして潜るなら、おっさんAI曰く「八階層あたりまでが無難」とのこと。トラベラーとして本格的に生計を立てていくならそれ以上の階層に挑むべきなのだろうけれど、そこから先は一歩間違えれば本当の命の危険が顔を覗かせる。


 それに、あのアイリスやエリカの二人組は極端だとしても――幸い私たちはまだ出会っていないけれど、ダンジョン内にはトラベラーの命や物資を文字通り狩りにくる「トラベラー狙いのトラベラー(PK)」も実在するっていう物騒な噂話だってあるのだ。


 「旅行気分はほどほどに抑えて、ちゃんと気を引き締めておかないとね。――よしっ、ハッ! たっ……あったッ!?」


 自宅の庭で、自主練がてらに木製の棒を回す演武の練習をしていた私は、手元を盛大に滑らせて思いきり自分の前頭部に棒をぶつけてしまった。


 あまりの痛さに、私はその場にしゃがみ込む。


 「くぅぅぅ……っ痛つぅ……! 動画の人たちは、なんであんなに簡単そうにブンブン回してるのよぅ……」


 涙目でたんこぶができそうな頭をさすりながら、私はよろよろと立ち上がり、再び棒を握り直す。


 そもそも、私がなんでこんな地味な「棒回し」の練習なんかをしているのかと言えば、少し前のショウコさんとの会話が発端だった。


 ショウコさんが私たちの防具に打撃特性の付与をしてくれた際、ダンジョン内ではなく、ギルドの地上施設にある専用ブースでスキルを使っていたのだ。それを見た私は、以前おっさんAIに「戦闘系スキルを地上で試せるギルド施設はあるの?」と尋ねたことがあった。


 『残念ながら、戦闘系スキルを試せる場所は地上にはあらへんのや。なんでないか? そりゃあ、規模の小さいスキルなら強固な防壁部屋を作ればなんとかなるやろうけど、なかには一撃で大規模破壊を起こすようなイカれた大技を、地上のど真ん中でブッ放されてみぃ。大災害待ったなしや。だから戦闘系スキルに関しては、地上には一切使わせへんちゅうギルドでの絶対的なルール(縛り)があるんや』


 なるほど、地上部分で大魔法や必殺技みたいなのを暴発されたらたまったものではない。私は大いに納得したのだが、おっさんAIはニヤリと笑うようにこう続けたのだ。


 『スキルそのものはダンジョン内でしか使えへんけど、身体を使う物理的な訓練なら地上でもなんぼでもできる。走るなり筋トレするなり、技のフォームを身体に叩き込むなり、自分で出来ることをしてみぃ。あ、一応言うとくけどな。ギルドが殺傷性のない安全な魔道具やと判定して地上への持ち出しを許可したもんであっても、それを人様相手に振り回して怪我でもさせたら、普通に警察のご厄介になるからな。そこだけは重々注意しいや』


 その話を思い出し、私はふと「じゃあ、サクラのメモ帳が地上で普通に出せてる理由は?」と疑問を口にした。


 『サクラはんのメモ帳は、ダンジョンから一歩外に出せば、ただの「絶対に紙切れを起こさんメモ帳」になるだけや。あれは、サクラはんの「ブックマーカー」としてのスキルの力と合わさって初めて魔法現象を引き起こす、言うなればただの触媒や。とは言えや。あれを使って地上で人を傷つけた、なんて話になったら途端にややこしくなるからな。サクラはん本人には口を酸っぱくして言うてあるけど、スイはんからも気ぃつけて見といてや』


 ……という、おっさんAIとの一幕があったのだ。いくらサクラが普段はおバカでポンコツな性格だとしても、地上の一般人を巻き込んで怪我をさせるような真似は絶対にしないと信じたいけれど。


 「スイちゃん、スイちゃん! これ見てー! おじいちゃんにもらったの!」


 噂をすれば影。自宅の庭の生垣の向こうから、サクラの元気いっぱいの声が響いてきた。


 「なによサクラ、自主練の邪魔を――って、ええぇ!?」


 声のした方へ振り向いた瞬間、私の思考は完全にフリーズした。


 なんと、サクラの周りを、一匹の小さな犬がふわふわと宙に浮いていたのだ。


 「え!? いぬ!? あれ!? でもおかしい……浮いてる!?」


 犬は犬なんだけど、いや、そもそも犬が重力を無視して空中を浮遊していること自体が完全におかしい。ああもう、ツッコミどころが多すぎて頭の処理が追いつかない!


 「サクラ! いったいそれ何なの!? 何をしたのよ!?」


 「うにゅ? あのね、おじいちゃんにこの不思議な筆をもらったの!これね。 サクラのメモ帳と同じなんだよ!」


 「メモ帳と同じ……!? それって、つまりそれ、『魔道具』ってこと!? ギルドに地上持ち出し許可は取ってるの!?」


 「あのね、これね、墨切れが絶対に起きない魔法の筆なんだって。そんでね、紙がなくても、こうやってどこにでも描けるの。ほらっ!」


 サクラは自慢げに胸を張ると、手に持った古風な毛筆を宙に向けて、さらさらっと器用に走らせた。すると、空間に黒い墨の線が浮かび上がり、さっきと同じ可愛らしい犬の絵が完成する。


 描かれた墨絵の犬が宙に浮いている。……しかし、よく見るとその犬はただの黒い立体的な線画でしかなく、数十秒ほど宙を泳いだ後、粒子のように跡形もなくパッと消えてなくなってしまった。


 「…………」


 私は急激な頭痛に襲われ、こめかみを指で押さえた。


 サクラのおじいさんは、とにかくサクラに対してもの凄く、地球規模で甘い。サクラがちょっとおねだりすれば、どんなに高価なものでも、危ないものでも何でも買い与えてしまうのだ。そのせいで、サクラの親御さんから「お父さん、甘やかしすぎです!」としょっちゅう本気で怒られているのを私は知っている。


 「……サクラ。一応確認するけど。これ、おじいさんにおねだりしたわけじゃないわよね?」


 「おじいちゃんに? サクラ、何にもおねだりしてないよ? 遊びに行ったら、おじいちゃんが『サクラにこれをやろう』って言っていきなりくれたの!」


 「……そう。よし、サクラ。今すぐ一緒におじいさんのところに行くわよ」


 「うーん……? わかったぁ」


 私はサクラの手を引っ張り、そのまま彼女の自宅へと突撃した。


 そしてリビングでお茶を飲んでいたサクラのおじいさんに詰め寄り、笑顔の圧をかけながらこの怪しい筆の真相を問い質した。


 おじいさんの弁明いわく――。


 なんでも、おじいさんの長年の友人のお孫さんが、少し前まで現役のトラベラーとして活動していたらしいのだが、諸事情で惜しまれつつも引退。その際、多くの装備品や魔道具は市場に売却したものの、中には買い手がつかずに手元に残った品があり、ギルドの正式な許可をもらって地上(実家)へと持ち出していたのだという。サクラが持っているその筆も、その売れ残りの一つだったらしい。


 そこでサクラのおじいさんが、世間話のついでに「うちの孫も最近トラベラーを始めたんじゃ」と自慢げに話したところ、「なら、祝い代わりにこれを持っていくといい」という話に発展。おじいさんは大喜びでその筆をもらってきてしまった、というのが事の顛末だった。


 「……おじいさん。いくら元の持ち主さんの許可をもらっているとはいえ、魔道具の個人間での譲渡は、必ずギルドに申請して所有権の変更手続きをしないと絶対にマズいんです!」


 いつ何時、魔道具が暴走したり、危険を孕んだ魔道具へ変化するとも限らない。だからこそ、ギルドは地上に存在するすべての魔道具の所在を厳格に把握しておかなければいけない決まりがあるのだ。


 私ははぁ、とため息をつき、隣でポカンとしている幼馴染を睨む。


 「どうせサクラは、トラベラー講習の規約説明で習ったことなんて、もう綺麗さっぱり忘れてるんでしょう?」


 「うにゅ? そんなのあったっけ?」


 「……これだ」


 私はサクラの襟首を掴むと、そのまま急いでダンジョンギルドの十王市支部へと直行した。


 受付窓口に筆を差し出し、大急ぎで譲渡の手続きを申請する。


 「すみません、本当にすみません……! 今後は身内の者にも厳しく言い聞かせて、絶対にこのような手続き漏れがないようにしますので……!」


 受付カウンターの向こうで猛烈に謝罪する私に対し、ギルドの受付嬢は書類に受領印を押し、ニッコリと微笑んだ。


 「いえいえ、大丈夫ですよ。トラベラーの方などに、たまに規約の細かい規則を忘れてしまう方もいらっしゃいますから。ですが、次回からは必ず事前に手続きをしてくださいね?」


 受付の女性はとても優しかった。声音も信じられないくらい丁寧だった。――けれど、その目の奥には「次やったら承知しないからな」という、絶対に逆らってはいけない無言の圧力がはっきりと籠もっていた。


 こうして、ギルドの洗礼(お叱り)を受けつつも、サクラは思わぬ形で新しい魔道具との巡り合わせを果たしたのだが……。


 「うにゅぅ……この筆、毛が柔らかすぎてメモ帳に絵が描きづらい……」


 ギルドからの帰り道、サクラはもらったばかりの筆をメモ帳にペタペタと押し当てながら、不満そうに声を漏らしていた。


 せっかく大騒ぎして手続きした魔道具だけれど、これは当分の間、お蔵入りになりそうな気がしてならない私だった。


 そして一週間が過ぎ、ついにショウコさんとの約束の日がやって来た。


 私たちはダンジョンギルドの受付窓口でいつもの記録用ドローンをレンタルし、さっそく「おっさんAI」を起動させる。球体のカメラがパチリと瞬き、お馴染みの軽快な関西弁がスピーカーから飛び出してきた。


 『おう、お嬢さんら、一週間ぶりやな! ほんで、今回は十階層の遺跡に行くっちゅう話やけど……お嬢さんらの準備も、見たところばっちり整っとるみたいやな。で、その例の「レンタル品」を手配してくれた人はどこにおるんや?』


 「ショウコの話だと、ギルドの格納エリアへ先に行ってるってことらしいんだけどさ。オレたち、その場所がどこにあるのかさっぱり知らねぇんだよな」


 スズカが首の後ろを掻きながら言うと、おっさんAIのドローンはふよふよと空中を漂いながら、私たちの前を先導し始めた。


 『そこへの案内も兼ねてっちゅうわけやな。なら、こっちや。ついてきぃ』


 案内されたのは、一般のトラベラーはまず立ち入らないギルドの奥深くにある特殊エレベーターだった。


『一番下の階のボタン、押したってや』


 おっさんAIに言われるがまま、私はおそるおそる『B5』と書かれた見慣れないボタンを押し込む。すうーっ、と音もなく静かに動き出すエレベーター。かなりの速度で下降しているのが重力の感覚で伝わってくる。


 やがて、エレベーターのガラス張りの壁の向こうに、息を呑むような広大な地下空間が広がった。


 「地下に……こんな規格外の巨大施設があったなんて……っ」


 エレベーター内から見える景色は、まるで超巨大な近未来の自動整理棚のようだった。見渡す限りの広大な空間に、無数のコンテナや棚が整然と並び、その間を全自動の搬送キャリアが縦横無尽に行き交っている。


 『元はな、あの次元門の底が地下深くまで伸びとる可能性があって、調査のために地面をガンガン掘り起こしたんはエエけど……掘っても掘っても空間の亀裂が広がるばかりやったんや。「これは下手すれば地殻を越えて地球の裏側まで突き抜けるかもしれん!」と当時の大人たちが慌てて埋め直して、その副産物として残ったのがこの空間や』


 「ほ、本当なの、それ……!?」


 私が緊張で生唾を飲み込むと、おっさんAIのカメラが意地悪く光った。


 『ウソや』


「ウソなのかよパチモンおやじィ!!」


 スズカの激しいツッコミがエレベーター内に響き渡る。


 『まあまあ、落ち着きなはれスズカはん。冗談やがな。実際のところ、言うてもエエけど、本気で国家機密事項に引っ掛かる部分もあるんでな。その辺の詳しい大人の事情は内緒や。ただ、言うてもエエ表向きの部分で言うと、「ジオフロント計画」っちゅうのがあってな。各都市のダンジョンギルドは、その地下都市開発のモデルケース(実験場)でもあるんや』


 「よくわかんねぇけど、要するに大人の事情ってやつか」


 『そう言うこっちゃ。それに現実的な話をするとやな、ストレージマーケットで売られてる装備品やアイテムなんか、外へ持ち出せへんのに普段は一体どこで管理しとくかちゅう話にもなるやろ?』


 「あ……! もしかして、全部ここにあるんですか? 私たち、いつもロッカールームで着替えてますけど、日によって使うロッカーを違うのに、自分のIDカードを通すだけで毎回ちゃんと自分の装備が中に入ってるから、不思議には思っていたんですけど……」


 ヒマリがハッとしたように指を立てた。


 『あれはIDを通した瞬間、この地下倉庫から預けてある荷物を直ぐ様システムが選別して、超高速のシューターでそのロッカーまで送っとるんや。そやな、お嬢さんらがイメージし易いとしたら、機械式の立体駐車場を思い浮かべればエエ』


 「では、あの今もせわしなく行き交っている荷物たちは……」


 ガラスの向こうを巨大な搬送レールが蜘蛛の巣のように走っている。


 『せや。いま地上部分のギルドで、誰かしらが自分の荷物を呼び出しとるか、または冒険を終えて預けとる証拠やな』


 「でも、これだけ大量の荷物があると、盗難とかのセキュリティはどうなってるのよ? 紛失したり、誰かに盗まれちゃったりしたら大変じゃない」


 現実的な危険性を考えて私が尋ねると、おっさんAIはフッと自信ありげに笑った。


 『スイはんの心配も理解できる。けれどな、ここからモノを盗もう思うても逆立ちしたって無理やと思うで。気付いてへんかもしれへんけど、もうこの辺りは地上から一キロは優に越えとる深さや。戻るにしても、専用エレベーターには必ずギルドの監視カメラがあり、そのカメラには魔道具等から発せられる微細なエネルギーの検知システムが組み込まれてる。不審な動きがあればすぐにアラートが鳴ってバレる仕組みや。仮に、エネルギーを完全に遮断する特殊な特殊装置やらなんやらに詰め込んで地上に上がったとしても、エレベーターを降りた先には検査員に「検査門(ゲート)」もあるからな』


 「あ! 空港で行うような、あの物々しい手荷物検査はそのためだったの!?」


 「サクラがそこ通るときに『ピーッ!』って鳴って、すっごくビックリしたよ!」


 『ハハ、まあサクラはんは「絶対に紙切れを起こさんメモ帳」を常時持っとるからな。あれも分類上は立派な魔道具になるから、地上に持ち出す時は機械が反応するねん。でも、ちゃんと現物を見せてIDカードの登録情報と確認されたら、何の問題もなかったやろう?』


 「うん! あとね、これもだよー!」


 サクラは思い出したように、ここ一週間で手に入れたばかりの『墨切れが起きない筆』をポシェットから取り出し、おっさんAIのカメラの前に突き出した。


 『ん? ……なんやそれ、わてはその魔道具は知らんぞ? マーケットのどこぞの店で新しく買ってきたんか?』


 「ううん。おじいちゃんにもらったの!」


 『もろうた……? 登録済みの魔道具の譲渡やと!? おいおい、どう言うこっちゃ?』


 おっさんAIの球体ドローンが、信じられないものを見たように左右に激しくシェイクして混乱し始めたので、私は見かねて一週間前の「サクラのおじいさん突撃事件」と「ギルド窓口での冷や汗手続き」の経緯を簡単に話して聞かせた。


 『あー、なるほどな、合点がいったわ。最低級の魔道具の分類やと、引退するトラベラーの管理も杜撰になりがちやからな。悲しいかな、いまや地上に出回っとる所在不明の最低級の魔道具なんて、全体の一、二割はあるのが現状やから。……しかし、そこで有耶無耶にせんと、ちゃんギルドに私的名義の変更手続きをしに行ったんは偉いで、スイはん。ファインプレーや』


 「エヘヘー、サクラ、褒められたー!」


 「褒められたのは手続きに走った私でしょ、サクラ……」


 そんな賑やかなやり取りをしているうちに、エレベーターは静かに目的の階へと到着した。チーン、と澄んだ電子音が鳴り、重厚な金属製の扉が左右に開く。


 すると、まるで私たちの到着を首を長くして待ち構えていたかのように、


 「よう。お嬢さんら、待ってたよ」


 薄暗い格納庫の明かりの中で、壁に背を預けたショウコさんが、ニヒルな笑みを浮かべてそこに立っていた。


 「すみません! お待たせいたしました!」


 私たちはエレベーターを降りるなり、慌ててショウコさんのもとへ駆け寄った。


 「いいや。たいして待っちゃいないよ」


 ショウコさん挨拶もそこそこに。


 「場所はこっちだ。ついてきな」


 いつものクールな調子で歩き出し、私たちが一週間前に予約したキャンピングトレーラーがあるという区画へと案内してくれた。


 「――よし、これがそうさ」


 たどり着いたのは、倉庫の一角というよりは、もはや巨大な『軍用格納庫』と呼んだ方がしっくり来る重々しい場所だった。そこに鎮座していたのは、マイクロバスほどの巨体を誇る、鈍い金属光沢を放つある種の装甲車のような怪物だった。


 「お、大きすぎませんか……!? これ、本当にキャンピングトレーラーなんですか?」


 私がその圧倒的な存在感に呆気に取られていると、ショウコさんは肩をすくめた。


 「そうかい? ダンジョンでの生活空間や物資を詰め込むとなると、これでもかなり小さい方なんだがねぇ」


  私は(これで小さいの!?)という驚きを込めてスズカに目線を送ったけれど、スズカも「さあな……」と言いたげに首を横に振っていた。そんな中、球体ドローンをふよふよと浮かせているおっさんAIだけが、メカニック特有の鋭い視線(カメラ)を輝かせて、その真価を瞬時に見抜いた。


 『ほうほう、こりゃ凄いがな! GL社製の装甲型キャンピングトレーラーか! 型番は三世代ほど型落ちしとる旧式やけど、フレームの物理耐性がガチガチにしっかりしとるし、居住区画もめちゃくちゃ充実しとる名機や。これなら、中型以上のモンスターが外からドツいてきてもビクともせん仕様やで。このトレーラーなら、三十階層辺りのエリアまで問題なく現役で使えるタフさやな』


 「……へぇ。ずいぶん物知りなドローンじゃないか。それ、ギルドのレンタル機だろ?」


 ショウコさんが少し驚いたように、煙草を咥えたままおっさんAIを凝視する。


 『こちらのお嬢さんらには「おっさんAI」と呼ばれております。以後、お見知り置きを。あんじょうよろしゅうに』


 おっさんAIの詳しい解説の技術基準は私にはよく分からなかったけれど、ショウコさんが「やるじゃないか」という風に認めているのを見て、一気に信頼感が跳ね上がる。


 「まあ、そこのドローンが言う通りの中古な代物だがモノはしっかりしてる。一応、中を確認しておくかい?」


 「はい、ぜひお願いします!」


 装甲車のようなトレーラーに近付くと、ショウコさんは車体側面に取り付けられた金属製のタラップをカツカツと上がりながら振り返った。


 「防犯上の理由で申し訳ないけど、出入り口はここからしかできない仕様なんだ」


 ショウコさんはスタスタと上がっていき、少し奥まった場所にある重厚なハッチ式の扉の前に立った。


 「こいつが中に入るためのマスターカードキーだ。紛失すると再発行に違約金がかかるから、くれぐれも気を付けてくれよ?」


 ピッと扉の認証部位にカードをかざすと、「プシューッ!」と強烈な空気圧の音が鳴り響き、厚い防弾扉が滑らかにスライドして開いた。


 「おおっ!? カッケーなおい! さっそく中を見せろよ!」


 スズカがテンションを上げてタラップを駆け上がっていく。


 「サクラも見るー! 探検探検ー!」


 サクラもその後に続いて楽しそうに中へ入っていった。すぐに扉の奥から、二人の興奮した声が響いてくる。


 「おーいスイ! ヒマリ! 早く中に入ってきてみろよ! 思った以上に中が広くてスゲェぞ!」


 「すごいよすごいよ! スイちゃん、ヒマリちゃん、早く早くー!」


 「ふふ、行きましょうか、スイさん」


 ヒマリに促され、私もタラップに足を掛けた。――が、その一歩先から、どうしても足が動かなくなってしまった。私のすぐ斜め下を、おっさんAIの丸いドローンが同じように上昇しようとしていたからだ。


 「……とりあえず、おっさんAIは私より先に上がりなさい」


 私はすっと指を差し示し、冷たい視線でドローンを固定した。


 おっさんAIのカメラが、最初は何を言われているのか分からないという風に左右に傾いていたが、やがて何かを察したように「あぁ……」とスピーカーを鳴らす。


 『邪推が過ぎるでスイはん。わては別に、そんなローアングルからお嬢さんのスカートの中を盗撮しようなんて下劣な真似はせえへんよ?』


 「もし撮ってたらその瞬間にあんたの体を素手でぶち壊してるわよ! いいから大人しく先に上がりなさい!」


 『へいへい。お年頃のレディは細かいなぁ、もう』


 おっさんAIは呆れたようにふらふらと扉の奥へと入っていった。それを見送ってから、ヒマリがクスリと笑う。


 「ふふ、スイちゃん、AIさんは人工知能なのですから、そこまで気にしなくてもよろしいのでは?」


 「……頭ではわかってるのよ、ヒマリ。でもね、あいつの言動を配信中や普段の会話で見ていると、中身が本当の『汚いおっさん』にしか見えないときがあって、心がどうしても納得しないのよ……」


 私は小さく一息吐いて気持ちを切り替えると、ようやくタラップを上がり、トレーラーの内部へと足を踏み入れた。


 そして、内装を目にした瞬間、私も先に入った二人と同じように歓声を上げていた。


 「うわぁ……! なにこれ!? 凄い……めちゃくちゃオシャレ……っ!」


 そこに広がっていたのは、縦長ながらも完璧にレイアウトされた美しいLDK空間だった。配置されたソファーもテーブルも、どこか高級ホテルのスイートルームを思わせる洗練されたシックなデザインで統一されている。


 さらにキッチンも、私が勝手に想像していた移動販売車のような狭苦しいものでは全くなかった。なんと、大人二人がいっぺんに立って料理を行っても、お互いの邪魔にすらならない贅沢な広さが確保されていたのだ。


 「こっち側は、シャワールームにトイレか。水洗なのがありがてぇな」


 「あ! お布団があるよ! サクラ、ここのフカフカのベッド取る!」


 二人の大はしゃぎっぷりに、ショウコさんはタバコを指に挟みながら苦笑いを浮かべた。


 「ここがまあリビング兼ダイニングだね。言わなくてもわかるとは思うが、これが冷蔵庫で、こっちがIHコンロ。水はちゃんと出るが、タンクに貯蔵されてる分しかないからね。ここの壁にあるデジタルメーターの残量を見ながら計画的に使っておくれ。それで、真ん中の通路の右側がシャワー室で、反対側がトイレ。さらに奥の通路を進んだ突き当たりが寝室さ。寝室は最大で八人まで就寝可能なんだが、今回は四人での利用ってことで、一人あたりのスペースをかなり広めに仕切っておいたよ。それから――」


 ショウコさんはリビングの隅にある頑丈なハッチを指差した。


 「こっちの床下にあるのが、モンスターからドロップした素材や肉を鮮度を保ったまま保管できる簡易的な『冷却ストレージ』。それと、こっちの壁面が予備の装備品なんかをロックして置いておける武器庫(ウェポンラック)さ」


 至れり尽くせりの丁寧な説明を、私はただただ呆気に取られながら聞いていた。


 「キャンピングトレーラーって、みんなこんなに豪華で凄い感じなんですか……?」


 ショウコさんは再び苦笑いを漏らす。


 「さっきも言ったろ、これはかなり小さい方だよ。今の最新鋭のやつだと、もはや『走る要塞』かってくらいのでかぶつもあるくらいさ」


 「よ、要塞……? キャンピングトレーラーがですか!?」


 「ああ。便宜上はトレーラーって分類にされてるだけで、実態は動く前線基地と言った方がわかりやすいね」


 一体誰がそんな映画みたいな要塞トレーラーを作るんだろう、と私は遠い目をして考えてしまう。


 「それから、こいつは牽引して運んでもらうのが前提だが、一応『自走』もできるハイブリッドタイプさ」


 「なに!? これ、単体でも動かせるのかよ!?」


 スズカの目がギラリと輝いた。


 「どこだ! どこに運転席とハンドルがあるんだ!?」


 「一旦外に出て、車体の反対側にもう一つハッチがある。このカードキーを持っていけば開けられるが……いいかい、スズカ。くれぐれも勝手にエンジンを掛けて動かそうなんて考えるんじゃないよ? ギルドの許可なくここの敷地内で自走させたら、一発で重い罰則もんだからね。いいかい、シートに座って雰囲気を味わうだけにしておけよ」


 「わかったよ! 何遍も同じこと言うなよな、ほれ、カードキーよこせ!」


 ショウコさんは、スズカのそのあまりに好奇心に満ちた言動に「いまいち信用できないねぇ……」という目線を向けていたが、観念したようにカードキーをスズカへと投げ渡した。スズカは少年さながらに目を輝かせ、カードをキャッチするなり一旦外へと飛び出していった。


 「……好奇心の強いときの、スズカの『大丈夫』ほど、あてにならない言葉はねぇな」


 「はは……完全に同意です、ショウコさん……」


 それから、計器の見方や緊急時の脱出マニュアルなど、いくつかの重要なレクチャーをしてもらい、私たちは改めてこの素晴らしいキャンピングトレーラーをショウコさんから正式にレンタルした。


 「じゃあね。一泊二日の初めてのダンジョン旅行、しっかり楽しんできな」


 「はい! 丁寧なご説明、本当にありがとうございました。無事にお返しします!」


 ショウコさんはひらひらと手を振りながらエレベーターに乗り、地上へと戻っていった。格納庫に残されたのは、私たちと巨大なトレーラー。


 「それじゃあ、さっそく出発したいんだけど……おっさんAI。ここでスズカの『ストームサンダー』を呼び出しちゃって大丈夫かしら?」


 『ちょい待ちや、スイはん。いまギルドの管理システムに召喚の申請を通しとるからな』


 「えぇ〜? なんだよ、これ動かしてドライブしていかねぇのかよ?」


 運転席から戻ってきたスズカが不満そうに唇を尖らせる。


 「この大きなトレーラーだけで自走していったら、遺跡に着くまでどれだけ時間がかかるか分からないでしょう。ストームサンダーなら、前の時みたいに空間航行能力(ショートカット)で目的地付近まで行ってもらえればその分、遺跡の探検に時間を回せるわよ」


 「なるほどな! 確かにその方が合理的だわ!」


 「スーちゃん! サクラ、早く探検したい!」


 「だな! よし、おっさんAI、早くしろ! 呼び出すぞ!」


 『だから、ちょい待ちや言うとるやろ! ちゃんと申請が通ってからやないと、こんな地下施設のド真ん中で、あないな規格外の神霊なんかを無断で呼び出してみぃ、エネルギーの暴走検知でギルドの上層部が大パニックになるわ!』


 「はーやーくーしーろーよーーー」


 「おーそーいーぞーーー、やーくーしょーしーごーとーーー!」


 スズカとサクラの二人が息を合わせてブーブーと大合唱し、おっさんAIを急かす。


 やがて、ドローンのランプが緑に点灯し、『よし、申請が通ったで!』という声と同時に、スズカはトレーラーの外に出て神霊を召喚した。


 眩い雷光と暴風と共に現れたアンドロイドの様なメタリックな女性たち『ストーム・サンダー』。


 彼女たちは、前回の「ステッカー騒動」の時とは違い、背後に巨大なキャンピングトレーラーを接続され、それを牽引させられる形になっても、今回は特に機嫌を損ねるような様子は見せなかった。


(……前回のステッカーと、今回のトレーラーの牽引。客観的に見たら、どっちも大差ない気がするのだけど……怒る基準が私にはサッパリ分からないわね)


 それとも、彼女たちが人型だけでなくバイク型のフォーメーションにも変形できる特性を持つことから、「何かを後ろに繋げて引く」ということ自体には、本能的なプライドや抵抗が最初からない……ということなのだろうか。


 「よっしゃあ! お前ら全員、トレーラーの中に乗ったな! ハッチはちゃんと閉めろよ!」


 ストームサンダーに跨がったスズカが、インカム越しに声をかけてくる。


 「乗ったわよ! スズカ、安全運転でお願いね!」


 『進路案内(レーダー)のナビゲーションに従って動いてや。それ無視して暴走したら、マジでギルドから出禁喰らうからな』


 「はいよ! じゃあ、行くぜ――ストームサンダー、発進!!」


 スズカが力強くグリップを握り締めると、通常のエンジン音とは一線を画す、空間そのものを震わせるような重低音の爆音が格納庫に響き渡った。


 ゆっくりと、けれど信じられないほどの力強さで、巨大な装甲トレーラーが引っ張られていく。


 私たちは流れる誘導灯の光に従いながら地上から降り注ぐように存在する『次元門』を潜り抜け、十階層の巨大遺跡を目指して、光の渦の中へと突き進んでいくのだった。







挿絵(By みてみん)

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今回、作品に挿し絵を追加しました!

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