No.54活動記録:十階層のボス討伐、出てきたのはスターゲイザーと魚の雨
No.54活動記録:十階層のボス討伐、出てきたのはスターゲイザーと魚の雨
「……ちょっと、おっさんAI。コリーダって、『牛』の話よね?」
私は物陰から十階層の主の姿を盗み見ながら、引きつった声を絞り出した。
『そうや。牛や』
「……牛ってあんなに大きいの!? あれが特殊個体とか、そういうイレギュラーなわけじゃないわよね?」
『ちゃうな。体高は個体差あるけど、あいつでだいたい百五十ちょい(150cm以上)はあるな』
「私の背丈より四肢が太くて、横幅が四倍くらいあるじゃないのよ! 四足歩行でその高さは、イノシシが可愛く見えるレベルのバケモノよ!」
『そのためのワイルドボアでの戦闘訓練でもあったわけなんやけど……どないする? やめとくか? 今ならまだ戦わんと回れ右できるで』
「え~っ!? ここまで来てやらねぇのかよスイ!」
「スイちゃん、サクラが新必殺技であの牛さんをドッカーンとしてあげるよ?」
スズカとサクラがブーブーと不満の声を漏らす。
確かに、二人の火力に任せれば、どうにかなるというのは分かっている。けれど、私は一応これでもアマチュアとはいえ、自覚ある配信者だ。初のボス戦という一大イベントを前にして、ここで怖気づいて逃げ出したら、絶対に配信の撮れ高を大損する気がする。
――配信者は度胸に愛嬌! ここで引いてたまるかっての!
「……よし、みんな戦闘準備! イノシシとの訓練を忘れずに、落ち着いてあの牛を倒すわよ!」
「そう来なくちゃ!」
「わーい! レアなアイテム落とすかなぁ?」
「スイちゃん。私の方でも、全力で出来る限りのフォローをいたしますので」
「よろしくね、ヒマリ!」
私たちは物陰から一斉に飛び出し、作戦通りに陣形を展開した。ヒマリのバフを全員に掛け、まずは相手の出方を注意深く窺うため、半円を描いて敵を包み込む『扇陣形』でコリーダに挑む。
「さあ! こっちに来なさい、牛さん!」
私は旗槍を地面に打ち鳴らし、コリーダを正面から挑発した。――けれど、コリーダは大きな鼻息をひとつ漏らしただけで、私の挑発など意に介さないと言いたげに、完全に無視を決め込んでいた。
「あれ? おっさんAI、あいつ凶暴じゃないの?」
『敵と見なしたら凶暴やな』
「……ってことは、スイちゃんは敵としてすら見られてないってこと?」
サクラの無邪気な言葉に、ほんのちょっと。本当に、ほんのちょーーーっとだけカッチーンときた私。
私は『光の旗槍』の機能を起動し、穂先からチームの象徴である、サクラが描いた『みどりの葉っぱ隊』の旗を盛大になびかせた。
「おいおいスイ。こんな時に旗なんて出してどうするんだ?」
「牛って、赤い布を目の前で振り回すと興奮して突っ込んでくるんでしょう!?」
『実際の牛は赤色を識別できとらんから、布の動きに反応しとるだけやけどな……。せやけど、その旗を激しく振り回すんはエエ判断やと思うで。ほら見てみい、お嬢さんら。コリーダが明確に鼻息を荒くしてきよったで』
おっさんAIの言葉通り、さっきまで私たちを完全にスルーしていたコリーダが、フシューッ!!と激しい蒸気のような鼻息を吐きながら、前足で小刻みに地面を蹴り始めた。頭を低く下げ、鋭い角をこちらへと向ける。
「……うわぁ、やっぱりイノシシとは比べ物にならない迫力ね……!」
『落ち着けや。焦らんと冷静に対処すれば、今のお嬢さんらの敵やあらへん』
「わかってるわよ! ――サクラ、仕掛けて!」
「はーい! 新必殺技を披露するよー! ――ペラペラ~からの、ペラペラ~!」
サクラが楽しそうに声をあげながら、慣れた手つきで『メモ帳』のページを捲り、続いてジェナさん作の『魔道書』の方も素早く指を這わせる。
次の瞬間、サクラを中心にバンッ!と目も眩むような光が周囲の地面へと広がっていく。
……けれど、何も起こらない?
そう思った直後だった。周囲の地面がポコポコ、ポコポコっと不自然に盛り上がり、土を割って何かが一斉にひょこっと顔を出したのだ。
私は一瞬、地下から奇襲を仕掛けてくる『ディグモール』のようなモンスターの増援かと思って身構えた。けれど、土から突き出てきた「それ」の姿を見た瞬間、完全に思考がフリーズした。
「……さ、魚の頭?」
それは、どう見ても川や海にいる、あの生臭い『イワシ』の頭だった。それが何匹分も、天を仰ぐようにして地面からニョキニョキと生えているのだ。あまりにも狂気的でシュールな光景に、私だけでなくスズカもヒマリも呆気にとられて開いた口が塞がらない。
そんな私たちを他所に、サクラは真剣な顔で、唱える必要がないクイックスペラーの筈なのに、呪文(?)を紡いだ。
「――『スターゲイザー』……!」
『まさか……!? アカン! アカンでサクラはん!! それだけは絶対にアカン!!!』
上空のドローンから、おっさんAIのこれまでに聞いたことがないほどの、本気で動揺した絶叫がスピーカーを引き裂かんばかりに響き渡った。
え!? 何!? おっさんがここまで取り乱すなんて、何かトラベラー生命に関わるような、とんでもない不測の事態でも起こるっていうの!?
危機感を覚えた私は、みんなの安全を第一に考えて、一度体勢を立て直すために撤退の指示を出そうとした。
「よく分からないけど、みんなヤバそうだから一旦引く――」
「――『パイ弾』、発射ーーー!」
「――く、……はい? パイ弾?」
サクラが放ったあまりにも意味不明な単語に、私の脳の処理が完全に追いつかず、思考が完全に宇宙へと飛んだ。
そしてサクラの放ったその言葉の、本当の、そして恐ろしすぎる意味を、私たちは次の瞬間に身をもって知ることになるのだった――。
地面からニョキニョキと生えたイワシの頭が、一斉にその身体をビチビチビチッ!と激しく揺らした。
かと思った次の瞬間、それらは地面から弾け飛ぶようにして空中へと飛び上がったのだ。
「いっけぇー!!」
サクラの号令に合わせ、宙を舞う無数のイワシたちが一斉にコリーダに向かって凄まじい勢いで突撃を開始する。
それはまるで、大海原を泳ぐ巨大な魚の群れがひとつの生き物のように形を変えていくかのように、無数に、そして絶え間なくコリーダの巨体へと襲いかかった。ビチビチ、バシバシとイワシの群れが巨大な牛にぶつかり続ける、あまりにもシュールで異様な光景。
時間にして、数秒ほどだったと思う。
やがてイワシの群れによる猛烈な波状攻撃が止み、イワシの姿が消え去ったあと――そこには、何事もなかったかのようにピンピンして佇むコリーダの姿があった。
「あれだけの勢いのものをまともに喰らって、アイツ、ノーダメージなのかよ!?」
スズカが信じられないといった様子で叫ぶ。
『いやまあ、どれだけ勢いあってもイワシはイワシやからな。純粋な攻撃力はほとんど無いに等しいで。……まあ、さすがにあれだけ全身をビチビチ叩かれれば、うっとうしいだけでは済まないとは思うけどな』
「ただ派手なだけかよ!? びっくりして損したわ!」
「うにゅぅ……サクラ、絶対いけると思ったのになぁ」
『発想自体はおもろいんやけどな、配信でやったら「食べ物を粗末にするな!」ちゅうクレームが全方位から飛んできそうな攻撃方法やからな。わてもそのリスクに気がついた瞬間に止めようとしたんやけど、一歩遅かったわ』
「……おっさんAIが、さっきのを必死に制止してたのって、そういう意味だったのね……」
サクラがメモ帳で描いたモノが具現化したものだから、実際の食べ物とは一切関係ないはずなんだけど。それを今ここで指摘すると、おっさんAIがまたコンプライアンスだの何だのと面倒くさい問題を語り出しそうだったので、私はあえて黙っておくことにした。
それよりも今は、サクラの奇襲のせいで全身が生臭くなった(気がする)ことに怒り心頭、といった表情でこちらを睨みつけているコリーダを見据える。
でも、サクラの斜め上すぎる攻撃のおかげで、さっきまでコリーダの圧倒的な巨体に呑まれていた私の心からは、すっかり冷静さを取り戻すことができていた。
「みんな、扇陣形から『十字陣』へ変更! 真正面からは絶対に突っ込まないでよ、スズカ!」
「おう! わかってら! ――ほら、来いよ、牛野郎!!」
スズカが挑発するように手招きをすると、完全にブチギレたコリーダが、爆音を立てて大地を蹴りながら猛烈な勢いで突進してきた。
「ヒマリ! 左右からコリーダの注意を引くよ!」
「了解しましたわ! ――『桜梅桃李』、梅の型――『寒梅穿牙』!」
ヒマリが鋭い突きを放ち、凍てつく衝撃波でコリーダの側面を叩く。
「せりゃあああっ!」
私はヒマリのような技系スキルを持っていないので、光の旗槍の機能をフル稼働させ、穂先に十文字型のエネルギー刃を展開してコリーダの身体へと突き放した。
しかし、十階層のボスの突進力は凄まじい。側撃を受けてもその動きは微塵も止まらず、真っ直ぐにスズカを――そして、その後ろにいるサクラを明確に狙い定めるかのように、一直線に突き進んでいく。
「サクラ! ゴークくんの後ろへ避難しなさい!!」
私が叫ぶと、サクラは慌てた様子で、全高五メートルもある頭と両手のない魔道機人形・ゴークくんの背後へと素早く身を隠した。
そして、突進の正面に立つスズカはといえば――。
「よしよし、良いね、来いよ牛野郎。……サクラのことは言えねぇが、オレも特訓で、ちっと『スキル』の面白い応用技を思い付いたからよ。ここで試させてくれや!」
不敵な笑みを浮かべる幼馴染の口から、ちょっと聞き捨てならない不穏な言葉が聞こえてきた。
あのスズカが。一回は物事を自分で実際に試してみないと気が済まない、あの脳筋猪突猛進なスズカが、「試したい」って何を企んでいるのよ!?
「ちょっ、スズカ、何する気よっ!?」
いくらショウコさんの防具の安全性が保証されているとはいえ、それはあくまで『打撃耐性』に限ったこと。衝突の際の凄まじい物理衝撃までは、完全には吸収しきれないのだ。
あれほど真正面から受けるなと注意したのに、スズカなら私の警告をちゃんと聞いてくれていると思っていたのに……! 幼馴染として、私は彼女の性格を甘く見誤っていたの!? と、絶望しかけた次の瞬間だった。。
スズカは突進してくるコリーダの進行方向から、紙一重のところでふっと半身をずらした。
そして、手にしていた魔道ランスの穂先をあえて後ろ側へと向け、逆手に構え直す。
「――くらえっ! 『払い落とし』!!」
スズカは本来、相手の武器を弾き落とすための防御スキルであるランスを、向かってくるコリーダの剥き出しの「足先」に向かって、地を這うような軌道で鋭く薙ぎ払ったのだ。
走る質量そのものを、足元から強引に横へと『払い落とされた』コリーダは、前足がつんのめる形になり、自身の持つ凄まじい突進の勢いのまま、地面を派手にゴロゴロと転がっていった。
「ナイス、スズカ! ――よし! 今よ、みんなで囲んでボコボコよ!」
巨体を横たえ、完全に無防備となってジタバタしているコリーダに向かって、一瞬の呆気に取られた私だが、直ぐ様みんなに一斉攻撃を仕掛けるよう指示を出した。スズカのランスが唸り、ヒマリの近接斬撃の『李花白刃』が炸裂し、私の旗槍が突き刺さり、サクラはゴークくんの影から応援していた。
最後は、十階層のボスともあろう存在が「お前ら、多勢に無勢だろ……」と嘆くような情けない鳴き声を残し、サラサラとした光の粒子となって消滅していった。
その場に、ボス討伐のドロップアイテムが転がる。
「よっしゃあ! 勝利だーーー!」
「 かったー!」
『YATTAーーー!』
魔道ランスを掲げるスズカと、ぴょんぴょん飛び跳ねるサクラ。そして上空でドローンを激しく上下させているおっさんAIが、初めてのボス勝利に大はしゃぎで歓喜の声を上げている。
「はぁ……はぁ……」
私は一人、旗槍を杖代わりに突いて息を整えながら、なんとも言えない複雑な表情でその光景を眺めていた。
「……勝った。確かに勝ったんだけど……。この、いまいち『ボスに勝った気がしない』スッキリしない感じは、一体なんなのかしら……」
サクラのイワシとスズカの強引すぎる足払いのせいで、ボス戦らしい厳かさが微塵もなかった戦場を見つめながら、私は遠い目でぽつり、と呟くのだった。
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