No.47活動記録:一千万の靴、選んだのは十万円のフルセット
No.47活動記録:一千万の靴、選んだのは十万円のフルセット
『――というわけで、一気に八階層まで行ってきました、元樹みどりでした。……が、控えめに言って地獄でした! 画面の向こうでコメント欄のみなさん大爆笑してますけど、本当に、本っっ当に怖かったんですよ!? とにかく大きいんです! 普通のサイズでも卒倒モノなのに、それが十倍、二十倍の大きさなんですよ!? 動物系のモンスターはまだ普通のサイズなのに、なんで虫系統だけあんなに巨大化しちゃうんですか!?』
端末の画面の中で、かつてないほど必死な形相の自分が喚き散らしている。
画面の横を流れるコメントは、「草」「みどりちゃん大パニックw」「いい叫び声だった」「虫イヤbot化しててワロタ」といったリスナーからの草(w)で埋め尽くされていた。
『……あ、そう言えばサポートAIさんに教えてもらったんですけど、海外の北の方にあるダンジョンには虫系統のモンスターは出ないらしいです。それを聞いて私、真剣に移住を考えそうになりました。……はい? 何ですか? コメントさん。「北の方は今度は動物系統が数倍から十倍サイズに大きくなるよ」って……。なんでみんな大きくなっちゃうんですかーーー!!!』
「はぁ……」
自分の配信チャンネルのアーカイブを確認し終えた私は、重いため息とともに、ダンジョンギルドに隣接しているレストラン街のテーブル席に顔を突っ伏した。
お昼時を過ぎて、周囲のトラベラーたちの視線から少し隠れられる奥まった席を選んだのは正解だった。今の私は完全に灰になっている。
「……そりゃね、他の有名配信者さんの動画を見てる時はさ、『うわー、大きなモンスターと戦ってて凄いな、撮れ高のためにわざわざああいうの選んでるのかな』とか、他人事みたいに思っていた時期が私にもありましたよ……」
「ん? でもスイのチャンネルって、少しずつ登録者数増えてんだろう。いまじゃ百人を越えたんだけか?」
向かいの席でハンバーグを口に放り込みながら、スズカが気楽な声を出す。
「おかげさまでね……。登録者が三桁になったあたりから、リスナーの方から『そろそろ自分たちのファンの呼び方を考えてほしい』って要望のコメントも届くようになったわよ」
「それはそれは! スイちゃん、チャンネル登録者百人突破、おめでとうございます」
「ありがとう、ヒマリ……。一応リスナーの皆さんにも配信内でアイデアを応募はかけてるんだけど……ねえ、みんなだったら何かいい呼び方の案、ある?」
私が顔を上げて尋ねると、隣でパフェをつついていたサクラが元気に手を挙げた。
「スイちゃんの下僕たち!」
「なんでよ!?!? なんで私が、貴重な登録者百人のリスナーさんたちをいきなり下僕呼ばわりしなきゃいけないのよ!」
「えー? でも、この人はファンをそう呼んでるよ?」
サクラが「ほら」と自分の端末を見せてくる。画面に映っていたのは、以前一階層で出会ったあのロリータ風のファンションをしていたアイリスと一緒にいた、ゴスロリ風のファンションのネクロマンサー配信者・エリカのチャンネルだった。
『おっハロー、下僕のみんな元気してる?お宝ハンターのエリカだぞ❤』
「……うん。この人はもう、こういう女王様なキャラを売りにしてる気がするからさ。私が真似してやったら『何様のつもりだ』って総ツッコミされて炎上する未来しか見えないわ。出来れば、他の配信者の人たちとは被りたくないのよねぇ」
「そうは言うけど、ダンジョン配信者なんて今や星の数ほどいるんだろ? 全く被らない個性的な名前なんて、無理じゃねぇか?」
スズカの現実的なツッコミに、私は「そうなのよねぇ……」と再び頭を抱える。
「まあまあ、そう焦ってすぐに決めなくても、まずはリスナーの方々から届くお返事やアイデアを見てから決めても良いのではないですか?」
「……それもそうね。ヒマリの言う通りだわ。ファンネームに関しては、一旦みんなの意見を待つことにする!」
私はココアをゴクリと飲み干し、パンッと自分の両頬を叩いて気合を入れた。
「よし、本題に入りましょう。本日は――防具を買いに行きます!」
「なんだ急に?」
スズカが眉をひそめる。
「(……なぁサクラ。スイのやつ、もしかしてこの間おっちゃんAIに言われたこと気にしてんのか?)」
「(あ、やっぱりスーちゃんもそう思う? ほら、防具ゼロで武器に極振りしてるのビンボー臭いって言われてたもんね)」
「(ああ、そんなこと言ってたな。別に個性があって良いと思うんだけどなー)」
「(スイちゃん変なところでプライド高いから。たぶん、次におっちゃんAIに会ったときに『私はケチ臭くないよ!』って見せつけるつもりなんだよ)」
「ちょっと!! 二人とも、コソコソ話が全部筒抜けよ! 聞こえてるわよ!」
これだから幼馴染というのは厄介だ。こっちの思考を嫌な精度で深読みしてくる。
私が顔を真っ赤にして怒ると、ヒマリがクスクスと笑いながら優しくフォローしてくれた。
「まあまあ。私としましても、装備品を充実させるのは非常に良い考えだと思いますよ。特にスイちゃんは、指揮をしながら前線も後衛も張る、攻守共に重要なポジションですからね」
「ヒマリ……! あんただけよ、私の味方をしてくれるのは……!」
私は感動しながら、スズカとサクラに「少しはヒマリを見習いなさい!」とジト目を向ける。しかし、二人は我吹く風といった様子で、ポテトを押し付け合っていた。この自由人どもめ……!
「それで、スイちゃん。今回もまた、AIさんに案内をしていただきますか?」
「……いいえ。今回はおっさんAIは『無し』で行きましょう!」
私の宣言に、スズカとサクラは「やっぱりな」と言いたげにニヤニヤと笑った。ヒマリの方に顔を向けると、彼女までもが若干の苦笑いを浮かべている。……まさかヒマリにまで読まれていたなんて!
「くっ、ともかく! 買い物には行くんだからね! ストレージマーケットに移動するわよ!」
「はいよ」
「はーい、サクラ新しいお洋服見に行くー!」
「わかりました。行きましょう、スイちゃん」
こうして私たちは、おっさんAIのドローンを完全に留守番させたまま、新たな防具を求めてストレージマーケットへと足を運ぶのだった。
私たちはストレージマーケットまで足を運び、そのまま目的の防具エリアへと足を踏み入れた。
「うわぁ、こっちのエリアはほとんど来たことがなかったから、新鮮ね……」
「そうですね。今までは用事があると言えば武器エリアばかりでしたから。スイちゃん、買うもののリストはもう決まっていますか?」
横を歩くヒマリちゃんが尋ねてくる。
「一応ね。全員の防具……と言っても、がちがちの全身鎧とかは動きづらいし金額的にも無理だから、足回りとか胸回りとかの部分的な防具を揃える予定よ」
「それはとても良いと思います。特にこの間の八階層のように、雑草が深く生い茂っている場所もありましたからね。足元を不意に怪我しないように対策を立てるのは大賛成です」
「でしょ? 足の防具を専門に扱っているお店なら、確かあっちかしら……」
私は大きな案内板を見上げながら、足専用の防具店を目指して歩く。
とは言え、さすがはトラベラーが集うストレージマーケットだ。専門店だけでも目移りするほど無数のお店が並んでおり、正直どのお店が良いのかさっぱり分からずにいた。
「おい、スイ! 見ろよ、なんか面白そうなのがあるぞ!」
そんな中、先行していたスズカが、完全にアンテナに引っかかるものを見つけたようで、ブンブンと手を振って私を呼んだ。
「もう、何よ? 変なものじゃないでしょうね?」
スズカの琴線に触れるようなモノって、大抵ロマン全振りの変なアイテムなのだ。しかも本人は金額を一切気にしないで選ぶタチである。彼女が愛用しているあのバカ高い『魔道ランス(槍)』がその最たる例だ。
「これ、マジですごくねえか?」
「スイちゃん、これカッコいい! サクラ、これにしたい!」
駆け寄ったサクラまで目を輝かせている。一体何を見つけたのやら――と、二人が張り付いているショーケースを覗き込んだ。
「いらっしゃいませ。ただいまお嬢様方のお目に留まりましたのは、当店の目玉商品、最新式の魔道シューズでございます。……よろしければ、実際に装着のデモンストレーションをご覧に入れますよ。足をこのように、こちらのプレートに乗せていただいて……」
愛想の良い店員さんが、シューズの出来損ない……というか、ただの金属の靴底のようなパーツに足を置いた。
するとその瞬間、
――カシャン! カシャン! カシャン!!
「わっ!? 何これ!?」
小気味いい機械音が響き、その出来損ないのシューズから一瞬で合金のパーツが展開した。足の甲を滑らかに覆ったかと思えば、そのまま足首、脛、そして膝の辺りまで、どこにそんな機構が隠されていたんだとツッコミを入れたくなるような速度で、合金のスマートな装甲が吸い付くように形作られていく。
あっという間に、未来的なデザインの美しい合金ブーツが出来上がってしまった。
「な! ロボットみたいでめちゃくちゃ凄いだろ、スイ!」
「スイちゃん、サクラこれがいい! これ買ってぇー!」
スズカとサクラは、完全におもちゃ屋の前で駄々をこねる子供の目をしていた。確かに男の子のロマンが詰まった素晴らしいギミックだけど……。
「……あの、店員さん。ちなみにこれ、一足おいくらなんです?」
嫌な予感を抱えながら私が尋ねると、店員さんは満面のビジネススマイルで答えた。
「はい、一足で一千万円となっております!」
「はい、行くわよ二人とも」
私は一切の躊躇なく踵を返した。
「ちょっ、待てよスイ! まだ話の途中だろ!」
「スイちゃんのケチー! 買ってよ買ってよー!」
「バカ言わないの! 一足一千万なんて払えるわけないでしょうが! もっと現実的な、安いお店にします!」
「ケチ~、スイのケチ~」
「ケッチンボスイちゃん~!」
「ケチじゃなくて、普通の女子高生に払える金額か!!」
私は「いたたたた!?」と喚くスズカと「スイちゃんイタイ!」と暴れるサクラの耳をそれぞれギザギザと引っ張り、強制的にその場から引き剥がした。
「本当に失礼いたしました……!」
後ろから、ヒマリちゃんが苦笑しながら店員さんにペコペコと頭を下げてついてきてくれる。本当にヒマリちゃんが常識人でよかった……!
「まったく。冷やかすにしても、もうちょっと身の丈に合ったお店を選びなさいっての」
「え~、だってあれ、めちゃくちゃカッコよかったから本気で欲しかったんだぜ?」
「うん。カシャンカシャンってなってカッコよかった」
「……いいから、今の私たちの資力に見合ったものを選びなさいよ」
カッコいいとかロマンとか、そういうのは今の私たちには二の次、三の次なのよ!
私は幼馴染二人の寝言をスルーしながら、今の私たちの懐事情にジャストフィットしそうなお店を見つけるべく、血眼になって防具エリアの散策を再開するのだった。
そうして手頃なお店を探して歩き回っているうちに、私たちはいつの間にかストレージマーケット内の一画にある、個人がブースを出展している『フリーマーケットエリア』にまで足を延ばしてしまっていた。
「あら、ストレージマーケットの中に、こう言った場所もあるのですね」
「おう、あるぞ。こういうところは、現役を引退した元トラベラーとか、ケガなんかでリタイアした奴らが私物を売ってたり、あとは制作系のスキルが充実しすぎて、販売業に転向した職人崩れみたいな奴が多かったりするんだよな」
「やけに詳しいわね。何? スズカの知り合いでもいるの?」
「知り合いって程じゃないけど、よく顔を見る知ってる奴がいるな。今日もいるかもしれないから、ちょっと見に行ってみるか?」
「そうね。あてもなく歩き回るよりは健全だわ。スズカ、案内頼める?」
「おう。たしか……いつもはこっちの方の端っこにいるはずだ」
スズカの先導で、フリマの通路を進んでいく。
並んでいる店頭の装備品やアイテムを横目で眺めてみると、値段的には初心者向けの手頃なものから、普通のお店と大差ない掘り出し物まで様々で、見て回るだけでも十分に面白い。
「お、いたいた。おーい、ショウコ!」
スズカが大きな声を上げて手を振ると、レジャーシートを広げたブースの奥に座っていた人物が、気だるげに顔を上げた。
「オースッ。スズカじゃん、珍しいねこっちに来るなんて。どうした?」
ショウコと呼ばれたその女性は、地面に敷いたシートの上に、無造作にいくつかの装備品や怪しげなアイテムを並べていた。堅気でない雰囲気で、どこか職人気質な頼もしさも感じさせる人だ。
「こいつら私の妹分でさ。トラベラーやってるからその手伝い。んで、今日は防具を見に来たんだけど……今日はお目当ての品は無しか?」
スズカの言う通り、確かにショウコさんのシートの上には防具らしきものは見当たらない。
「あー、今日はないかな。すぐ必要なわけ?」
「必要って言えば必要なんだけど、まぁ無くても今日明日で困るってほどじゃねぇかな」
「ふーん。まぁ、低階層をうろつく程度なら、気をつけてれば防具なんて重くて邪魔なだけだしね。それより武器を充実させといた方が生存率は上がるぞ」
「だよな! でもスイのやつが『防具買う!』って意地張ってさぁ」
「ちょっと!? スズカ! 人を駄々っ子みたいに言わないでよ! それを言うなら、スズカやサクラの方がよっぽど駄々っ子だったでしょうが! 何よ一足一千万もする魔道シューズを買えだなんて!」
私が怒りを破裂させると、ショウコさんは一瞬きょとんとした後、「ぶっ!」と吹き出して豪快に大笑いした。
「ギャハハハ! なんだよスズカ、そんな無茶な高いもん買わせようとしてたのか!? 一千万の魔道シューズなんて、中階層の、それも上位階層に近い奴じゃないと維持費だけで破産するぞ!」
しきりにツボに入って笑っているショウコさんに、私は少し恥ずかしくなりながらも、気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あー、おかしい。……まぁ、防具の現物は今ここには無いけど、必要なら作ってきてやるよ?」
「え? 作る……? もしかしてショウコさんは、そう言った制作系のスキルをお持ちなんですか?」
「そうそう。あ、きちんと名乗ってなかったね。私は虎杖笑子。装備品関連の『制作・強化スキル』を持ってるんだ」
装備品の制作スキル! オーダーメード品なら他の配信者と差別化が出きる。
……けれど、オーダーメイド品となると、気になるのはやはり「お値段」である。ジェナさんが作ってくれた、サクラの魔導書が本来なら億単位の代物だったことを考えると、オーダーメイドの防具もとんでもない金額になるのではと、一気に胃が痛くなってきた。
「……ええっと、作っていただけるのは凄くありがたいんですが、その……お値段はお高いんでしょうか?」
「値段? そうだなぁ……この辺が妥当じゃない?」
ショウコさんがシートの端にある手書きの値札を指差す。
そこに書かれていた数字は、女子高生の私たちにとっては確かにまだ大金ではあるけれど、決して手が届かないほど理不尽な額ではなかった。
「……これ、一式のお値段ですか?」
「あー、私が扱ってるやつだと、頭、胴体、手甲、腰回り、足回りのフルセットで、だいたい一式十万円ほどで――」
「買います!! 全員分、四人分お願いできますか!?」
私は食い気味に叫んでいた。一千万の後に聞く「十万円」の安心感は異常だ。
「おお、豪気だねぇ。まだ初心者トラベラーだろ? よくそんなにお金あるね」
「うちの父ちゃんがさあ、スイのスポンサー募ってくれたからな。多少なりとも軍資金はあるんだよ」
「あー、なるほどね。まぁ、それでもありがたいよ、毎度あり。あ、もし防具の素材にするようなダンジョン産のアイテムがあるなら、その分値引きしてあげるよ。何か手元にあるかい?」
「アイテムと言っても、大体のドロップ品は探索が終わった時点でギルドに売り払っちゃってて、手元には……」
「あ、サクラこれ持ってるよ! これ使える?」
サクラがいつものポシェットから、ジャラジャラと大量のクズ石(晶石)を取り出して見せた。
「晶石か。まぁ、無いよりはマシかな。……で、ベースにする防具はどうする? 何か持ち込むかい?」
「なんでもいいんですか?」
「まぁ、私のスキルの場合は『元の品の質を大幅に引き上げる』ってタイプだからね。マーケットで売られてる専門の防具じゃなくても、その辺の服屋で普通に売られてる……例えば、今着てるような普通の洋服でも全然問題ないよ」
「えっ、そうなんですか!? トラベラーの防具って、ダンジョン産のものや、それを研究して作られた特殊な素材だけだと思ってました……」
「それはあっちの大手のお店ね。私たちみたいなフリマ勢は、本当に普通の品物をベースにすることが多いんだ。……そうだな、みんなゲームとかしたことある?」
「サクラあるよ! ゲーム大好き!」
「そうかい、なら話が早い。私がやるのは、品物の『ステータス強化』なんだ。だから極端な話、その辺の新聞紙を限界まで強化すれば、銃弾すら通さない防弾仕様になったりする。まぁ、そこまで強化したこと無いからあくまで例えだけどね」
新聞紙が防弾に……! まさにトラベラーのスキルといった感じで、聞いていてワクワクしてくる。
「じゃあ、私たちが今着ているこの服でも、防具化が可能ってことですか?」
「出来るよ。……ただ、今着てる服をベースにするなら、一時的に預かるから、予備の服がないと全員裸で帰る羽目になるよ?」
「……それは絶対に嫌なので、例えでもしないでくださいね」
「あはは、そうだよね。さあ、どうする? ベースにする服を新しく買ってくるかい?」
ショウコさんにそう言われ、私は腕を組んでうーんと唸った。
そっか、アイリスやエリカのあのロリータ、ゴスロリ風のファンションは配信映えするだけじゃなかったのね。
よし。私たちもせっかく服を強化してもらえるなら、動きやすくて、かつ配信映えするような可愛い衣装をベースにしたい。
「みんな、ちょっと作戦会議よ。私たちの防具(お洋服)、どうするか考えましょう!」
私はみんなを集め、ショウコさんのブースの前で、どんな防具をオーダーするか真剣に頭を悩ませ始めるのだった。




