No.46活動記録:碑石に託された想い、そして虫地獄へ
No.46活動記録:碑石に託された想い、そして虫地獄へ
「二礼、二拍手、一礼……だっけ?」
私がうろ覚えの作法を確認するように呟くと、上空のおっさんAIはセンサーをパチパチと明滅させた。
『合っとるが、この神社の内殿にはご神体も何もあらへん。あるのはただ、外観の建物だけや。詣でるのはホンマに「形だけ」の行為やな』
「それでも、スズカのストームサンダーみたいにさ、神霊、神様みたいな超自然的な力を持った存在がこのダンジョンにはいるわけでしょ? もしかしたら私たちが認識してないだけで、ここにも誰かいるかもしれないじゃない」
『「鰯の頭も信心から」かいな。ま、好きにするとエエわ。わてはそういう非科学的なもんは信じひんタイプや。目の前で起こるデータ、それだけが真実やからな』
「はいはい。おっさんAIはそういう現実主義なタイプよね」
私はため息をつき、お財布を取り出す。
「お賽銭は……やっぱり、ご縁があるように五円玉を入れておく?」
みんなに投げ入れる金額を確認しようとした、まさにその時だった。
「サクラ、これ入れるーー!」
止める間もなかった。サクラは自分のポシェットを掴むと、賽銭箱の上で豪快にそれをひっくり返したのだ。
ガシャガシャガシャガシャーーーーンッ!!!と、凄まじい音を立てて箱の中に吸い込まれていったのは、大量の、鈍い輝きを放つ石の山。
「ちょっ、サクラ!?!? 何よそのクズ石(晶石)の山は!? ああ違う! お賽銭箱にそんな物(モンスターのドロップ品)を直に放り込んじゃダメでしょーが!」
「うにゅ? これモンスター倒したときに落ちてたやつをサクラが拾ってたの。そんでこれお金になるって言ってたから、お賽銭として入れただけだよ? ……ダメだったの?」
きょとんと首を傾げるサクラ。
お金になるから、お賽銭。……いや、一理あるような気もするけど、宗教的にどうなのそれ!?
私が確認するように視線を向けると、スズカも「さぁな……」と言いたげに頬を掻き、ヒマリも困ったように苦笑いしていた。誰も正解がわからない。私はすがるようにおっさんAIを見上げた。
『まぁ、元を正せば米やら酒やらを神さんに捧げていた行為が、時代の変化で現金に変わっていっただけやからな。時代が変わればやり方も変わる。そのうち現金を投げ入れるんやなくて、スマホかカードでピッと電子決済して済ませてまうような作りに変化していくかも知れへんなぁ』
「……決済完了の電子音が響くお参りなんて、それはそれでありがたみも風情も何もないような気がするわね」
『まぁ、時代なんてそんなモンや。さて、お嬢さんらお待ちかねの、この遺跡にある「本命の秘物」を見に行こうか』
「あ、やっぱりこの建物そのものじゃなくて、他に何かあるのね。一階層の『壁画』、二階層の『モザイクアート』と来て、八階層の今度は何があるのよ?」
『碑石やな。そこに刻まれとる文字も、なにぶん手がかりになる資料がなくてな、未だに完全な解読はされとらん。……ただ、いままでの遺物と同じように、それを見ただけで強い精神的嫌悪を抱くトラベラーも居れば、何も感じん奴も居った。今回は、お嬢さんらの中で誰が「なる」か、わては密かに楽しみにしとるんや』
「……ちょっと、他人の精神がバグるかもしれない現象を楽しんでない?」
『データ収集としては大いに楽しんどるな。もしまた、あの壁画の時のスイはんの時のように誰か反応してくれれば、新しいデータが増えるんで大歓迎やで』
「そうそうなにか起きてたまるもんですか。私は普通の信者を目指しているのよ!」
『スイはん、たまに思わへん? 「普通」って、一体何なんやろうなぁって?』
「うっさいわね! これ以上フラグを建てる前に、早く案内しなさい!」
私が声を荒らげてドローンを急かした、その時。ふと横を見ると、ヒマリだけが未だに鈴の紐の前に立ち、きゅっと目を閉じて、熱心に両手を合わせて祈りを捧げていることに気がついた。
「あれ? ヒマリ?」
私たちがさっさとお参りを(というかお賽銭の騒ぎを)済ませてしまったというのに、ヒマリは深く、深く集中している。
私がもう一度、優しく名前を呼ぶと、ヒマリはハッと気づいたようにゆっくりと目を開け、小さく息を吐いてこちらに駆け寄ってきた。
「すみません、お待たせしてしまいました」
「ううん、大丈夫だけど……。ねえ、何をそんなに一生懸命お祈りしていたの?」
「ええっと……その、ここにいる皆さんの健康や安全と……それから、スイちゃんの配信が、これからもっと上手くいきますように、って」
「ひ、ヒマリィィイイイーーーーッッ!!」
あまりの健気さと優しさに胸が爆発しそうになった私は、一切の躊躇なくヒマリに思いっきり抱きついた。何この美少女。天使? 天使なの? 虫のせいで荒みきっていた私の心がみるみる浄化されていく……!
「ありがとうヒマリ! 私、頑張ってトップ配信者になるからね!」
「フフ、どういたしまして、スイちゃん。応援してますね」
『お二人さん、そこで百合百合しくじゃれてるなら置いてくでー』
「はいはい! 感動の余韻にすら浸らせてくれないんだから、このおっさんAIは!」
「ふふ、行きましょうか、スイちゃん」
私はヒマリと腕を組んだまま、おっさんAIの案内で、境内の敷地にあるという、謎の『碑石』が安置された場所へと足を運ぶのだった。
おっさんAIに案内された神社の奥。そこは、まるで人々から完全に忘れ去られてしまったかのように、ただ深い静寂だけが満ちている場所だった。
『ここが、碑石がある場所や』
ドローンが静かに降下し、一つの影を照らし出す。
『碑石』と言われていたから、私はもっと立派な石碑のようなものを想像していた。けれど、そこに鎮座していた現物は、どこにでもあるような、大人が一人で持ち上げるには大きすぎるだけの、無骨な「岩」だった。
その表面には、確かに細かく文字らしきものが掘られている。ただ、なにぶん気が遠くなるほどの年月が経っているのか、所々が激しく風化し、欠損してしまっていた。
(……一階層の壁画の時みたいな、あの嫌悪感は全然ないわね)
自分の心音に耳をすませてみるが、至って正常だ。サクラとスズカの様子も見てみるが、二人とも特に何も感じていないようで、退屈そうに岩の文字を眺めている。
なら、今回は空振りかしら――そう思って、私のすぐ後ろにいたヒマリの方を振り返った瞬間、私は息を呑んだ。
「ヒマリ!? どうしたの!?」
「え……?」
ヒマリの綺麗な瞳から、大粒の涙が、一筋、二筋と静かに溢れ落ちていた。
「あれ……? なんででしょう。悲しいわけではないのに、涙が勝手に出てきて、止まらなくて……」
『……なるほど、今回はヒマリはんか。ホンマにどういう原理で人間の精神に作用しとるんやろな、これ』
おっさんAIが冷静にセンサーを明滅させる間も、ヒマリの涙は零れ続ける。サクラが心配そうに「大丈夫? ヒマリちゃん」と衣服の袖を引くと、ヒマリは涙を拭いながら、小さく微笑んだ。
「ええ。大丈夫ですよ、サクラちゃん。……ただ、胸の奥に、すごく伝わってくるんです。深い哀しみの中にも、微かな希望を必死に信じて、誰かに全てを託されたような、そんな温かい想いが……。ああ、そうです。この岩に刻まれた文字は、このような想いとして――」
ヒマリが、何かに導かれるように、その想いを言葉にして朗々と口ずさみ始めた。
それはとても短く。だけど、かつて確かに存在した「誰か」が、まだ見ぬ「誰か」のために残した、魂の言葉だとハッキリ理解できた。
「――すべてが消えゆくこの場所から、あなたへすべてを託します。私たちの生きた証を、愛を、失敗を、どうか受け取ってください。あなたが紡ぐ未来の光を、私は静かに信じています――」
ヒマリの透き通った声が、静かな境内に響き渡り、すうっと消えていく。
『……「すべてが消えゆくこの場所」。やっぱりダンジョン自体のことか? それに「愛に失敗」やと? どういう意味や。ヒマリはん、もうちょい、何かしら視覚的イメージとかで分かったことはあるか?』
おっさんAIは完全に考察モードに入り、ブツブツと処理能力を回しているようだったが、ヒマリはそれ以上何も浮かんではこないようで、ただ静かに首を横に振るだけだった。
『……そうか。まぁ、それでも文字の感情的ニュアンスが判明しただけでも、データとしては大きな一歩やな』
「ちょっと、おっさんAI。あんた、本当にデリカシーがなさすぎるわよ」
『なんやねん急に。わては純粋に知的探求心から――』
「もう少し、ヒマリのことも労ってあげなさいって言ってるの! ……それに、その切ない文章を、どんな気持ちで書いたか分からない『その人』のこともね」
『ヒマリはんは今泣いとるから分かるけどな。なんで、大昔にその文を書いた見ず知らずの奴の心配までせなあかんのや?』
「そこがデリカシーがないって言うのよ、このお堅いAI!」
私はドローンをペシッと軽く叩いた。
まったく、本当にどういう状況で書かれた遺言なのかは、私たちには分からない。けれど、自分の世界が滅びかけているかもしれない極限状態の時に、自分ではない未来の誰かのために、こんな愛と希望に満ちた言葉を残そうと考えられた人なのだ。
同じ人間として、敬意を払うのは当然じゃない。
「ねえみんな。せっかくここまで来たんだし、この碑石の周り、少しお掃除していかない? 雑草とか、枯れ葉がすごいことになってるし」
私の提案に、スズカが「おう、そうだな。故人への敬意ってやつだろ?」とニカッと笑い、サクラも「サクラもお掃除するー!」と手を挙げた。ヒマリは、嬉しそうに目を細めて「はい、やりましょう」と微笑んでくれた。
私たちは武器を置き、手作業で碑石の周りの枯れ葉を集め、生い茂った雑草を抜いて綺麗に整えた。
一通りの掃除を終えて、私たちがその場を立ち去ろうと振り返ったとき――。
冷え切っていたはずの境内の空気が、ほんの少しだけ、ポカポカと柔らかな温かさに包まれたような、そんな気がした。
掃除を終えてスッキリとした気持ちになった私たちは、今日の目標は十分に達成したと判断し、地上へ帰還することにした。
「……あー、サクラ、なんだかお腹へったー」
「そうだな。そろそろ小腹もすいてきたし、今日はもう撤退だな」
『ほな、次元門のところまで案内するで』
おっさんAIが軽快にドローンを飛ばす。私は不思議に思いながら首を傾げた。
「え、次元門……? わざわざそこまで行くの? 行きもストームサンダーで来たんだから、帰りもストームサンダーで帰っちゃえば楽じゃない」
『……あんなスイはん、ここまで来て何を言うとるんや。次元門を通らなかったら、今度来る時はまたストームサンダーに乗ってショートカット移動になるんやで? そうなったらどうなると思う?』
「ええっ、でも、神社の外は相変わらず虫がいるよ……?」
『そら外はいるやろうな。モンスターが蔓延っとるダンジョンなんやから』
おっさんAIは冷徹に言い放つ。……理屈は分かる。でも、配信の撮れ高とか、移動の楽さとか以前に、私の精神衛生上の問題が深刻なのよ!
『……ショートカット移動は楽やろうな。けど二階層から七階層をすっ飛ばしてここまで来てるんや。毎度毎度、次元門を通らずに八階層に神出鬼没してたら、他のトラベラーの連中から疑問に思われるで。そうなったら余計なトラブルの元や、一回通って「探索ルートを確保した」という既成事実を作っておくのが一番賢いんや』
「なるほどな、確かに。そう言う話ならさっさと行くか」
「サクラ、メモ帳の魔力ゲージ溜まってるかな? 溜まってたらまた新しい必殺技を使っちゃうもんね!」
「……スイちゃん。虫系統のモンスターは、私たちがお相手しますから。大丈夫ですよ」
「やるわよ! 私の配信チャンネルなんだから、私が怯えて隠れてたら意味ないでしょう! ……ゆ、行くわよ、やらいでかー!!」
私は震える声で叫びながら、無理やり自分を鼓舞した。
『おうおう、その意気やスイはん。ほなら九階層への次元門の方が近いから、そっちへ向かいまひょうか』
しかし、神社の敷地を出てから――私たちは、私は後悔した。
『お、さっそく次が来たで。あれは「グラスホッパー」。ジャンプして頭突きをかましてくる奴やから気いつけや』
「ぎぃやぁああああ!? な、なんでこう、この辺の虫はみんな揃いも揃ってサイズが規格外なのよぉおお!!」
「すごーい! でっけぇバッタ! サクラ、乗れそう!」
「本当だな。……ちっと試してみるか?」
「やめなさい!! いくら姿がバッタでもモンスターなのよ! ……ああっ、だから何で私の方に来るのよ!? いやぁあああ、来るなー!!」
『……大声出しすぎや。モンスターが興味津々で集まってきとるで。盾役としては最高のヘイト稼ぎやけどな』
「仕方ねぇな。サクラ、お前魔法撃てるなら先にいけ。ヒマリは、無理すんな、戦えそうならやっていいぞ。ダメそうならオレが片付ける」
「よーし! サクラの必殺技魔法を喰らえーー!」
「では、サクラちゃんの後に続きますね」
『……なぁ、スイはん。パーティーの指示役はあんたやろ? なんでスズカはんが仕切っとる?これどう思う?』
おっさんAIの呆れたような問いかけにも、今の私には答える余裕なんて微塵もなかった。
「……虫イヤ、虫イヤ、虫イヤ、虫イヤ、虫イヤ、虫イヤ、虫イヤ……」
『……会話も無理そうやなぁ、これは』
その後、おっさんAIとスズカ、ヒマリの完璧な連携プレーによって、私はほぼ「虫イヤ」と唱え続けるだけの案山子と化しながら、どうにか次元門までたどり着いた。
光の向こう側に飛び込み、地上へと帰還した瞬間。
私はアスファルトの匂い(※地上に戻った安心感)を嗅いで、ようやく心から安堵の息を漏らすのだった――。
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