No.45活動記録:同じ色で囲んでもモンスターは消えません
No.45活動記録:同じ色で囲んでもモンスターは消えません
――はあ、はあ、はあ。
私たちは頑張った。いや、私は、というか「私の精神」は本当に限界まで頑張った。
襲い来る、虫、虫、虫、巨大な虫……。ああ、駄目だ。思い出しただけでも全身に鳥肌が立って、今すぐ家に引きこもりたくなる。
『おっと、次は地面から【グランドワーム】が出てきそうやな。みんな気ぃつけや。弱いとはいえ酸を吐くよってに、武器や防具にまともに掛かったら一発で錆びるで』
「……ワ、ワーム? ねえおっさんAI。もしかして、もしかしなくてもそれって……」
『まぁ、早い話が巨大なミミズやな』
「もう!! なんでこのダンジョンはそんな生理的嫌悪を催すやつばかりなのよ!!」
『しゃあないやろ、ここのダンジョンの特性が、そういう地中・昆虫系モンスターばかりの系統なんやから』
「他のダンジョンは違うって言うの!?」
『まあ、似たり寄ったりではあるけどな。もっとグロいのが密集しとる地獄みたいなところもあれば、ここよりぎょうさん居らん(少ない)ところもあるで』
「その『少ないところ』へ行きましょう!! 今すぐダンジョンの探索場所を移すわよ! リーダーとして転移を提案します!」
『それは別に構わへんけどな、その手のダンジョンがあるんは外国のそれも北方の方やで? 女子高生がちょっと行って帰ってくるだけの旅費とか、どないするつもりなん。おとなしゅうここで稼いでた方がエエと思うけどな』
「もっとこう……もふもふしてて、可愛くて、見ても戦っても精神的ダメージを受けないやつはいないの!?」
「えいっ! やったな! これでもくらえ、だいだげきーー! サクラの勝ちー!」
ぽぽぽぽんっ!!と、空間で何かが軽快にはじける奇妙な音が響いた。
私が新しい旅費の計算とお金の葛藤で頭を抱えている間に、どうやらサクラがサクッとモンスターを倒してしまったようだった。
「あれー? おかしいな。思ってたのとちがう。なんで消えないの?」
『なんやサクラはん。また今度は何しようとしてたんや?』
「ええっと、サクラちゃんが魔法を使ったら、メモ帳から『色違いの水饅頭』のようなぷるぷるしたものがいくつか飛び出てきまして。それがモンスターを四方から囲んだと思ったら、そのまま爆発しました」
ヒマリちゃんの丁寧な説明を聞いても、私の頭の中には「どんな状況?」という疑問符しか浮かばない。色違いの水饅頭って何。
しかし、おっさんAIは『またけったいな方法を思い付くなぁ』と呆れたようにセンサーを明滅させた。
『サクラはん、もしかして、その水饅頭を使うて、連鎖爆破させてモンスターを巻き込もうとしたんか?』
「ううん。同じ色の水饅頭で囲んだら、モンスターごとツルッと消えるかなーって。ゲームでは消えたもん」
『ゲームはゲームやからな、サクラはん……。現実のダンジョンと混同したらアカンで。囲んだくらいじゃ消えへんよ』
「そっかぁ……。ザンネン」
何をしでかそうとしていたのかは知らないけれど、またジェナさんのチート魔道書を使って突拍子もない実験をしていたんだろう。でも、そのお陰で私は「グランドワーム(巨大ミミズ)」の姿を視界に入れることなく、安全に処理することができたらしい。ありがとうサクラ、あなたの強欲なゲーム脳に今回は救われたわ。
「なぁスイ。そろそろどうする? さっきからモンスターを一方的に小突いてるだけだから、ちょっと飽きてきたんだけど。別の目的とか作らねぇか?」
魔導ランスを肩に担ぎながら、スズカが退屈そうに欠伸をした。
「……いや、私は恐怖で引きこもってただけで、ほとんど一匹も倒してないんだけどね」
「スイちゃん。いまのでサクラのメモ帳も、最後の五発目で打ち止めになっちゃった。しばらく魔法使えないよー」
「そう。じゃあサクラはそのまま、後衛で待機しててね。……そうねぇ、スズカも飽きてきちゃってるし。ねえ、おっさんAI」
『なんや?』
「ダンジョンの全ての階層には、大なり小なり『遺跡』が存在するのよね?」
『まぁ、発見されてるものに限るけどな。例に漏れず、ここ八階層にも立派な遺跡があるで』
「じゃあ、次はその遺跡を見に行ってみましょう。ただの素材狩りよりは、目標があった方が道中のモンスターとの戦闘も少しは気分が変わるでしょう?」
「おう、そうだな! 観光っぽくて面白そうだ。んじゃ、その遺跡とやらに行くぞ!」
「おー! 遺跡だー! サクラ、たんけんたいになる!」
『ほな、ルートを再設定するで。こっちの方向や、ついてきぃ』
おっさんAIのドローンを先頭に、スズカとサクラが元気よく歩き出す。二人の背中を見送りながら、私は隣を歩く親友に視線を向けた。
「まったく、あの二人の体力はどうなってるのかしら。……ヒマリ、疲れてない? 大丈夫?」
「はい、私は大丈夫ですよ。スイちゃんの方こそ、ずっと叫びっぱなしでしたけど、疲れてませんか?」
「私の方は、ただの『叫び疲れ(精神ダメージ)』よ。体力的な消耗はほとんどないから平気平気」
「そうですか? なら良かったですけど、あまり無理はなさらないでくださいね」
「そうね。でも、あの二人が前を歩いている限り、私たちが疲れて立ち止まる暇なんてきっと与えてもらえないわよ」
「フフ、確かにそうですね」
「おーーい! 二人とも、置いてくぞーー!」
前方からスズカの大きな声が響く。
「はいはい! 今行きますよー! ――ヒマリ、行こ」
「はい!」
私たちは苦笑いを交わしながら、八階層の遺跡を目指して再び歩き出すのだった。
私たちが八階層の遺跡を目指して雑木林の合間を歩いていく最中、時折、他のトラベラーたちのグループとすれ違うことがあった。
彼らは皆、一階層や二階層で見かけた初心者たちとは明らかに雰囲気が違い、どこか使い込まれた武器を手に、引き締まった表情でモンスターの素材を回収している。
「やっぱり一、二階層と違って、他のトラベラーと遭遇する確率が格段に高いのね」
『そらそうやろ。低レベルのトラベラーが、命の危険をある程度コントロールしながら安定して戦えて、かつ一番効率よう金を得られる主戦場が、この「八階層」エリアやからな。これ以下の低階層にいつまでも屯しとるもんは、そもそもトラベラーとして本格的に稼ぐ気がない奴か、昨日今日始めたばかりのド新人や。そんで、これより上の階層へ進んどる奴らは、トラベラーとしてひとつ上の段階を越えた実力者っちゅうことになる』
「ふーん……。でもさ、すれ違う奴らを見てると、スイたちより装備品がやけに良さそうな気がするんだよな」
スズカがすれ違った重戦士のフルプレードアーマーを眺めながら、不意にそんなことを呟いた。すると、おっさんAIがスピーカーから「カッカッカ」と意地の悪い笑い声を漏らす。
『そらそうやろ、スズカはん。お嬢さんらはまともな防具なんてつけ取らへんやん。防具らしい防具何てスイはんの盾のみや。他はみんな武器のみ。いくら金ないと言うても、多少なりともストレージマーケットのワゴンセールで売り出されとるような安モンでも組み合わせて使わんとな。他の手慣れた者たちと違ごうて、見劣りしてしまうんは仕方のないこっちゃ』
「ちょっと二人とも、人聞きの悪いことを言わないでちょうだい!!」
私は歩きながら、二人に向かってビシッと人差し指を突き立てて訂正の言葉を叩き込んだ。
「私の使ってるこの【盾籠手】も【伸縮棒】も、それにヒマリの【特性傘】だって、ちゃんとマーケットで適正価格を出して買ったまともな装備よ! 防具にまで回すお金がなかった時、ワゴンセールで買ったのは、サクラが使ってる【メモ帳】だけだからね!買わないじゃないの、買う必要性がなかったのよ」
『いやぁ……。そんな企業のロゴステッカーがベタベタ貼られた盾と傘を見せられても、まともな装備品としての説得力がこれっぽっちも無いで、スイはん』
「ぐっ……!! こ、これは、スズカのお父さんが引っ張ってきたスポンサー様からの強いご意向(配信の撮れ高)だから仕方ないのよ! 私が好んで盾を広告板にしてるわけじゃないわよ!」
私が悪いわけじゃないのに!と内心で涙を流していると、先導していたおっさんAIのドローンが、不意にホバリングの高度を上げて林の先を指し示した。
『はいはい、不毛な言い合いはそこまでやな。お嬢さんら、前方を見てみぃ。あの開けた場所が、このエリアで見つかった目的の「遺跡」や。……まぁ、お嬢さんらにとっては、妙に見慣れた感じの外観にはあると思うけどな』
「見慣れた……?」
おっさんAIの奇妙な物言いに、私は涙目を拭いながら首を傾げた。
けれど、林を抜けて視界が一気に開け、だんだんとその遺跡の全貌が露わになっていくにつれて――私だけでなく、スズカも、ヒマリも、その場に一歩も動けなくなって立ち尽くした。
脳裏に強烈な既視感が駆け巡る。
「あれって……もしかして……」
私たちの目の前にそびえ立っていたその遺跡の姿は、およそ「ファンタジーダンジョンの古代遺跡」という言葉から一番遠い場所にある、私たちのよく知る『日本の建物』の形をしていたのだった――。
「あれって……もしかして……神社?」
木々の合間から姿を現したのは、紛れもない、日本の神社だった。
所々が薄汚れていたり、補修の跡があったりはするけれど、鳥居の朱色や本殿の屋根の形まで、私たちの知る神社そのものだ。
「ここ、ダンジョンの中だろう? なんで神社があるんだ?」
『おっと、スズカはんには説明してなかったな。このダンジョンという場所は、どうも滅んだ人類の形跡が色濃く残ってるんや。目の前にある神社もその残骸の一つや。それを、有志のトラベラーたちが定期的に修復作業を行っとるから、今の形を保てとるんよ。一応、学術的な調査は終わったもんやからかまへんけど、歴史文化の復元と考えれば、わてらギルドが口を挟むのは野暮やなと思って黙認しとるんや』
「へぇ、そうなんですね……。この神社のお名前とか、わかるんですか?」
『それが残念ながら、形跡はどこにも残ってへんのよ。地上のどの文献や資料と照らし合わせても類似する神社は一つもなかった。つまり完全に独自の文化・技術から、たまたま今のわてらの知る神社と「酷似した形」になった、ということやな』
「……パラレルワールド、ってやつか?」
『別世界の技術と言えばそうとも言えるが、このダンジョン自体が、わてらにもようわからん空間なんよ。例えばな。空はあるのに宇宙はない。いや、あるのかもしれんが、一定の高度まで上がると戻されるように強制的に高度が下がってしまう。それに、モンスターも生態的に謎が多い。倒した際になぜ死骸を残さず光となって消えて、アイテムを残すのか。一説には、ダンジョン内に内包するエネルギーが一点に集まり、モンスターという形を成したという説がある。ドロップされるアイテムの「晶石」とかは、そのエネルギーの結晶体とも言われとるな』
「その割には、ドロップするこの晶石はクズ石ばかりよね」
『それは純度が低いからな。でも、もっと上の階層の、ジェナはんが使うていた「魔宝石」クラスになると、一つの電力施設が一日で生み出すエネルギー量を、一瞬で作り出すほどの力があるんや』
「だからあんなに億単位の値段がするのね……」
高い理由がなんとなくわかった。命懸けで戦う意味も、これなら納得だ。
「でも、それだけの凄まじいエネルギーを持つ石が、暴発もせず安定して使えるのは不思議ですね?」
『せやな。ほんま、その辺の理由は未だに解明されとらん。ただ、ダンジョン産の魔道具や、そこから転用されて作られた魔道技術のおかげで、今の世界は急激に発展したんよ』
「そうなの? 私たちはただ、便利になったなぁって感じるくらいでよくわからなかったけど」
『ダンジョンが現れてからの三十年、明らかに技術のブレイクスルーが起きとんねん。普通やったら今の技術に追いつくには、もう三十年は優に掛かったはずだと言われとる。……人の三十年なんて、長いようであっという間や。それがどんどん加速すれば、世界との技術差は広がる一方やで』
「三十年って、そう長くなさそうな気もするけどな」
『アカンでスズカはん、考えが甘い。例えが悪いかも知れへんが。赤ん坊が歩けるようになるまで二年掛かる。でも仮想空間の中で時間を何百倍にも加速できたら、その二年を一時間で終わらせることもできる。その後はどうなると思う?これが「技術差」というもんや』
「ああ、なるほど。そう考えるとわかりやすいわ」
『さて、雑談のおしゃべりはこれくらいにしときまひょうか。……本殿が見えてきたで』
おっさんAIのガイドに従って歩いていると、いつの間にか私たちは神社の本殿の真ん前に立っていた。森の中の静寂と、ダンジョン特有の冷えた空気が混ざり合う、不思議な聖域だった。
「……せっかく来たし、ついでに参拝していきましょうか」
私の提案に、他の三人も小さく頷いた。
私たちはダンジョン探索という非日常の真っ只中で、まるでどこかの初詣に来たかのように、静かに鈴を鳴らし、手を合わせるのだった。
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